第2話 自分だとは思えないほどの美少年

 鏡に映った十歳の少年は私ではない。いや、鏡の前に立っているのは確かに私だけれど。

 正確に言うなら、今、鏡に映っている私の姿はビルから飛び降りる前の私でも、その幼いころの姿ではない。幼いころの記憶はあいまいだが確かに私ではない。

 なぜなら、こういってしまうと少し悲しいが、顔が美しかったからだ。赤茶色の髪にシュッとした輪郭、鼻筋も通っていてくっきりとしている目に碧い瞳が輝いている。これを美少年といわずして何と言おうか。身長はまだ百四十センチくらいだが今後成長するであろう。


 少し混乱したものの、どうやら私はこの少年になったようだ。しかし見れば見るほどイケメンである。そのまま数分間、鏡に映る美少年を見ていると、疑問が浮かんだ。

 この少年が十歳くらいであるということは、いままでもこの少年が生きていたということだろう。それなら、今までこの少年として生きていた人格や記憶はどこへ行ったのだろうか。そんなことを考えながら元の寝ていたベッドに腰を掛けると、突然ドアをノックする音が聞こえたかと思うと一人の女性と二人の女の子が部屋へ入ってきて次々と私に声をかけた。


「ケント、目が覚めたのですね。心配しましたよ、なにがあったのですか?」


 最初に私に話しかけてきたのは赤茶色の髪をした話し方と服装が上品な二十代くらいの女性である。どうやら私の名前はケントというらしい。

 間髪入れずに、八歳くらいの双子らしき銀髪の女の子たちが交互に話しかけてきた。


「私とキャッシーもとてもとても、とっても心配していたんですよ!もう目が覚めないんじゃないかって。だってお兄様はもう一週間も寝込んだままだったんですから」

「違う……起きないと思ってたのはロッティーだけ。私は起きると思ってた。……それに、お兄様が寝込んでたのはたったの五日」

「キャッシーも心配してたじゃない!お兄様がお屋敷に運ばれてきたときは私より泣いてたのに」

「……私は泣いてない。お兄様が血まみれでおどろいただけ……ロッティーが泣いてたからそう見えただけでしょ」


 双子が何やらけんかを始めたが、どうやらこの双子は妹たちのようだ。二人の顔は見分けがつかないが、性格が異なるようだ。ロッティーと呼ばれた方は騒がしいほどに元気でだが、キャッシーと呼ばれた方は冷たく見えるほどに落ち着いていてすこしシャイなようだ。また、喧嘩をしている今も、ロッティーが一方的に怒り、それをキャッシーが軽くいなしている感じだ。


「キャッシーもロッティーもやめなさい。お兄様が困っているじゃない」

「……だってロッティーが……」

「言い訳してはいけません。喧嘩両成敗よ、キャサリン。シャーッロットもよ」

「……はい。お母様」


 双子たちを叱ったのは先ほどの上品な格好の女性であった。双子たちが妹だとすると彼女らがお母様と呼んでいるということは、ケントの母だろうか。顔を見ると双子と似ているし、よく考えれば髪の色もケントと同じである。


「お兄様!大丈夫?まだ治ってないんですか?」


 ぼーっとこの三人と自分の関係を考えているとロッティーと呼ばれていた女の子が話しかけてきた。

 どう答えよう。正直に私は別人だと言おうか。それとも話を合わせようか。ここでどう答えるかで今後ケントとしてどう生きていくかが決まるような気がする。


 いや、まてよ。もしここで別人であると言っても、怪我の影響で頭がおかしくなったと思われるだけかもしれない。とはいえ、無理に話を合わせれば後々嘘がばれる。こうなれば、話を合わせつつ、記憶もあいまいだという体でいこう。


「うん。ロッティー、まだ少し頭がぼーっとするけど大丈夫だよ」

「お兄様? なんか変!」


 いきなり、何か間違えたようだ。一言話しただけで別人であると気づかれるとは。三人の会話からしてケントも丁寧な言葉遣いをするだろうと思ったから、丁寧な口調で言ったのに。

 

ロッティーは私がおかしくなったとでも言いたげな顔でにらみつけるように言ってきた。


「いつもなら、優しく私の頭を撫でてくれるのにー」


なんだ。そんなことか。なるほど、ケントという男の子はまだ十歳くらいだというのに顔だけでなくて行動までかっこいいというのか。まあしかし、このことに関しては言い訳ができる。


「本当は撫でてあげたいんだけど、ほら、腕に怪我をしてしまったから」


 包帯でぐるぐる巻きにされている腕をロッティーに見せた。彼女は不満げながらも納得したようだった。

 今後は、美少年らしい言動をするよう気を付けなくては。

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