第4話 騒がしい男

 しばらく馬車で走ると建物もまばらになり、田園風景が広がっていた。麦だろうか、黄金色の穂が風にサワサワと揺れている。

 またしばらくすると、田園風景の中に石でできた大きな壁のようなものが見えてきた。馬車はその大きな壁で囲まれた屋敷の前に止まった。御者が馬車の御者台から下り馬の手綱を握ったままカランカランと鈴を鳴らすと、屋敷から何人かが出てきた。


「おかえりなさいませ、奥様。」


その中の一人の男性が、馬車のドアを開け、母に言った。母はただ、はいと答えそそくさと屋敷に入っていった。私も続いて馬車を下りると、その男が早口でいろいろと話しかけてきた。


「ああ、無事でよかったですよ。道の真ん中で倒れていたらしいですね。馬にけられでもしたんでしょうかね。それにしても、ドクターがタイミングよく旦那様の往診に来る日でよかったですね。ご存知の通り、田んぼしかないところですから、めったに人も通りませんしね。本当に良いタイミングで、あぁ、別に坊っちゃんが怪我されたことが良かったという意味ではないですよ。わたくしめも心から心配しておりましてですね。本当に、お屋敷に血まみれで運ばれてきたときはもうだめかと思いました。もうこのマーロウ家も後継ぎがおらず終わってしまうのかと。また旦那様に新たな後継ぎが生まれる事を待つしかないのかと。でも旦那様もそういった状態ではないですし、その望みも薄いとなればもう心の底から回復なさるのを待つしかない。いえ、もし坊っちゃんに弟がいたとしても回復を祈ったと思いますよ。マーロウ家が断絶ということになれば多くの人が悲しむことになりますからね。もちろん、家の後継ぎであるということもそうですけど、坊っちゃんは坊っちゃんとして、一人の人として回復されて本当に良かったですね。それにしても神の御加護というのは……」


 先ほど、母がそそくさと家に入っていった意味がわかった。恐らくこの男は放っておけば何時間でも話し続けるのではないだろうか。現にこうして私が考えている間も神がどうだとかを話し続けている。これを毎日続けられたらたまったものではないだろう。

 しかし、今の私にとってはありがたい。先ほどの会話だけでもこの家の状況がすこし分かった。旦那様と呼ばれている父にあたるであろう人物は病気なのか医師がたまに往診に来ていること、私すなわちケントはマーロウ家の後継ぎであるということ、この家は男系で後継ぎが決まっていてケントには弟がいないことなどが分かった。

 マーロウ家の跡継ぎであるとはわかったものの、何を継ぐのかや、男系の継承が、社会的な制度によるのか、マーロウ家だけのものなのかはわからない。もし、マーロウ家だけのしきたりなどであるならば、万が一の時に妹たちが継ぐということもできるが社会制度ならばそう簡単にはいかない。これによっても、人生が変わるかもしれない。


 私の考えがまとまっても、まだ目の前のこの男は話し続けていた。


「……ということで生きることは本当に素晴らしいことですよ、本当に。よかったですねぇ坊っちゃん。死ぬ寸前まで行って生きて帰って来られるとは本当に運がよかったとしか言いようがないですよ。もう嬉しいですね。無事で。いやぁ、わたくしめも幼いころに馬小屋で馬にけられたことがありましてね、死ぬかと思いましたよ。世界が遅くなったみたいな感覚で、あ、死ぬなって思いましたからね。ま、こうしてピンピンしていますけどね。あのときから神に熱心に祈るようになりましたよ。いや、それまでも信じてはいたんですが、その経験が……」


 突然、私の後ろから妹が彼の言葉を遮った。


「ラミロ、やめて。……お兄様が困っているじゃない」


 双子なのでまだ見分けがつかないが、話に割って入ってきたのはおそらくロッティーの方だ。なぜならキャッシーには初めてあった時から少しシャイな印象を受けていたからだ。私はもう一人の妹、おそらくキャッシーに腕を引かれ屋敷に入った。

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