第3話 スライムを飼ってみる

 リビングの端に空っぽの水槽があった。

そこには昔、親がはまった熱帯魚がいたらしいのだが、ズボラな親が水温を適度に保つことができず、死なせてしまったらしい。

 で、そこには青い液体がゼリーのようにして集まっているものが今はいる。ソイツは動いている。

 スライム。そういう種類の生き物である。

 

 スライムを飼っているというと、顔をしかめる人間がいるだろう。

 現実のスライムといえば、ホウ酸で作れるヌルヌルのアレということを想像する人間がいるだろう。

 そうではない。

 現実で俺はスライムを飼っている。

 スライムといえば、某竜退治の冒険に出てくる最初の雑魚といったアレ。

 あんなものは現実世界にはいるわけがないのだ。

 しかし、ここにはいるのだ。

 あの青いヌルヌルぷよぷよした、微妙な生き物が。

 つぶらな瞳に鼻がない顔はどうも気持ちが悪いのだが、よく見ると愛らしく見えてくるのは何故だろう。

 ツンツン。

 ヌルヌルぷよぷよしているスライムの顔が心なし喜んでいるように思えてくる。

 ああっ、快感じゃないですかね。


「なにやってんの。キモイ」


 そこに我が家のわがまま美少女金髪エルフちゃんがやってくる。

 どう見ても俺を家畜か何かを見るような目で、差別的な目である。

 扱いの改善を要求する。


「ハァ、なにその顔。キモイよ」


 何も変わりませんでした。というか、見た目がいいのか暴君の姉に気に入られた結果、家のヒエラルキーは俺が下がり、居候エルフちゃんが上がってしまったのだ。

 何という理不尽。


 そんな中に一投を投じる為に俺はスライムをペットショップで見つけて、家に連れてきたのであった。

 ちなみに一匹500円。安い。ワンコインの価値。

 まあ、すぐに増殖するらしいのでそれくらいの価値しかないそうな。


「で、そのスライム。飼うの?」

「ああ、そうだ。可愛いだろ。この子だけが俺を癒してくれるんだよ」


 居候エルフちゃんは家畜のようなものを見る目をやめず、眉間にしわをよせる。下唇を出して、( ゚Д゚)ハァ?とばかりの口の形を作っている。

 美少女が台無しの顔である。


「あんたねえ、スライムって最低の生き物よ。ぷよぷよして、何でも食べる。増殖もしやすいうざいヤツ」

「でも、このスラ太郎。愛らしいぞ。ほれ、ツンツン」

「名前つけてんの? あんた、馬鹿じゃないの? スライムはスライム。すぐに増殖して、わかんなくなるわよ」

 エルフちゃんの呆れや憐憫を含めた声音。何か心に響きますね。


「そんなのわかってるさ。けど、最初ぐらいは名前を付けてやったって、バチは当たらないだろ」


 せめてもの抵抗とばかりに俺は反論する。

 

「ほんんんと、馬鹿よね。アンタ。スライムって、飼うの難しいのよ」

 とエルフちゃんが両手をメガホンのようにする。

「ほら、ワッ」


パン


「あれ? スラ太郎? 何で、弾けたの? おかしいな、そんなすぐに弾けるとかあり得ませんよ? 俺はそんな子に育てていませんよ」

 嘘だろ。スラ太郎さん。こんなに早いお別れとかないですよね。

 嘘でしょ。嘘だと言ってよ、スラ太郎。

 あ、涙が出てきた。


「スライムは魔力の薄いこの世界で驚かせると弾けちゃうのよね。増殖はできるみたいだけど、本当に弱い。以上」


「うおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 水槽の中に僕の涙があふれそうになる。

「はいはい。今日の夜ご飯は何かな。スライムの残骸は片づけといてね」


 悲しいスラ太郎のお別れはあっさりだった。

 ああ、俺の地位はどれだけ低いんだろうか。

 涙が出ちゃう。

 悲しいね。


 また、スラ次郎をいつか購入しようと思った平日の夕方の出来事だった。




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