第11話 魔女の伝説(6)

 アリスは走った。息が切れるほど意識がもうろうとなるほど。


 ラスベルは箱を探してきてほしいと頼まれた。足がこけそうになる。必死で頑張るも、床はタイル石からはみ出た木の枝によって豪快に倒れてしまう。


 切り傷が膝にでき、痛くて立ち上がれない。

 木の根っこのとげが膝の中に入ってしまったようで、痛くて動くことができなくなってしまった。


「急がないと…ラスベルが…」


 息切れ、疲れた。

 でも、足を動かそうとすると激痛が走る。


「痛ッ!」


 何とか立ち上がろうとするも、激痛はわずかに動かすだけで痛みが足全体に広がった。


「あうぅぅ!!」


 再びそこに倒れてしまう。

 アリスは倒れた際にふと、何か見えた。大きな机だったものの下、小さな金属でできた平べったい箱が転がっていた。


 アリスはその箱に手に取ろうと、地べたをはいずりながら、その箱にゆっくりと近づき、近くになるにつれ手を伸ばす。


 届かなければ近づき、届ければ手を伸ばす。それの繰り返しである。やっと手に取った時、クローバーの鍵を箱の穴から突き刺す。


 ガチャと箱が開く。中からは古い黒い本が出てきた。表面から見て分かった。ラスベルが探してるという本だ。


 アリスはその本をラスベルに託そうと、走ろうと足を延ばす。だが、激痛が再び足に伝わるとそこに倒れてしまう。


「もう、ダメかな…」


 そう思いながら、その本のページを一枚めくった。


 信じられない事だった。難しい数式や見たこともない言語でページを埋めるほどの数の文字が頭の中へ溶け込んでいくのが見て取れた。


 液体となった文字を一気に吸い上げているかのような気持ちになる。見知らぬ景色や人の情熱などが頭の中へどんどん吸い込まれていく。


 そして、ほんの数分間。本に書かれていたものが分かった。


 アリスはイメージを浮かべ、ラスベルに思いを告げる気持ちと一緒に魔法の名を口にした。


「ロー・グレヌ・アザシーヌ・ファイルト」


 カッとアリスから光が放たれた。周囲に白霧が一斉に晴れ、見たこともない植物が咲き乱れていく。床タイルに目立っていた植物も消えていき、本来の町である姿の形へと変わっていく。


 その様子をただ、アリスの瞳からは綺麗な光が広がっていくにしか見えなくなっていた。アリスはゆっくりと目を閉じ、達成感で眠りに満ちた。


 アリスの足の傷もそのときに治っていた。


 ラスベルたちが奮闘する中、その異常となる光景が徐々に迫ってきたのを魔女の視点から目に入る。それは色が変わるというよりも昔の姿に戻っていくといった風にも見えた。


 もちろん、魔女の家だったところも本来の家に戻り始めていた。


 魔女は魔法名を呼ぶところまで図式を完成していたが、ある人物の影が見え、魔女は中断した。


「ママァ! パパァ!」


 魔女が叫ぶ先には光にあふれる元の家の前で手を振る両親の姿があった。魔女はゆっくり地に降り立ち、両親の方へ駆け出し、両親に抱き合った。


 それは、毎日夢見ていた光景であった。


「大きくなったな」


 とパパは魔女の頭を優しくなでた。


「いつも私たちはそばにいますよ」


 とママは魔女の背中から優しくなでた。


 ラスベルは光に包まれていく中、魔女が両親たちと触れ合っている中、魔女の懐から落ちた本を拾い上げた。


 その本がどういうものなのか、ラスベルは知っていた。


「この本、処分するぞ」


 と、魔女に向かってラスベルは絵本を見せた。魔女は「いいよ」と先ほどまでとは違う…いえ、前の姿に変わっていた。


 もう、魔女じゃない。いたって普通と変わらない少女の姿だった。


 光が消えるまでの間、少女は両親と一緒にいられるだろう。


 ラスベルは持っていたライターを使って絵本を燃やす。絵本から悲鳴を上げているのが聞こえた。ラスベルは思った「やはり、呪本だったか」と。


 呪本とは、その名の通り、念や呪いなどが本に宿したもので、魂を持った本とも呼ばれている。大概のものは善を持たず、使用者や持ち主に害をもたらすものが多く、持ち主でさえも知らぬ間に憑りつかれてしまうこともある。


 また、呪本は特殊で、払い方も種類により、難しいとされている。


 そんな本に魔女…いや、少女に憑りついていたのであれば、少女はかなりの間苦しんでいたのだろう。




+++


 魔女は娘のことを大事に思っていた。

 男に願いを込め、娘をかくまってほしいと。

 けれど、ちょっとした聞き違いにより、その願いは叶われず、娘は死に、男は悲しみとなった。

 男は、復讐者となり、また魔女…いや、最愛の人を殺した人達に恨んで殺していったのだろう。


 本を燃やし終えた後、ラスベルはその本にそう言いのけた。


 ラスベルもこの本のことは知っている。この本はシリーズ化しており、全部で8章まであり、この話は3章に記載されている序盤に過ぎない。


 この本は当時、文字としては難しく、本もできていなかった。石碑として描かれていたため、共通言語でもなかったためか、読める人は少なかったと言える。


 それが現代になって復興版として、本となり、広がっているのだろうと晴れた空を見上げながらラスベルは暖かく見守った。


「アリス、上出来だったぞ」


 ラスベルは褒めた。けど、アリスは嬉しそうな表情じゃなかった。隣にチラッと見つめる。その視点の先には魔女…少女の姿があった。


 絵本の呪いは解かれ、魔女としての姿も光によって溶け、元の姿に戻った。


「私も連れて行って」と、言われたときには驚いたが、目標も特にないので、しばらくの間だけでいいといったので、連れていくことにした。


 アリスは魔女だった時の表情のことを覚えており、近づきにくい状態だったが、ラスベルは比較的に友好的で何かと気遣っていたところに少し曇りも浮かべた。


 少女は親からもらっていた本来の名前リンとして、今後の本探しとラスベルと一緒に同行する仲間として加わった。


**おまけ**


「ところで、リンは年いくつなの?」


 アリスはさりげなく聞いてみた。一応、年上なのか年下なのか、知っておきたかった。ラスベルは特に興味はなかったようだが。


「私はね、40歳なのこれでもね」


「えーー!」


 大きく驚く。後で聞いた話によると、リンはエルフと人間とのハーフで人間の外見年齢からは8歳くらいだが、中身はすでに40歳を超えている大人なのだという。


 これもまた、驚きである。

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