Ⅰ-3 天狗の登場!?

 山に入り込むと、杉の枝伝いに屋敷を目指した。


 鬼羅は、まるで山猿のようにピョンピョンと枝から枝へと飛び跳ねていく。細い枝でも、そのしなりを利用して、折れる手前で飛び跳ねる。


 まるで一陣の風が通り過ぎたあとのように、枝が揺れるだけだ。


 合戦の音が徐々に大きくなる。


 三好大将の表情が分かるまで近付いた。まだ若い男だ。吊り上げた眉を痙攣させながら、何ごとか怒鳴りあげている。相当苦戦しているようだ。他の侍たちも、屋敷攻めに夢中で、誰もこちらに気がついていない。


 これは案外簡単だと鼻で笑い、太い枝に飛び乗った。


 刹那、杉がグラリと揺れた。枝ではなく、幹ごと揺れた。


 慌ててさっと飛び上がる。


 一抱えもある杉が、ゆっくりと倒れていく。バサバサと他の杉の枝をふるい落とし、倒れていく。


 杉は、隣の杉に寄りかかるようにして止まった。


 鬼羅は、倒れた杉の幹にストンとのった。


 根元を見ると、自然に折れたのではない。まるで刃物で切り落としたように滑らかな切り口をしている。斧で切り倒しても、ここまで綺麗にはなるまい。


「これは……」


 唖然と眺めていると、人の気配がした。


「猿カト思エバ、人カ!」


 目の前に男が立っている。黒髪は短く、縮れている。目元は大きく、鼻が異様に高い。


 一瞬、天狗かと思った。


 いや、南蛮人だ。


 堺で見たことがある。


 バテレンだろうか?


 しかし、鬼羅が堺で見たバテレンとは明らかに様子が違う。


 全身、銀色に輝いている。鏡のように滑らかなそれは、どうやら甲冑のようだ。だが、武士が身に着ける鎧とは明らかに様子が違った。さらに、自分の背丈と同じぐらいの大鎌のような得物を担いでいる。あれで杉を切り倒したようだ。


 南蛮の武士だと、鬼羅は推測した。


 バテレンは見たことがあったが、南蛮の武士に出会ったのは初めてだ。しかも、こんな山奥で。


 鬼羅は、興味深そうに眺めた。


 南蛮武士は、片方の唇だけキュッと上げて、不敵な笑みを零している。ときおり、舌なめずりをする。


 友好的な感じではなさそうだ。


「村人カ? ソレトモ援軍カ?」


 南蛮男は、南蛮語ではなく、鬼羅たちが使う言葉で訊いた。それも、かなり流暢に。


「だとすれば?」


 と返す。


「殺スマデ」


 南蛮男は大鎌を振り上げ、鬼羅目掛けて振り下ろす。


 鬼羅は、すばやく後ろに下がる。


 着物の一部が切り裂かれる。


 体勢を立て直そうとする。


 が、男はすでに鼻先まで近付いている。


「速い!」


 鎌が横に払われる。


 仰向けになって避ける。


 代わりに杉が切り倒された。


 間髪入れず、鎌の切っ先が向ってくる。


 鬼羅は身を捻って避けた。


 完全に守勢に回っている。あれほど重たそうな甲冑を身に着けているのに、鬼羅に反撃の間を与えないほど速い。


 まるで化け物だ!


 逃げ回る鬼羅の代わりに、杉がバッサバッサと倒れていく。


 体勢を立て直し、反撃したいのだが、その隙さえも与えてくれない。


 このままだと、杉と同じ運命だ。


 三好の兵たちにも気付かれた!


「おい、こっちに誰かいるぞ!」


「援軍か? 弓放て!」


 無数の矢が飛んでくる。


 が、逆に助かった。


 飛んでくる矢に気を取られ、南蛮男の攻撃が一瞬弛んだ。


「逃げるが勝ち!」


 鬼羅は南蛮男に背を向ける。


「逃スカ!」


 南蛮男が鎌を振り上げ、襲ってくる。


 鬼羅は目の前の杉を駆け上がり、クルッととんぼ返りして、男の頭に蹴りを入れた。


「グホッ!」


 男は勢い余って前のめりに倒れ込んだ。

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