第1章 今日ほど哀しい夜はない

S県の西の方に、十年ほど前までは限界集落だった土地がある。

そこは現在——界門市と呼ばれており、以前では想像もつかなかった活況を見せている。

なにせ『市』である。人口五万人以上。

——なぜか?

それは十年前、人里離れた山の中腹で、たったひとつの『門』が発見されたことに起因する。

その門、通称『ゲート』は——現世と異世界を繋ぐものだった。


   *


「終わった〜! おい、飲み行こうぜ」

「いいねぇ、どこにする?」

「前に行ったモツ煮がうまい店で!」

「オッケー!」


金曜の夜。華金などと呼ばれ、仕事を終えた人々が浮き足立つ時間帯。同僚たちの開放感に満ちた声が頭上を飛び交う。

——しかし俺には関係のないことだ。


(……いちおう伊原も誘っとく? 既成事実は作っとかないと)

(どうせ来ないでしょ……)


聞こえていないと思っているのか、背後でヒソヒソと相談している。

来て欲しくないのなら誘わなければいいのに、まるで何かに言い訳を立てるかのように、奴らは毎回俺に声を掛けてくる。


「なあ伊原」

「……なに?」


何も知らない振りをするこちらの身にもなって欲しい。


「今から飲むんだけど、どう?」

「ごめん。予定があるから」

「そうか。残念。じゃあまたな!」

「お疲れ様です」

「お疲れっす〜」


表面上はにこやかな会話を終えて、去って行く彼らの背中には安堵の色が見て取れた。

彼らも、俺も——お互いに仮面を被っている。まったく面倒なことだ。

仮面はを着けるのは疲れるものだ。このストレスは発散しなければならない。


手持ちの仕事を終わらせた俺は、どこにも寄らずまっすぐに帰宅した。

カップ麺で簡素に晩飯を済ませ、準備に取り掛かる。

リュックにさまざまなもの(着替え一式や調味料、小ぶりのナイフ、缶詰やレトルト食品、寝袋などなど)を詰め込む。

荷物をまとめ終えると、熱めの風呂に入り、仕事で溜めた一週間分の疲れをすべて吹き飛ばした。


「よし! 準備オッケー」


さあ寝るか。

明日はサクッと世界を救うぞ!

ベッドに横になった俺は決意を決め、かざした拳を固く握った。


   *


『救世ゲーム』とは、その名の通り世界を救うゲームである。

S県界門市の間山はざまやまの中腹にある巨大な門——通称『ゲート』をくぐった者は、異世界へと飛ばされる。

世界の種類は様々だ。

中世ヨーロッパ風の世界観の剣と魔法の世界もあれば、和風ファンタジーのような世界もある。

スチームパンクだったり、近未来ディストピアだったり、モンスターと共存する幻想世界だったりもする。

……原始時代の荒野に飛ばされることだってある。

そんな『なんでもあり』の異世界群だが、一様に共通していることがある。

——世界の危機が迫っている点だ。

『ゲート』から飛ばされた者はその世界の危機を取り除き、『救世主』とならなければならない。

自分の状況を把握し、理解し、身の振り方を考え、それを実行しなければならない。

それに成功すれば『救世主』となりゲームクリア。

また、救世に失敗したり、制限時間の12時間を超えてしまえばゲームオーバー。

それが『救世ゲーム』だ。

『救世主』になる爽快感や謎解きのようなゲーム性、それに日帰りで遊べるという手軽さから、男性を中心にじわじわと支持を広げている。俺もその面白さに取り憑かれた一人である。

だって、世界を救うなんて経験、普通はできないだろう?


   *


界門駅までは電車を乗り継ぎ、一時間ほど。

そこから二十分バスに揺られると間山はざまやまのふもとに着き、さらに登山道を三十分ほど行けば『ゲート』がある。

『ゲート』の前には小さなコンビニエンスストアと休憩所が設けられていて、俺が到着する頃にはすでに十数人のプレイヤーたちがそこに集っていた。

『救世ゲーム』のプレイヤーの九割九分が男性だ。彼らは荷物の点検をしていたり、煙草を吸ってぼんやりと佇んでいたり、ゲームを始める前に思い思いの時間を過ごしていた。

俺はベンチに腰掛け、登山の疲れを癒しつつ荷物の最終チェックを済ませる。

そしてすぐに、『ゲート』の前に立つ。

『ゲート』は小ぶりな神社の鳥居ほどの大きさだ。石造りで、バロック建築のような装飾が施されている。相対するだけで、すでに異世界に迷い込んだような気分になる。重厚で異質な雰囲気がひしひしと伝わってくるのだ。

ひとつ、深呼吸。

そして『ゲート』を睨む。

まるでピストルの音を待つ陸上選手のような、張り詰めた心持ちだ。

「————さて」

これから行く異世界は、どんな世界だろうか?

俺は救世主になれるのか? それとも世界を救えず、すごすごとここに帰ってくるか?

いざ、勝負。

俺は一歩踏み出して、悪魔の口のような門をくぐった。


   *


   *


   *


ゲームタイトル『レイクサイド・キャッスル』

クリア条件:勇者として魔王を討ち倒せ!

_____:_______________


【MEMO】

スタート地点は魔王城のふもとの宿。

長い冒険の末、魔王との決戦を明日に控えた前夜からのプレイ。

ゲームクリア率:99%

_______:___


   *


   *


   *


「……!」

瞬間、立ちくらみがする。頭が疼くように痛む。


「どうしたの? 急に真顔になっちゃって……まさか、いまさら怖気づいた?」


ニシシ、と隣から笑う声が聞こえた。

見ると、漆黒のローブととんがり帽子に身を包んだ、利発そうな女性だった。


「ライラ……」


俺は彼女の名前を呼んだ。初めて会ったはずなのにその名前を呼ぶことができた。

なぜなら、俺の記憶の中に、思い出の中に、彼女はたしかにいたからだ。

ライラック——通称ライラ。ここまでずっと一緒に旅をしてきた魔法使いだ。


「べつに、怖気づいたわけじゃない」


「どうだか。セイバーって意外とビビりなところあるし」


——俺の名前、セイバーなんだ。いかにもテンプレ勇者って名前な気がするぞ。


「やけに俺のこと詳しいな」


「べっ、べつに詳しくなんてないわよ! 気づいたらついつい目で追っちゃうとか、正義感が強いのはいいんだけど向こう見ずな性格が心配だとか、そんなこと微塵も思ってないんだからね!」


「…………」


あまりにも清々しすぎるツンデレだった。ここまでくると逆に嘘みたいだが、表情を見る限りはどうやらマジのようだ。

ライラは顔を真っ赤にして、うっすらと涙さえ浮かべて俺を睨んでいた。

……このやんちゃそうな魔法使い女は、どうやら俺に惚れているらしい。

どうしたものかと困った俺は、ライラの後ろに立っていた二人を見やった。

——屈強な戦士のクローゼはブスッとした顔で、慈悲深い僧侶のミリスは苦笑いしていた。

これも、どうやらいつもの光景のようだった。胸の内に懐かしさが滲んだからだ。


「ふふ——」


と、つい笑ってしまう。

……そうだ。俺たち四人はこうやって旅を続けてきたのだ。

こうやってコミュニケーションを取りながら。

祖国の王によって集められ、初めて顔を合わせた遠いあの日から——

初めはいがみ合って。

当然のようにぶつかり合って。

度重なる困難の中で助け合って。

目的のために高め合って。

いつしか笑い合って。

互いに支え合って。

やがて想い合って。


同じ使命を持ったパーティとして、この世界を共に駆け抜けてきたのだ。

——魔王を討伐するという、その一点に向けて。


「……明日は魔王との最終決戦だ。最後の夜は、各々好きに過ごしたらいい。俺は——夜風に当たってくる」


寡黙なクローゼが珍しく提案すると、彼は踵を返して外へ出た。

夜風に当たってくるというのは彼の方便で、そう言った時はいつもトレーニングに励み、入念に体を労わり、そして祖国を想って一筋の涙を流すのだ。一度その様子を見てしまったことがあったが、それを茶化したりするつもりはない。

なぜなら、誰もが同じだからだ。

誰もが大切なものを抱えていて、それを守りたいと願っていて、しかし避けられぬ運命の為にそれらから離れてしまっている。その寂しさたるや、四肢を引き裂かれたような痛みに匹敵する。


「では、私も少々一人になるよ……どうやらお邪魔みたいだし?」


何かを諦めたような顔で、僧侶のミリスは言った。そして階段の方に歩きがけ、思い出したように、


「……ああ。部屋にいるから、くれぐれも声は抑えてくれたまえよ? 魔王だけでなく、睡魔まで同時に相手にしたくはないのでね」


と、いじわるそうに微笑んで、階段を上っていった。

宿の主人も、今日はもう開店休業とばかりに奥の部屋に引っ込んでしまっている。

俺とライラ——二人だけが残されたロビーには、静寂が訪れた。

……気まずい。ミリスの言葉の意味がわからない二人じゃない。

俺はこのあと、間違いなくライラを抱くだろう。

魔王との命がけの闘いを明日に控えた、この極限状況で——勇者(俺)と魔法使い(ライラ)は事に及ぶのだろう。

今までの旅の中で、時折そうしてきたように。激しく、情熱的に。俺たちは交わるのだろう。


「……明日は、魔王との決戦だな」


——俺くらいのものだろう、話題に困って魔王の話を振るのは。普通は天気の話などをするのだろうが、魔王城の近くの宿はずっと黒雲が垂れ込めていて、晴れ間など見えないのだ。


「ええ。でも不思議ね。ぜんぜん怖くない。でも……」


「どうした?」


「私思うの。魔王を倒せば、あなたは勇者として、祖国の姫と結ばれるはず」


「……ああ、それが王の条件だったな」


あの子煩悩な王様と来たら、世界中の男はすべて自分の娘と結婚したがってると思い込んでいる。


「姫はたしかに美しいが、興味ない」


俺はライラを見る。彼女は今にも泣き出しそうだった。

たぶん、俺も同じような顔をしているはずだ。


「いま、俺たちは同じことを考えている」


「そうね」


「でも、それは許されないだろう」


——魔王なんてほっといて、このまま二人でどこかへ行ってしまいたい。

——穏やかな平原の中に家を立てて、そこで気ままに暮らしたい。

——運命だとか、使命だとか、背負っているものなどすべて打ち捨てて。

——ライラと一緒になりたい。


だが——そんな願望は許されない。


「そうね。だから——今日だけは」


「ああ」


「せめて、最後に——」


「わかってる」


言葉はいらない。体がふたつあればいい。心がふたつあればいい。

俺はライラを抱き上げて、そのまま階段を上り、部屋に入った。

——そして俺たちは、純情と欲望の狭間を行き交い、溶け合った。


時折、隣の部屋からミリスのすすり泣く声がした。

深夜、その部屋にクローゼが入ると、声は猫の鳴くようになっていった。

想いが交錯する夜だ。

快楽という言葉では片付けられない。

それはきっと、世界でいちばん哀しい夜だった。


   *


翌日、俺たちは湖のそばに聳え立つ魔王城の最上階に辿り着いた。

そこには、禍々しい姿の、巨大な人型のバケモノが鎮座していた。

おおよそ戦闘意欲を削がれるほどの、圧倒的な存在感を持った悪の化身がそこにはあった。

ゴクリ、と隣で喉が鳴る。——ライラだ。


「大丈夫だ。勝っても負けても、お前は一人じゃない」


魔王から目を離さぬまま、俺は言った。

視界の外だったが、ライラが頷くのがわかった。


「私たちもいるのを忘れずに頼む」


「四人で帰るぞ——祖国くにへ……!」


ミリス、続いてクローゼ。それぞれに言葉に熱が帯びている。


「ったりめーだ……!」


二人の戦友にも感謝している。

俺たちは戦闘態勢を整えた。


「フハハハハハ……!」


から嗤う、地響きのような声。


「来たな勇者。積年の恨み、晴らさせてもらおう。そして世界は完全に私のものに——」


おぞましい——声。

だが。


「悪いな魔王。撮れ高もじすうはもう足りてんだわ——」


御託はいらない。俺は背負っていた勇者の剣を握り、全力で振り下ろす。

魔王は縦に両断された。いとも簡単に。


「ぐ——ぐおあああああああああああああ!」


そして黒い水蒸気のようなものを放ちながら、跡形もなく消滅した。


「よし、魔王討伐……っと」


「えー…………」


あまりのあっけなさに、ライラは呆れていた。というより引いていた。


「せっかく習得した『エクスパム』を披露するチャンスだったのにさー」


ライラがブーブーと文句を言う。

『エクスパム』とは、爆発系魔法『パム』の最上位のものだ。『パム』→『ミディパム』→『ハイパム』→『エクスパム』の順に爆発の威力が増していく。

そんなアホみたいに強力な魔法をこんな近くで使われたら……死ぬことはないがモロに爆風のあおりを食ってしまうのでやめてほしい。


「薄々思っていたけれど、どうにも空気を読まない男だ」


「まったくだ。昨日の涙が吹き飛んだぜ」


ミリスとクローゼからも非難が飛んでくる。

三人からの冷ややかな視線。いや、魔王を倒して平和になったんだからいいじゃん……。

それに、言わせてもらうと——

俺たちの冒険は、昨日の夜がクライマックスだったのだ。

魔王とのバトルは、もうエンディング。

アニメや映画に例えるなら、すでにエンドロールが流れているパートってことだ。見たい人は見ればいいし、必要を感じなければ席を立ってもいい。

俺に——いや、俺たち四人にとって大事なのは、魔王との決戦の前夜をどう過ごすかということだった。

……そもそも、思い出してほしい。

『レイクサイド・キャッスル』と名付けられた、このゲームのクリア率は99%だ。

そのあまりの確率の高さに疑問を抱いていたが——なんのことはない。

つまりは魔王を倒すことなどあまりに簡単で、今回はそこにゲーム性などなかったのだ。

合点がいった。


魔王が消え去ったあとの王座を見つめていると、「ゴゴゴゴゴ……」と地響きのような音が鳴り始める。

王座のその手前あたりの床が隆起して、何かに突き破られる。


「きたか……」


呟く俺の前に、巨大な石造りの『ゲート』が現れた。ゲームクリア後に必ず出現するものだ。

あとはここをくぐれば、元の世界に戻れる。『救世ゲーム』の「約束」のひとつだ。

それは「ゲートは必ずプレイヤーを元の世界へと運ぶ」という——『救世ゲーム』による俺に向けた約束でもあり。

また「プレイヤーはクリア後、必ず出現したゲートをくぐらなければならない」という——俺が『救世ゲーム』に向けた約束でもある。『救世ゲーム』をプレイするものなら誰もが知っている。例外はない。


「セイバー……? その門は何……?」


後ろから、ライラの声がする。

しかし俺は一歩、また一歩と足を進める。


「ねえ、それ何? 知ってるの? 答えてよ。ねえ、セイバー! どうして——」


愛した女の声に後ろ髪を引かれながら、俺は『ゲート』をくぐった。


「セイバーーーーーー!」


悲嘆の声。

胸が張り裂けたような痛みの中、俺の意識は白んでいった。


   *


   *


   *


ゲームタイトル『レイクサイド・キャッスル』

ノーマルクリア条件:勇者として魔王を討ち倒せ! →CREAR!!

パーフェクトクリア条件:_______ →NOT CREAR!!


【MEMO】

次回プレイ時にパーフェクトクリア条件が解放

パーフェクトクリア率:0.0000001%


   *


   *


   *


気がつくと、俺は『ゲート』の前に立っていた。間山はざまやまの中腹、少し拓けた場所だ。

手に重みがずっしりとかかっていて、リュックを持っていることに気がついた。


「………準備した意味なかったな」


手荷物も一緒に転移される場合とそうでない場合があり、今回は後者だった。

リュックを背負い、手を顔の前で眺める。

——紛れもなく、俺の手だった。

魔王を打ち倒す力もない、剣も持たない、魔法も使えない、しがない会社員でしかない、非力な俺の手だった。

——戻ってきたのだ。

『救世ゲーム』をクリアして、元の世界に戻ってきた。


「………………」


それにしても、だ。

ひどく、ひどく頭の中が混線している。

『救世ゲーム』を終えた直後はいつも「時差ボケ」ならぬ「世界差ボケ」のような状態になる。

症状としては時差ボケと似ていて、疲労感、頭痛、倦怠感、眠気などだが、今回はそれに拍車がかかっているような気がする。

絡まった糸をほぐすように、脳内に浮かぶひとつひとつを点検していく。

魔法使いライラ。

戦士クローゼ。

僧侶ミリス。

戦乱の世。

黒く垂れ込めた雲。

湖の隣に鎮座する魔王城。

君臨する魔王。

魔王と相見える、その前夜。

俺たち四人の使命と運命と抱えてきたものが強くぶりかえした夜。

クローゼは夜風に当たった。

ミリスは一人泣いた。

そして俺とライラは——交わった。

ライラと超えた最後の夜。熱く激しく、それでいて一陣の冷気が心に流れこむような、寂しい夜でもあった。

あらかじめ離れるとわかっている相手と愛を確かめ合うことほど、哀しいことはないのかもしれない。

そして夜が明け、魔王を倒し、世界には平和が訪れた。

ゲーム・クリア。

——それが俺が今回経験したことすべてだ。

出来事は簡単に羅列できるが、それ以上に——この気持ちはなんだろう?

心が強く揺さぶられている。

混乱を鎮めるため、近くのベンチに腰掛ける。

煙草に火をつけて、ゆっくり吸う。


「………………ライラ」


言葉は誰にも届かず、煙となって空に散る。

さっきまでいた世界で、さっきまで愛していた女に想いを馳せる。

決意に縁取られた瞳や、華奢な体や、すっきりと通った鼻筋。黒のショートヘア。

薄い唇から漏れる甘い吐息。触れるとこわばる背筋。

ためらいがちに俺に触れる細い指。上気した薄ピンクの肌。

悩ましげな声。俺の名を呼ぶ声。

もう聞くことのない——か細くも芯の通った声。


煙草のおかげか、頭の中も少しずつ落ち着いてきた。

『レイクサイド・キャッスル』とは、魔王を倒す前夜をどう過ごすかという点にゲーム性があったのだろう。

魔王を倒せるか、それとも負けるか——という点ではない。

ライラとどのような夜を過ごすかが、今回のゲームの焦点だった。

だからこそ、今回のクリア条件——「魔王を倒せ!」でのクリア率は99%という超ヌルゲーなのだろう。

こういった趣のゲームも、まあ「俺TUEEEEEEEE」的な欲望を満たせるという点でナシとは言い切れない。

言い切れないが……しかし、個人的にはもうちょっと手応えがあった方が好みだ。

もうちょっと生死を賭けた感じが欲しかった。

——それと、だ。

何よりも気になったのは、クリア後に脳に流れてきた情報だ。



パーフェクトクリア条件:_______ →NOT CREAR!!


【MEMO】

次回プレイ時にパーフェクトクリア条件が解放

パーフェクトクリア率:0.0000001%



——これは一体、どういうことだろう?

パーフェクトクリアとは一体なんだ? 今回はクリアしたはずだったのが、いつの間にか『ノーマルクリア』となっている。

ノーマルクリアとパーフェクトクリアという区別自体、初めて見たのだが……。

違う結末も用意されているということか。

それにしても、このクリア率だ。……この低さはなんだ? こんなの、ほぼ不可能じゃないか。

でも気になる。『パーフェクト』と言っているからには、真のエンディングはこちらにあるのだろう。

それが何なのか、知りたいという気持ちが膨らんでくる。

膨らんでくるが……無理だろう。

まずクリア条件が不明だし、次に『ゲート』から転移したところでまた『レイクサイド・キャッスル』の世界へ転移できるかわからない以上はクリアしようにもできない。転移先はランダムなのだ。

もし万が一、もう一度『レイクサイド・キャッスル』をプレイできたとしても、パーフェクトクリアできるかは未知数。というほぼ無理。なにしろ確率が低すぎる。


「はあ〜……」


強烈な後味の悪さを感じるが、諦めるしかないだろう……。

煙草を携帯灰皿にねじこんで、帰宅するべく俺は山を下りた。


   *


バスの車窓から外を眺めていると、視界を横に滑っていく街灯たちが時間の流れに思えて、一抹の寂しさを覚えた。

山のふもとには界門市の市街地が広がっている。

都市部というよりは郊外の比較的栄えた街という趣で、この一帯のメインステーションである界門駅から放射状に商店街が広がっていき、その外側に住宅街があるという構図だ。

『ゲート』のある間山はざまやまは、そのさらに外側に位置している。よって、界門駅に向かうバスはまず住宅街を通過して、それから商店街を突き進んで、駅に着く。

——十分ほど走った今、やっと街並みが商店街に移り変わってきた。悲しいかな、こちらの風景の方が俺にとっては日常だ。

日常へと突入していくにつれて、なにか、得体の知れない感情が腹の底に溜まっていくのがわかった。

(なんだろう、この感情は……?)

色にするなら黒。

沈殿していくそれは粘度の高い液体のよう。

手触りはざらついている。

簡単には洗い流すことができなさそうな——嫌な感情だった。

駅前に着いたバスを降りた俺は、改札へと向かわずに——そばにあるビジネスホテルにチェックインした。予定にない行動だった。

もともとはそのまま電車に乗って帰宅するつもりだったのだが、どうしてもやり残したことがあった。

心残りがあった。


   *


——翌日。

俺は再び間山はざまやまの中腹の『ゲート』の前に立っていた。


「…………ライラ」


頼む。もう一度会わせてくれ——!

俺はゲートをくぐった。


   *


   *


   *


ゲームタイトル『レイクサイド・キャッスル』

ノーマルクリア条件:勇者として魔王を討ち倒せ!

パーフェクトクリア条件:ノーマルクリア後にゲートを壊せ!


【MEMO】

スタート地点は魔王城のふもとの宿。

長い冒険の末、魔王との決戦を明日に控えた前夜からのプレイ。

ノーマルクリア率:99%

パーフェクトクリア率:0.0000001%


   *


   *


   *


きた! 本当にきたぞ! 『レイクサイド・キャッスル』だ!

奇跡だ!

おっと。そうだそうだパーフェクトクリア条件は……

……ん?

ゲートを壊せ……?

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