第18話 元魔女討伐(1)
個室からラスベルが出て行ってから数分後、外でなにか慌ただしい気配が肌に痺れてきた。何事かと疑問を持ち、感覚・音魔法を組み合わせた魔法〔伝達魔法〕から外の気配を探る。
ラスベルと対話している男の声も聞こえたが、そちらとは違う。もっと遠い場所から声が聞こえてくる。雑音とまじりあうかのように何組かの男女の声が混じって聞こえる。
もう少し音が聞こえないかどうか魔法をさらに強く発する。すると、少しずつだが、声がはっきりとわかるようになってきた。
内容は――魔女を殺せ――と。
魔女、リンのことだろう。だが、魔女がこの場所にいるなど誰にも知らないはず。それに、魔女(かつてのリン)はすでにラスベルたちの魔法によって打ち消されたはずだ。
なら、魔女という存在はもう、いないはずだ。
耳をもっと遠くへと音を拾うように集中する。嗅覚・視覚・触覚・味覚あらゆる感覚を抜け、聴覚だけに集中する。〔伝達魔法〕はリンにとっては数キロメートルまで聞くことができる。
最大3キロ半メートルまで聞くことは過去に1回だけできた。
その時はあまりの疲労と耳の感覚がおかしくなるほど音が聞こえなくなったりとてつもない音が耳に振動してきたりと苦しいことがあったが、そこまで広がらせず、なるべく体に負担がないように周囲に意識する。
声は少しずつこの会場に近づいているようだ。
声もじわじわと聞こえてくる。
――魔女はこの会場にいると通報があった――
この言葉を耳にして、もしかしたら、わたし(リン)がすでに魔女としてばれているのではないかと内心焦り始めた。
このことをラスベルに報告しようと、席から立ちあがるがラスベルに迷惑をかけたら最悪、試合中のアリスにまで火が飛び、今回の資格が得られない事態に陥るのではないかと思った。
リンは拳を強く握りつぶし。2人には報告せず1人で対応することに決心した。
「2人には迷惑かけれない」
リンは立ち上がり、モニターに映るアリスを後にして、男女が会場の中に入る前に、リンは先に外に行き、確認することにした。
魔女がリンなのかそれとも別の誰なのか、その正体が知りたかったこともあった。
リンは入ってきた門からは別の裏口に当たる北の門から出た。南にはすでに怪しげな男女の声がはっきりと聞こえてきていた。
通告したのは、誰なのかは不明だったが、追っていた犯人はわたし(リン)自身で間違いなようだ。言っている身長体格(サイズ)や顔の特徴・服装などからして男が説明しているのが〔伝達魔法〕ではっきり伝わってくる。
会場を後にすれば、アリスには迷惑をかけないと思った。
もちろんラスベルにも迷惑が掛からないと信じて、ラスベルの存在を〔伝達魔法〕で探る。しかし、ラスベルはすでに会場を後にしているようで存在自体の気配がなかった。
リンは一呼吸をし、まだ会場の外にいる男女に奇襲をかけ、無事に穏便に済ませたいと願うばかりだった。
リンがゆっくりと南口にいる男女へ近づく途中、樹の上から誰かから話しかけられた。
「おまえが、魔女か?」
唾を飲み込む。バレたか…と思い、ゆっくりと視線を樹の上へ目を向けると、そこに一人の男が胡坐をかきながら、こちらを見ていた。
お手製と思う弓を構え、こちらをずっと睨んでいた。
「…ち、違う」
否定した。冷や汗が飛び交う。服の中からはもう滝のように出そうだ。もし、ここで魔女だとわかったら、なにされるかリンは知っていたからだ。
ゆっくりと否定したものの、男は怪しいと睨んだのか、「そこで待機しろ」と命令した。「はい」と答え、リンは男がどのような行動に出るのか待つことにした。
男が弓を構えながら、片手に電話らしき虫を取り出す。虫はテントウムシに非常に似ているが動きや飛び方が違う。
「見たことがないか? これは機械国家で知られている伝達用の虫型機の試作品だよ。これで、仲間と面倒な念話(ねんわ(魔法で他者とつなげて話す行為。主に現代的に言えば電話に近い状態))を避けて、仲間と通信できるんだ。ただ、残念ながらまだ試作でね、現段階ではそう遠くまでは飛ばせないんだよ」
と男は丁重に説明してくれた。
男はテントウムシを見送った後、再び弓を構えた。
下手に動けば、何をされるのか大概わかる。だけど、もしこの男に隙があれば倒しても問題はないが、アリスに迷惑が掛かってしまうのは確実である。
「お、早いな…フムフム。数分したら、仲間来るからな」
意外と早い。まだ、数十秒もたっていないはずだ。こんなにも早く伝達できるなんて、今までの念話でさえもつながるのに20分ほどはかかったはずだ。
機械国家の技術は恐ろしい。年々力をつけ、今では三大国家に匹敵するほどの技術を持つとまで言われている。
そんな国家が魔女を探しにこんな平坦な地へ何しに来たのだ?
まさか、わたし以外に、他に何かを探りに来ているのか?
リンは焦る。焦ってしまう。
冷静、冷静にいるんだと心の中で願うも、身体は裏腹に汗というものを吹き出してしまう。
男女がやってきた際にそれは最悪な鐘を鳴らした。
真っ白い鎧に魔法が明らかに重ねるかのようにかけられた障壁と武器。一般人が扱えるものでない代物の魔法が彼らの装備を何重にも重ねていた光景にリンはもはや、一人で立ち向かえるのかとさえ疑問…いや、逃げたくなるほどの状態になっていた。
「コイツがそうか?」
「まだ、女の子よ」
「いや、特徴からすると、手配書通りなんだよ」
男女が会話している。横にはまだ男が弓を構えたままだ。下手に出ればやられる。しかし、この男女はいったいここまで武装して何しに来たんだ?
ただの魔女対策にしては装備が重装すぎる。
まるでドラゴンかなにかを討伐に行くような武装だ。
「さて、君に質問するよ」
目の前に腰かける男。明らかに相手はリーダー格だ。この組のリーダーだ。明らかに他の男女と比べると力の差が違いすぎる。
こんなの目の前に魔法の王リッチを目の前にしている気分だ。
「緊張しているのかな?」
男は問いかけてきた。リンは「大丈夫です」と答え、虚ろな目でゆっくりと顔を上げた。男は微笑みながら質問した。
「君は魔女か?」
口が震える。ただ、質問しているはずなのに、リッチから浴びせるすさまじい瘴気がリンを舐めるかのように肌を溶かしていくような感覚になる。
この男、ただものじゃない。
わたし一人でどうにかできると思っていた私におこがましい。
「い、いいえ」
辛うじて答えた。けれど、男はにんまりと深く笑った。
その瞬間、リンは立っていられなくなるほど圧力を感じ、その場にヘタレこむ。
「その感じ方からして、俺が怖いか?」
「は…い…」
私は恐れているのか? この男に? それは違う。わたしが恐れているのは恐怖に飲まれそうになる私自身の弱さだ。
「は…はは…」
なぜか笑いがこみ上げる。こんなにも恐ろしい相手を前にしているのに、笑うなんてどうかしている。
「なぜ、笑っているのかな…まあ、だいたいはわかった―――」
男は立ち上がり、剣を抜いた。その瞬間に男が何をするのかすぐに判断できた。男は殺す時の異質な目を放っていた。
リンはとっさに回避魔法を放ち、身軽な速さで男から数メートル後方で逃げると同時に男が剣を振り払った。周辺にあった樹はなぎ倒され、葉は突風があったかのように根まで吹き飛んだ。
男は剣を収めこういった。
「みんな、コイツは魔女だ。討伐するぞ」
「抜刀」
「魔法を」
「援護します」
「盾はお任せを」
「気を強く持て、だれもやられずこの場を勝利に見せすぞ!」
リンは緊張は一気に引いた。こんなにもヤル気で攻撃してくる輩と出会ったのは久しぶりだ。今まで何人ほどの活気と強さを引きただせる敵を5人も相手するなど一度もない。
リンは笑みを浮かべながら、渾身の魔力で相手を振り払う。
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