第3話 退院と帰宅
その後、どうして怪我したのかだとかを質問されたが、記憶が曖昧でわからないと答えた。目が覚めてすぐにあった老紳士は医師だったらしい。その医師いわく、頭を怪我した影響で記憶があいまいなのではないかと説明をしていた。
医師といえば白衣を着ているものだと思っていたが、ワインレッドのテールコートのような裾の長い上着と紺の蝶ネクタイという立派な格好をしていて一見して医師とは思えない。とりあえず、けがは良くなってきたのであとは家で安静にするように言われた。どうやら、今後は医師が家の方に来てくれるらしい。というよりは、この医師だけがそうなのかわからないが、本来は往診が主で重症の患者などは特別に入院するらしい。
私は着替えを渡された。その服は、金のボタンのつやつやとした上着と黒いパンツだった。着るのが面倒くさそうな服だったが、妹たちがわざわざ着替えを手伝ってくれたので、すぐに着替えることができた。
その後、私は包帯でぐるぐる巻きにされた両腕を妹たちに引かれて病室を出た。腕の怪我が少し痛かった。
「それでは、ドクター。ありがとうございました。」
「いえ、マーロウ家には代々お世話になっていますから、当然のことをしただけです」
医師と母とが定型文のような会話をしている中で、今までにわかったことを頭の中でまとめてみようと思う。
まず、私は見ず知らずの少年になった。身長は百四十センチほどで、年は十歳くらい、顔は整っている。名前はケントというらしい。母や妹たちの身なりや言葉遣いが上品であることから、悪くない生活をしていることが分かる。
今、私と両手をつないでいる双子はケントの妹で、キャッシーとロッティーというらしい。もちろんこれはあだ名で、本当はキャサリンとシャーッロットという名前らしい。
ケントはこの妹たちにとても懐かれていることから、とても可愛がっていたのであろう事がうかがえる。この双子が妹ではなく、ただお兄様と呼んで懐いているだけの他人である可能性も捨てきれないが、双子が喧嘩した時に双子がお母様と呼んでいた人物が私のことを娘に向かってお兄様と呼んでいたことから、母が娘たちにケントをお兄様と呼ばせているとわかる。よって自然に考えるならこの双子は妹で間違いないだろう。
また、母らしき人物の名前はまだわからないが二十代後半くらいであることなどからケントが長男である可能性が高い。
つい先ほど医師が話していた内容によれば、この家族のファミリーネームはマーロウらしい。この国での名前の習慣がどうなっているかわからないので、私の名前がケント・マーロウなのかマーロウ・ケントなのかはわからないが、とにかく私はケントとして生きていくことになった。
「ケント、あなたもトマソン先生にご挨拶なさい」
母がそう私に促し、私もお礼を言って病院の外へ出た。
病院の外に出ると、石造りの建物と木造の建物とが混ざり合う街並みだった。地面は石畳になっており、タタッタタッと軽快に走る馬の蹄の音が響いている。街のところどころに馬が走っており、通りのすぐ向こう側には馬車も停めてあった。
街行く人々の服装は様々で、大きな布を巻いただけや、袋に腕と頭を通したような簡単な服装をして歩いている者もいれば、てかてかと上質そうな布地に刺繍などの装飾を加えたような上着を羽織り、少しダボっとしたパンツの裾からは鎧のようなものが見えており腰にはサーベルを帯した恰好で馬に乗っている者もいる。
歴史に詳しくないのでなんとも言えないが、イメージだけでいえば、前者は古代ローマ市民で、後者は中世フランスの騎士のような感じだ。こう見てみると、私を含め、母や妹たちの格好はかなり上質なものなのだろう。
「馬を待たせていますので、早くいきましょう」
そう母に促され、通りの向かいに停めてあった馬車に乗りこんだ。
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