第5話 父と会う
妹に連れられ、お屋敷の中へ入った私は、まずは妹にお礼を言うことにした。あの立て板に水ともいうべき、ラミロという使用人の前から屋敷の中へ連れてきてくれたからだ。
「ありがとう、キャッシー。助かったよ。」
お礼を言うと、それまで嬉しそうにつないでいた手をパッと離した。
「お兄様、私はシャーロットです!間違えないで!」
そういうと、プイと一人でどこかに行ってしまった。
しまった。双子に対して一番してはいけないミスをしてしまったかもしれない。家庭環境にもよるだろうが、双子だと服やらを一緒にされる中で、固有の名前というアイデンティティの比重は大きいだろう。その名前を間違えたということは、ロッティーにとってはアイデンティティを否定されたと感じてもおかしくはない。いや、逆に考えれば、見た目も服装もほぼ同じだから名前の間違えもあまり気にしないのだろうか。
それにしても、私の手を引いて屋敷に入ったのがロッティーだったならば、言葉を遮ったのがキャッシーの方か。キャッシーにはシャイな印象を受けていが、ああやって話を遮ってくるとは。どうやら私の印象や推測はそれほどあてにならないのかもしれない。そんなことを思っているとキャッシーが後ろからやって来た。
「……お兄様、どうしたの。ロッティーは……先に行ってしまったの?」
「うん。さっきはありがとうキャッシー。」
私はそう言って、包帯ぐるぐる巻きの手でキャッシーのサラサラな銀髪をなでた。キャッシーは少し恥ずかしそうに下を向きながらも、心地よさそうに目を瞑っていた。
その後、私はキャッシーに促され、私たち兄妹の父に会いに行く事になった。父の部屋は屋敷の一番奥にあり、行きづらいらしい。屋敷の周りに高い壁があったことも考慮して考えると、この屋敷は防衛的な意味もあるのだろう。
太い廊下を進み、いくつかの角を曲がると、屋敷の大きさには似合わないような、ぎりぎり大人二人がすれ違うことができるくらいの廊下に出た。その突き当りにすこし開けている吹き抜けがあり、先には一つの両開き扉があった。どうやらここにケントの父がいるらしい。
私は、ゴンゴンと重い木の扉を二回ノックした。
「誰だ?」
扉の向こうから声が聞こえた。低く通るようないい声である。キャッシーが答えた。
「……お父様、キャサリンです。……お兄様も一緒に……」
キャッシーがそういうと、両開き扉が片方だけ開かれた。
「入りなさい」
扉の奥から声が聞こえ中へ入ると、車椅子のような車輪の付いた椅子に腰を掛けた男とその後ろに立つ男がいた。見たところ車椅子に腰を掛けている男は三十代後半から四十代くらいで、後ろの男は二十歳くらいの青年だった。腰を掛けている方の男が私たちに声をかけた。
「よく来たね、ケント、キャサリン。シャーロットは一緒じゃないのかい?」
「……ロッティーはなんか不機嫌みたい」
どうやら、この車椅子の男が私たち兄弟の父らしい。キャッシーの言葉に、父は笑いこういった。
「ははぁ、せいぜいお前たちのどちらかが喧嘩でもしたのだろう?」
そういって、私の目をじっと見つめた。勘のいい人のようだ。喧嘩はしていないが、私が怒らせてしまったことが分かっているのだろう。父の目線に気づいたキャッシーも私のことをじっと見つめていた。
「お前達兄妹には頼みたいことがある。妹たちとは仲よくしておいた方がいい。」
父は車椅子を押すよう、後ろに立っていた青年に言った。なるほど、後ろに立っていたあの青年は車椅子を押すための使用人だったのか。
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