第20話 その討伐またれよ!

 ジェンは苦笑いした。


「はっ、魔女はいない…だ? ふざけるなよ、魔女め! そんなふざけたことを聞いて、はいそうですか退散しますとも言うと思ったのか?」


 ジェンは剣を一振りし、周囲に衝撃波を走らせる。吹き飛びそうになるリンを庇うかのようにラスベルとロードは前に出て、リンを守る姿勢をとった。


「言い度胸だ。仲間というのなら、俺らの仲間の力を味わせてやるよ」


「ああ、来いよ!」


 挑発した。ラスベルは覚えたばかりの魔法の準備をとる。その行動にいち早く察したジェンは、的確に指示を流した。


「カリュウド、ミツバは魔女を足止めを維持、俺はロードと戦う。あとの二人はラスベルとかいう胡散臭い男を始末しろ!」


「了解」

「イエス」

「分かりました」

「了解!」


 先ほどまで立ち止っていた男が動き出した。男は杖を取り出し、それを天に向け唱え始めた。


(あれは…詠唱魔法!?)


「離れて!」


 リンはラスベルたちに大声で叫んだ。


「遅い!」



 だが、すでに男は魔法を放った。爆発音が周囲を何度も重ねるかのように音を繰り広げる。

 会場の外で何が起きているのかと審査員たちが気になりだした。審査員の一人の冒険者が「俺が見てくる」といい、席を立った。


「アストロン。一人で大丈夫なのですか?」

「問題はない。もし、俺らの身内が問題起こしていると思ったら、さぞかしヤバいからな」

「身内? 心当たりでもあるの?」

「いや、カンだ」

「そう、気を付けてね。審査員としての支障ないようにね」

「平気さ」


 冒険者…アストロンは一人、爆発した場所へ向かって、会場から飛び出した。

 


 爆煙の先にはラスベルがいたとされる焼けた地が広がっていた。


「ラスベル!」


 リンが叫んだ。

 ラスベルの姿はない。まさか、爆発で吹き飛んだのか?


「俺は、大丈夫だ。」


 リンの背後にラスベルの姿があった。いつの間に…。


「問題ない。魔法は正常動作した」


 ジェンたちに指をさし、リンも指の先を見つめる。

 リンは驚いた。

 ジェンたちに張られていた防御魔法による障壁がすべてなくなっている。それだけではない、補助や治癒といった魔法もかけられていたはずの魔法がすべて取り除かれている。


 ラスベルの指先に、ハッと気づいたジェンが仲間の方へ向くなり、自分の方へ目を向ける。


(魔法が解かれている…? 魔女が何かしたのか? いや、そんな動作は一度も見ていない…。なら、ロードか? いや、ずっと俺が押していた…。そもそもロードが魔法を使えるという情報もないし、そんな素振りもなかった…なら、あとは……)


 視線をゆっくりラスベルの方へ向けると、ラスベルは誇らしげに笑みを浮かべていた。それに逆上するジェン。


「貴様かぁああー!」


 ビクとする一同。


「タチバ! 魔法で広範囲補助および支援魔法をかけろ、そのあとはカリュウドを中心に魔法を放せ!」


 この言葉と共にタチバが詠唱開始する。

 遅い、と言わんばかりにロードがジェンを通り過ぎ、タチバの魔法を阻止するべくロードが剣から鞘に変え、タチバの腹に向かって押し込む。


 速度を上げ、突く攻撃にリンが強化魔法を当てたことにより、タチバは足と頭の中央の腹あたりから角のように折れ曲がりそのまま後ろにあった樹をなぎ倒す形で衝突した。


 血反吐し、草むらに倒れこむ。


 口を開け唖然するジェンたちを尻目にリンの疾風魔法がジェン全員(タチバ以外)に襲った。事の状況にすぐ判断したジェンは、フォーメーションを即座に変更する合図を送る。


 だが、そこに音魔法エコーノイズがリンから放たれた。

 エコーノイズは周囲の音を別の音へ変える魔法。普段聞こえるはずの音はかき乱され、聴覚だけでは周囲の音を拾うことができなくする魔法。


 相手の障壁やフォーメーションは崩れた今、チャンスが巡ってきていた。


 合図も届かず、カリュウドやミツバは両手で耳をふさぎ、目を軽く開く程度。耳が潰されそうな音に耐えるしかなくこらえていた。


 タチバよりも後ろにいた魔導士はすでにロードの攻撃によりダウンされていたため、ジェンがもう一度視線を送るころには倒されていた。


「形勢逆転だな」


 リンがそういうも、ジェンたちには何も聞こえない。

 その時、空から何かが降ってきた…。


 砂埃が舞い、煙のなか姿を現したのはスカーフを口元に覆い、薄い緑色のバンダナを額にかぶり薄いシャツのようなものを着た青年がそこにいた。


「…アストロン」


 驚愕するロードが放った言葉は、ラスベル以外は唾を飲み込んだ。


 冒険者の中でもトップにたつ冒険者と呼ばれている。幾つかのギルドの頂点に立つともいわれる中、ギルドマスターの支柱には入らず、自ら冒険者と名乗り点々としていると聞く。

 そんな冒険者であるアストロンがなぜ、ここにいるのか?


 最初に口を開いたのはカリュウドだった。

「貴方は…アストロン殿! なぜ、このような場所に…」


 アストロンがカリュウドに目を向けるなり「ここで、審査中なんだ。せっかく面白ショー中に外でうるさいと大変だろ」と会場の方へ腕を伸ばしこう言っていた。


 会場の方へゆっくりと目を向けた後、再度アストロンの方へ目を向けると何かの衝撃が顎に走った。最初は何が起きたのか理解できず視界がぼやける。


 ジェンが何か言っているのが聞こえるがはっきりと聞こえず、そのまま地面に倒れこむと同時に鎧がはじけ飛んだ。それは、アストロンが編み出した魔法によるものだった。


 それもまた、見たことがない魔法だった。


「カリュウドおおぉぉ!」


 ジェンが叫ぶのも乏しく、アストロンはジェンたちに睨んだ。

 怯え、足が震えその場に倒れこむ。ジェンは目の前にいるアストロンという男に太刀打ちできないことを初めて知る。


 震えが止まらない。剣に手がやっていたのをいつの間にか剣から手を放していた。触ろうとも閉まろうともできない。


「すまないね、ぼくの後輩たちが迷惑をかけていたね。このことは審査員としての仕事を終えてからすぐに下に報告しとくよ」


 アストロンはその場で謝罪した。

 けれど、周りは震えるばかりで何もできずにいた。


「さて、問題になった原因が探っていなかったね。ぼくとしたことがうかつだった」


 頭にコンコンと軽くたたきながら、ジェンたちに尋ねた。

 ジェンは先ほどよりも少しは落ち着きを取り戻していたが、まだ震えは止まない。小さく手ほどの大きさでしかない鞄から手配書と手紙を取り出し、アストロンに見せた。

 アストロンはそれを拾いあげ、ゆっくりと見た後…ジェンたちに質問した。


 軽く終えるなり、リンに向かって質問し始めた。

「なるほど」

 と繰り返しながら、リンとなにか返答していた。これはおそらく伝達魔法の一種で聞いているのだろう。他人に漏れないように配慮したものだろう。


「そういうことね」

 なにか納得した様子で、アストロンは手を上下に叩いた。

「これは、ぼくらの方に問題があったね。さて、問題に関してはこちらからなにか配慮しておくよ、だからここは穏便にしておいてくれないかな。あと、会場にいる子供は、君たちの仲間だろ? ここで引くのも取引にならないかな」


「おまえ…」


 ラスベルがゆっくり強気に発言するも、「ジョークだよ、ジョーク」とアストロンにんまりと笑っていた。


「さて、ぼくはいち早く、会場に戻るよ。ジェン、君たちには始末書出しておくね。あと、ぼくがいなくなった後に再び問題が起きないように、ジェンたちには見張りの魔法かけておくね」


 指を鳴らすと同時にジェンたちの体に円状の輪っかが浮き上がった。

 舌打ちしながらジェンは、ラスベルたちに言い放った。


「次はないと思え」


 ジェンたちは倒れた仲間を背負い、会場を後にしていった。

 ことを終えたアストロンは会場に戻った。

 ラスベルたちは取り合ず、会場に戻り、アリスの応援へ向かうことにした。


 試合は少しで終わりかけに入っていた。ラスベルたちの行動とアリスの努力、そしてジェンたちの処罰を額に込め、今後の方針を考える見通しに入った。



***


 ところでこのおっさんは誰?

 リンがそう言いたげそうな目をしていた。


 乱入し、説明していなかったこともあって、ラスベルが代わりに説明した。


「つまり、用事の件の話しか?」

「そうだ」

「なら、仲間になったキッカケは?」

「……」

「説明なら、俺が話すよ。詳しくはこうだ―――」


 ロードから説明された。

 おそらくわかりやすいように説明してくれたのだろうが、かえってリンからはわかりにくくなってしまった。


 説明を終えると、「今のじゃ、よくわからん」とあくびをかきながらそう言った。


 ロードはピクと動き、ラスベルの背後に並びながら代わりに説明してほしいといった。ラスベルは仕方がないという形でロードの補正をした。


「なるほど、そういうことだったのか、な~る」


 わかっていないな…多分。

 まあ、いずれ詳しいことはアリスと出会ったときにすればいい。

 そう思うことにした。

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