蜜柑の実

@majo

蜜柑とその海による赤について。

庭のみかんの実がぼとりと落ちた。


キラキラと輝く空から降る雪は、夏の暑さに負けてとろけた。


チーズみたいな氷が沸騰して、みかんを煮立たせる。


白い柵が立ち上がって、杭を柔い地面に突き立てる。


ふたりで行きたいね、と言っていたあの川沿いの桜並木は

すべて切られてしまったらしい。


落ちたイチョウの葉が道路を埋め尽くし


上を走る車を横転させている。


滑ったフォードが潰した金柑の実が、甘酸っぱい香りを振りまく。


雲が落ち、スケート靴を履いた少女が空を滑る。


アン・ドゥ・トワ、アン・ドゥ・トワ。


涼し気な音を鳴らした鈴が凍る。


遠くで響く祭囃子が、夏の終わりを告げる。


あああのからくり時計はどうなったかな。


広場で見上げたからくりで、馬に乗った二人の騎士が戦った。


青と白の騎士が勝利し、赤と黒の騎士がその腹を槍で貫かれた。


万歳、万歳、万歳!


それぞれの正義のために、それぞれの想いのために。



リンゴの木は虫に食われてもうダメらしい。


世話をしていたおじさんが亡くなって、息子は街へ行ってしまった。


可愛い奥さんと息子と息子と娘がいて


大きな青虫を飼っている。


7年前に青虫だったそれは、


きっと28年後も青虫なんだろう。


森でみかけた耳のとがった動物に喉笛を食い破られた百合の花が、

たすけてと泣いた。


キイチゴを摘みに出かけた海の底で出会ったクラゲは、山に憧れた。


サメの嗚咽が湾に響くころ、サバンナのキリンは夕日まで首を伸ばす。


金色の縁取りの額に飾られたピストルで


深夜に出歩く蜘蛛を討つ。


一週間も前から咳が止まらない人を、


可哀想と思いこそすれ蝶はトンボではない。


腸詰の宇宙で、星が今日3つ死んだ。


羊の毛を敷き詰めて埋葬したムカデには、足が6本しかなかった。


庭のみかんの実が落ち、


因果の巡りは終わらず


ゴツゴツの岩の中で光る人魚は


口いっぱいにマカロンを頬張る。


フランボワーズのチョコレートで炊き出し


大きな鍋には硫酸を沸かして


致死量のハチミツに両手を浸し、


ミルフィーユを焚き染める。


バスボムが消滅し、


塩ばかりが増す世界では、ブランディングもままならない。


卵を一ダースくださいな。


国と国との友好の懸け橋にと送られた


真っ青な髪の束。


オマケに添えられた小指にはまった指輪が月の光できらめく。


ああどうしましょう、洞窟に導かれ


岩の階段を下りながらキノコのランプの夢を見る。


船は真っ赤な煙を巻き上げて


A4サイズの明日を見る。


ら・ら・ら。 ら・ら・ら。 ら・ら・ら。


走る汽車が屋根瓦を落とす。


黒い鳶がイチゴをねだる。


ブルースクリーンに点滅するハートは


左心房からチョコレートを流して消えた。


悲しい、と豹が泣く。


雀に友を殺された。


煙突の工場は、生産のペースを上げている。


皆きらいと彼女は言った。


君がきらいと彼は言った。


蒲鉾にでも、祈ろうか。


行ったり来たりのボウフラは、


鳥のさえずるゼリーの中。


脳に溜まった電磁波が、ラム酒と犬を破壊する。


砂漠で溺れたストラティバリウス


迂闊なずた袋に沈む朝日が、哀れに千切れて森を舞う。


あのジャングルの遺跡には、何が眠っていたのだろう。


糸が縺れ、解け、風にきりもみにされながら歌を歌う。


ラジオから聞こえていた、49年前に流行したロックを口ずさむ。


冷凍保存のハチノコが、加湿器のスイッチを入れる。


コンピレーションの6曲目を聞きながら、

それが果たしてみかんでないことに気付くのだ。


醸造の酒のように甘い香りを漂わせながら、羽を打って飛ぶ。

柔らかな水鳥の背びれにまたがって、夜の帳を下ろしに行く。


不死者の魂よ、安らかに。


八分音符が調子っぱずれにティンパニを打つ。


剥がれた爪の裏側に見えた紋様が、偉大な空を思い出す。


ラタトゥイユの繊細な色彩が、七面鳥を打ち砕く。



おお、世界よ


広く小さな世界よ


さよならの時が近い



坊主がラッパを吹きならし


煉瓦道をパレードする。


海を通るキャラバンは、


ラクダのコブに仕舞われる。


アンテナに憑りついたクジラの霊が、


電波に乗って雷雲を抜ける。


左様なら



友禅の着物を濡らし、星を集めた少年が泣く。


あの旗は闇の底へ沈んでしまった。

旅をする人を旅人と呼ぶのなら


私は生きているだけなので、生人でしょうか。


ただ空腹を満たしては


燦燦と輝く太陽の如く。



在る、とは、無い、を認識すること。


街の図書館で白猫が叫ぶ。


ここには窓が無いのよ、と。


部屋の端のパキラはとうに枯れてしまった。


切株を滑り降り、蛍光灯に身を窶す。


リュートをつま弾く珈琲豆は、嵐から逃げて来たのと言った。


庭のみかんが葉を散らし


腐った梅の木は切られてしまった。


憎き病よ、暑さよ、寒さよ。


牡丹が真夏を憂いて首を落とす。


嗚呼青春よ、冬の光よ。


秋がノイズを飛ばして嗤う。


忘れてしまった、忘れてしまった、ああ、忘れてしまった。


ボールペンの先が抉ったバウムクーヘンから枝が生まれる。


銀河はきっと、遠い夢の底。


ホイップクリームが樫の木をなぎ倒す。


カスタードではこうはいかない。


丸いビーズが肺に溜まると、


しゃりり、しゃりりと愛らしい音を立てた。


ずれはじめた椅子の並びはもう戻ることはなく、


ドーナツが流れる川を、ただ黙って見ている。


膝まで桃色の水に浸かり、幼子たちが網を振るう。


ご覧、イチゴのパンケーキまで流れてきたよ!


今日はなんと良い日だろう。


上流にはベニヤの書き割り。


真ん中の辺りと右上と下にあいた穴から、真っ白なコールが漏れ出す。


火を放て、と槍が降る。


窓枠には、真っ黒な花。


トタンの屋根は真っ黒焦げで、ラズベリーの入ったパイが境界線に落ちた。


霞むような熊は、アザレアの有用性を説いた。


その透ける身体越しに、女神の亡骸を見た。


深いマグマに溶けた氷が、鎌首をもたげ欠伸をひとつ。

粉砂糖が結晶になり、塊を作る。


粘土を砕いて朝の霧にする。


水玉が揺らした風鈴はだあれ?


切手の裏には表がやっつ。


鍛冶職人は、本を打つ。


富んで矢を射る夏の牛。


かじられたリンゴが土に還る。


汚れた井戸は、雨の中。


ちりちりちりちり、ちりちりちりちり。


黒く光った電話の線が、


ヴァイオリンの戸を叩く。


ピアノが弾けたらいいのにな。


きっと羽根も生えたことだろう。


鮮やかな黄緑が、赤と水色を伴って黒へと走る。


その後姿を見送る黄色は、ただ橙を待っている。


眩しく光るネコは波と踊る。



英雄になりたかった蛙は泥船を娶り、ヒヨコの黄色を擦り付けた。


真っ青に実った麦は、夜の街の灯りに溶けた。

音楽をください!


インクが切れてしまったので。


パチンパチンと泡を切り、繋いだ縄を解いて揺らす。


傾いだ栗の木が、雲の赤を受けて爆ぜる。


泥の中で沈む大木が、生まれ変わる日を夢見る。


飛行機雲が夕暮れを裂く。


絹は木綿と単語を踊る。


刺繍糸をどこへやってしまったの?


暖炉はこんなにも冷えているというのに。


煉瓦が紺の水に溶ける。


街灯が照らすのは勝者ばかり也。


黒い馬を頂戴と娘は言った。


蝶を追い、あの琴を狩り落とすまで戻らぬと少年は言った。


こんなにも世界は美しく、


そして私は悲しみに暮れる。


愛ってなあに、と子供が問う。


罪ってなあに、と大人が問う。


私は答えを持っているし


なにも、持ってはいないので。


庭のみかんがジャムになる。


庭のみかんがポン酢になる。


庭のみかんが腐って落ちる。


庭のみかんが恥じて泣く。


ここはどこ、と途方に暮れて


素手で桧を打ち砕く。


海を飲み干しどこまで行こう。


遠い島なら、あるいは。


緑の羊を探すの、と


あの子はジャングルを後にした。


昨日封切になったあの映画は


本当は2年も前の物。


とっくになくしたと思っていたのは


とっくに捨てたはずのもの。


無いと生きてはいけないものは


星の沈む海に捨てた。


左様なら


左様なら、


左様なら。


左様なら?


左様なら。



左様なら!

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