第3章 エンドロールの救世主
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*
ライラと向かい合って立っていると、ぐにゃりと視界が歪んだ。足場が大きく揺れ、足が竦みそうになる。
轟音が耳をつんざく。鼓膜から腹の底まで響くような音だった。
瞬間、床が抜けた。
「うおっ!?」
ズドン、と床板がそっくり抜けて、俺たちはその上に立ちながら落下していく。
なんだなんだ!? どうなってんだ?
と、視界にノイズがかかる。
砂嵐。
ホワイトノイズ。
ブラックアウト。
セピア。
モザイク。
ジャギー。
色反転。
あらゆる視覚効果に次々と見舞われ、頭がズキズキと痛んでくる。
抜け落ちた床はどこかに地面とかどこかに衝突することなく、ずっとそのまま落ち続けている。
まるでこの落下運動だけが、時の回廊に迷い込んだかのような——
どこまで続くんだ……?
床にしがみつくようにして耐えていると、永遠に思えた落下が終わった。
地面に叩きつけられたわけでもなく、空を飛んだわけでもなく——ただ落下が『止まった』。
「大丈夫か?」
ライラに問うと、彼女はまるでこの異常事態を理解しているかのように落ち着き払った様子で頷いた。
いったい何なんだ……?
その場で立ち上がると、視界がゆっくりと白んでいく。
紙に水が染み込むような速度で、ライラ以外のすべてがゆっくりと——真っ白に。
そして、真っ白になったかと思えば、今度はすこしずつ景色が緑に色づいていく。
足元の質感も柔らかくなっていく。
これは——草原だ。しかも地平線まで見えそうなほど広く、夏草が日に照ってキラキラと輝いている。
「二人だけの……世界……」
ライラが呟く。いつだったか、二人でこんな世界に逃げてしまいたいと思ったことがあったっけ……。
いつの間にか、すぐそばにウッドハウスが建っていた。俺たちの棲み家だろうか。
そして、家の横にはガーデンテーブルと、二脚のガーデンチェア。どちらも美しい純白で、草原に馴染んでいる。
——ああ、ここは俺の……いや、俺たちの理想の世界だ。
ここで紅茶なんかをすすって過ごせたら、どんなに幸せだろう。
ここで君と笑いあって暮らしていけたら、どんなに幸せだろう。
この世界は二人だけのものだ——そう思うと、胸が高鳴った。
もうどうでもいいや、と思えた。
もうこのまま、甘い本能に身を委ねていいのだと思えた。
「座ろうか」
「……うん」
俺たちは向かい合って座った。丸いテーブル越しに見つめ合う。
「ずっとこうしたかった。セイバーと二人だけの世界で」
「二人で、ずっと……。これが俺たちにとって最高のハッピーエンドなんだ」
「うん……、うん……!」
幸せを噛みしめるようにライラが何度も頷く。その笑顔が、存在が、すべてが愛おしい。
「でもあなたには魔王を倒すっていう使命があったから、できなかった」
「そうだ」
「でも今は、もう……いんだよね?」
「ああ。このまま一緒に暮らそう。エンドロールは終わったけど、これからもずっと一緒に……」
「嬉しい……!」
ライラは玉のような涙を流しながら笑った。
ふわりと穏やかに吹く風で、草原が波打つ。その中のライラは、まるで花が咲くかのようだ。
——美しい。
じんわりと胸が締めつけられる。これが幸せというやつか。
……そうだ。もういいんだ。ずっとこのまま、ライラとともに生きて、ライラとともに死んでいきたい——
それが、俺にとっての——
*
*
*
ゲームタイトル『エンドロールの救世主』
クリア条件:勇者セイバーとして魔王
クリア率:0%/100%
【MEMO】
勇者セイバーへ
あなたには、何と謝ればよいでしょう。我々には想像もつきません。
あなたの選択は何ひとつ間違っていませんでした。
強いて言うのなら、あなたはいささか情熱的すぎたのかもしれませんが、もちろん責任は管理者である我々にあります。
せめてもの償いとして——あなたにとっては迷惑な話でしょうが——このゲームを用意することになりました。
ぜひともあなたの手で、魔王『ライラ・エクス・ラベラ』を討ち、すべてを終わらせてください。
すべての世界を、愛した女性を、あなたの手で救ってください。
……実を言えば、我々の手で強制的に魔王を排除することは可能です。
しかし、その方法ではあなたも消滅することになります。
同時に、他の世界に存在するプレイヤーも消滅することになります。
そのため、我々はこのゲームをあなたに託しました。
あなたが『救世主』となり、魔王を倒してください。
そうすれば、あなただけでなくすべてのプレイヤーが救われるのです。
では、幸運を祈ります。
追伸
もしもこの物語がどこかで読まれるのなら、あなたが好きな『愛の歌』とともに。
*
*
*
——え? なんだ今のは?
ライラが、魔王? 『ライラ・エクス・ラベラ』だと?
それを俺が倒さなければいけない?
「……どうしたの?」
不思議そうに訊いてくるライラ。
俺の混乱を感じ取ったのか、睫毛の影が涙袋に落ちて物憂げだった。
「い、いや、何でもない」
……この美少女が——俺の愛する女性が、魔王? ありえない。
〈——ませ! ……だ!〉
〈……ゃないか。——ミは……だろう?〉
遠く、遠くから声がする。——誰だ?
この世界には、俺とライラ以外誰も——
〈おいおい。随分な言い草じゃないか。ずっと一緒に旅をしてきた仲間に向けて?〉
〈……まったくだぜ。俺だよ。戦士のクローゼだ。まさか忘れたか?〉
〈僧侶のミリスさ。忘れてたら呪うよ?〉
クローゼ! ミリス! 忘れるわけないだろ。……いや、実際ちょっと忘れかけていたけど。
二人の声が脳内に直接送られるかのように聞こえてくる。
〈いいか。よく聞けセイバー。今、目の前にいるライラは偽物だ〉
〈ライラの姿をしたバケモノってわけさ〉
〈だからぶっ殺せ。できるのはお前しかいない〉
〈魔王をやったみたいに、真っ二つにするんだよ〉
——バカな。なぜ、俺が、そんなことを。
ライラを……殺す……?
そんなことをする必要がどこに? ライラは……、ライラの願望は——
「ライラは、ここで暮らしたいんだよな?」
「暮らすだけじゃないわ。私は幸福に暮らしたいの」
優雅に紅茶をすするライラ。
「何が違うんだ?」
「幸福は相対的なものだから、誰かが幸福になれば必ず別の誰かは不幸になるわ。人間が三人いれば、いとも簡単に嫉妬や疑心が生まれる。欲しいものが独占できないことに、ストレスを感じるようになる。それじゃ幸福な世界と言えないじゃない? だから、世界は二人だけで構成されるべきだと思うの」
「……なにが言いたい?」
「私は幸せになりたいから、自分自身とセイバーだけがいればいいってこと」
「……仲間とか、友達とか、親さえいなくていいと?」
「あたりまえじゃない。そんなの、幸福の邪魔なだけよ」
真顔でそう言ってのけた。彼女は確かに、普通じゃないかもしれない。
——何が違う?
幸福のためなら何が滅んでもいいと言うライラは、野望のためなら世界がどうなってもいいと笑う魔王と何が違う?
自分のために世界を差し出す姿は、まさに魔王そのものじゃないか。
「あなたと私。二人だけいればいいの」
「…………」
それはたぶん『正しい』とか『間違っている』ということではない。そんな価値観は立場によって変わる。
ただ、彼女はこの世界の何とも相容れない。すべてから独立しきっている。矛盾しきっている。
世界は矛盾を排除しなければならない。
世界に馴染まないものを、世界に取り込むわけにはいかない。
ライラは、この世界にとってバグのようなものだ。
……俺はどっちにつく?
彼女につけば、世界を壊し、二人だけの幸福を生きることができる。
世界につけば、犯されそうな世界を取り戻すために俺は彼女を殺さなければならない。
その決断をすることが、この『エンドロールの救世主』というゲームであるならば。
このゲームはすでに——終わっている。
いや、始まってすらいないかもしれない。俺に選択の余地などないからだ。
だから。
いま、この瞬間はもはやエンドロールだ。
*
あなたが好きな『愛の歌』を選んで、再生ボタンを押してほしい。
*
「さあ、こっちに来て。お茶を飲みましょう」
「…………」
「……どうしたの? その顔は何?」
「……ライラ。もうこんなことは……」
「その先を言わないで。言ったら許さない」
「こんな生活をいつまでもできるわけが……」
「だめ。やめて」
「なあライラ……」
「うるさい! うるさいうるさいうるさい!!!」
「俺は、お前と一緒にいることは——」
「うるさい! やめてええええええええ! あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
凄絶——そう表現するほかない。
彼女は呻き、叫び、喚き、喉を掻き毟り、血の涙を流した。地団駄を踏み、頭を振り、涎を垂らし、白目を剥いた。
それが——魔王『ライラ・エクス・ラベラ』の姿だった。
少女ライラックではなく、『
乙女と呼ぶには哀しすぎる。
少女と呼ぶには過激すぎる。
愛する人と呼ぶには……遅すぎた。
彼女と共に歩むことが愛ではないなら、俺にとって愛とは何か?
彼女の間違いを認め、終わらせてあげることではないか。
「ごめんライラ。終わりだ」
俺は背中の剣を握り、一閃——思いっきり振り下ろした。
エンドロールが、終わった。
彼女は最後に何かを言ったが、俺には届かなかった。
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