序の噺(プロローグ) 2

 信雄をはじめ、武将や兵士たちは、何が起こったのか分からず、呆然としている。


 女は、腹を摩りながらすぐさま立ち上がった。


「き、貴様!」


 口の端から流れでた血を拭い、睨みつける。


 女の視線の先に、男がいる。


 茶筅髪で、右目に眼帯をした男だ。黒に金糸の入った派手な陣羽織を着ている。


「これはこれは美広(みひろ)殿、失礼をいたしました」


 隻眼の男は、蹴り上げた右足を下ろしながらニヤリと笑った。


「多羅尾光俊(たらお・みつとし)! この裏切り者が!」


「何とでもおっしゃってください。私は、〝掟〟だという古臭いもののために、死にたくはありませんので」


 隻眼男は前に進み出ると、懐から一巻の巻物を取り出し、信雄に差し出した。


「こ、これがあれ(・・)か! 父上が所望された伊賀に伝わる神宝か!」


 信雄は嬉々として巻物を受け取った。


「み、光俊、それをどうやって! いくら甲賀上忍の貴様といえども、簡単に城には入れぬはず」


 女は驚きを隠せない。


「な~に、城の中にも、私と同じ考えを持つヤツがおるのですよ。〝掟〟などくだらないというヤツがね」


「そ、そんなはずはない! ワシらの中に裏切り者などおらん!」


「そうですか? よく考えてみなさい。いるんじゃないんですか? あなた様の極近くに」


「ワシの近くにだと……?」


 女は思い当たる節があるのか、あっと眉を顰めた。


「あいつ……」


 ぐっと奥歯を噛み締める。


 隻眼の男は、カカカカッと高笑い。


「バカもん! 笑っておる場合か!」


 信雄は、台の上に巻物を叩きつけた。


「何じゃ、これは!」


「はぁ? 何と言いますと? あっ!」


 台に広げられた巻物には、拙い字でひと言。


 ――大うつけ!


 巻物は、信雄たちをあざ笑うかのように、クルクルと巻き戻っていく。


 信雄は、


「これほど恥をかかされたのは初めてじゃ! 総攻撃の準備じゃ! 皆殺しじゃ!」


 と、いきり立つ。


 周りの武将たちが、まあまあと宥める。


 隻眼男は巻物を取り上げ、怒りに任せて握りつぶすと、


「お・の・れ! 丹後(たんご)~~~!」


 と、声を張り上げた。


 雨で煙る伊賀の里に、男の声が響き渡る。


 女は、


「あのバカ!」


 と笑い、巻物を持ち去った男に思いを巡らせた。

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