絶望して死んだら、異国の美少年でした。

波来亭 獏象

第1話 もう、どうでもいいや……

 空が赤く染まった夕に、夕日を背にした私に黒い夜の闇が迫ってきている。ビルの屋上にある落下防止の柵を越え、闇を眼前に思考は止まっていた。

 黒へ一歩踏み出せば奈落の底。赤へ留まれば生き地獄。そんな瀬戸際で、思考は働かない。安物のゴム靴を履いたまま、ただそこに立っている。


 大学を出て十年近く勤めた会社が倒産し、一念発起して起業した会社も二年足らずでつぶれたのだ。仕事一筋でやってきた。それなのにうまくいかず、会社をつぶしてしまった。起業する際に自分の定期預金を担保にしたり、倒産する直前には金を借りれるところならどこにでも借りていたので、今は借金しか残っていなかった。借金は金額にすると数億になるだろう。

 それだけならまだしも、どこからか私の債務が悪質な取り立て屋に売られたらしく、いつでもどこでもどこからともなく取り立て屋が現れ怒鳴られる。あまりにも悪質なら警察に相談しろというアドバイスをくれる人もいたが、もとはといえば私が悪いので警察に行くのはどこかためらわれた。


 じっと空を見つめていると、ふと一つの思考が浮かび上がった。一歩だけ踏み出してみようか。ほんの少しだけ。そんな軽い気持ちで一歩踏み出した。

 一歩進んだ途端、ぐんぐんと闇に吸い込まれた。空はいつの間にかペンキが塗られた様に黒く、まだ少しだけ赤い塗りムラがあった。



 ――気がつくと、ベッドの上にいた。木でできたぼろいベッドで、日本の病院では見かけないようなぼろさだ。ベッドだけのイメージでいえばとある安い簡易宿泊所のような感じだ。とはいえ部屋自体は狭くはなく、木でできた棚や姿見がおいてある。棚にはたくさんの小瓶に色とりどりの液体が入って並べてある。私は胸や腕、頭に包帯が巻かれているらしく上半身だけの怪我のようだ。

 そんなことを考えていると部屋のドアが開きいかにも老紳士という風体の人物が入ってきた。シルクハットが似合いそうなシュッとした老人である。


「気が付かれましたか」

「……あ、はい」


 私はただそう返事をした。どうやら私はまだ生きているらしい。


「道の真ん中で倒れていらしたので何事かと思いましたよ」


 老紳士は少し笑いながらそういった。私は何も答えられなかった。自ら飛び降りた私を、この老紳士は親切にも看護してくれたのだろう。ここで自殺しようとしていたなどといえば、彼の親切心を無にすることになる。老紳士は真剣に優しい口調で聞いてきた。


「心配いたしましたよ。何かあったのですか」

「……実は……あ」


 ……つい話しそうになってしまった。こんなに優しい方を傷つけてはいけない。ぼろぼろの服を着た見知らぬ私を助けてくれたのだから。


「まあ、言いたくないのであれば深く追求しませんが、今後気を付けてくださいね。」


そういって老紳士は出て行った。

 ん? 『今後』と言っていた気がしたが気のせいか言い間違いだろうか。そんなことを思いつつここからいち早く立ち去ろうとベッドから立ち上がり、近くにあった姿見の前に立った。それに映ったものに驚きを禁じ得なかった。


 そこに映っていたのは、年が十かそこらの少年であった。

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