第7話:心なきシステム
作戦ルームとやらは、さっきまでの焼け野原とは別世界だった。すべて機械で管理されていて、本当にここが未来なんだと実感できる。ただ1つだけ気になることがある。
ここで働いている人は、誰一人として笑っていない。いや、こんな状況なんだから笑えるはずもないが、それにしても無表情すぎる。まるで感情のないロボットのようだ。
「結子、待たせてごめんなさい。ここはわたしが開発した『国民管理システム』の管理センターよ。国民の情報は、すべてここで管理されているの。奴らは、このシステムをハッキングして、日本を…いや世界を乗っ取ろうとしてる」
「日本国民全員の個人情報を、ここだけで管理してるの?」
「そうよ、このシステムをわたしが13歳の時にアメリカで開発した。でもこれは、単なる個人情報の管理じゃないの。誰も働かなくていいし、お金も必要ない。貧乏も金持ちもない、平等な世界を目指したのよ」
それは一見、理想的な世界に見える。
「わたしが今生きてる時代は、格差が大きくなり始めてる。しかも、半数以上は中流以下の貧乏暮らしを余儀なくされてる。子どもがいる家庭なんて、カツカツだと思う」
「でしょ。だからわたしは、貧富の差をどうにかして無くしたかった。争いやいじめの無い世界を作りたかったの」
「でも今は、争いが起きてるってわけね」
「そうね、返す言葉もないわ。どこで何を間違ったのか、自分でもわからないの」
「1つ気になることがあるの。ここで働いている人は、とくべつ無表情なの? それとも外の世界の国民も、みんな彼らみたいな感じ?」
「無表情? あぁ、そうね。みんな彼らみたいな感じだと思う」
「それを見て、何か感じない?」
アレクシスは、不思議そうに考えを巡らせているようだった。
「うん、とくに何も感じないわ。結子は何を感じたの?」
「アレクシス、彼らは普通じゃない。まるでロボットみたいだもん」
「ロボット?」
「そうよ、あなたはなぜ普通なの?」
「さぁ、何でかしら。……あ、そういえば奴らも無表情ではないわ。笑ったり、怒ったり。ほかの国民でそんな人見たことないわね、そう言えば。まぁ笑うって言っても、いかにも悪人のそれだけど」
どう見ても、この世界の問題は明らかだった。でも、この時代にどっぷり浸かっているアレクシスは、この異常な状況に気づけないのだろう。
「アレクシス。わたし、わかったかもしれない。まずは奴らのことを教えて」
「奴らの組織の名前は「ハックジャック」と言って、まずシステムをハッキングして攻撃してきたの。そして武力を使って、国民に恐怖と不安を植え付けている。心身ともに支配するつもりよ」
「奴らのアジトは、どこなの? 総勢で何名位いる組織かわかる? 仕切ってるリーダーの名前は?」
早くしないと、どこまで日本が崩壊するかわからない。今までは焦ってもうまくいかないことばかりだったが、さすがに今回は焦るべきだと感じた。
「ちょっと待って、今画面に出すわ。このメガネをかけて」
アレクシスから渡されたメガネは、3D映画を観る時のようなメガネだった。かけてみると、レンズにパソコン画面が映し出されている。きっと近くの人に画面を盗み見られないためのアイテムだろう。
「なるほど、そういうことね。てっきり空中に何かが出てきて、それを手で操作するんだと思った。アメリカドラマみたいに」
「アメリカドラマ?」
アレクシスが不思議そうな顔をする。
「そこは知らないんだね。いや何でもない、忘れて」
「そう? じゃぁ説明するわね。ハックジャックの中枢部は、ここから5キロほどの場所にあるビルの最上階よ」
「ちょっと待って、そんなに近くなの? じゃぁ何で奴らは、ここを攻撃してこないの?」
「武力で国民に恐怖を植え付けてるって言っても、死人は1人も出ていないわ。奴らは人を殺さないの」
「そうなの? あんなスゴイ武器を持っているのに、誰も殺さないって、じゃぁ何のために」
「恐怖と不安を蔓延させることが目的なんでしょうね。ハッキングされたから、ここにはもう用はないってことかしら」
恐怖と不安……。何か引っかかる。なぜ奴らは、そこまでして街を荒らしてるのだろうか。
「ハックジャックは、全体で総勢何人位いるの?」
「確か、10人位だったかしら。仕切っているのは、ミスタージャック28歳。日本人だけどね。工科大学出身のエンジニアよ」
「それって、わたしの時代ではIT業界のエリートじゃない。この時代は、どうなの?」
「たいしたことないわ。でも、うちの強力なセキュリティーを破れるんだから、腕はたしかなようね」
「アレクシスは、彼と話したことあるの?」
「いいえ、一度もないわ。映像では見たことあるけど、実際に会ったことはないの。ただ何年も前から、うちのシステムの周辺でウロチョロしていたのは知ってる。でもまさか、こんな大それたことをするとは思ってもみなかったわ。油断したの」
わたしは考えた。ふだん使わない頭をフル稼働させて、できる限り考え抜いた。そして、1つの結論にたどり着いたのだ。
「わたし、ミスタージャックのところへ行ってくる。でも1つだけ約束して欲しい」
「なに? 何でも言って」
「もしわたしが戻らなかったら、国民の心を尊重した改革をして欲しい。このままだと、いつかきっと人類は絶滅する」
「心を尊重する?」
「そうよ、アレクシス。あなたの失敗はたった1つ。国民の心を殺してしまったこと。いじめや争いをなくそうとしたところまでは良かったけど、機械で管理することで、結果的に人の心を殺してしまったの。人々は感情を失くして、生きる意味を見失ってしまった。その失った感情をとり戻せれば、きっと素晴らしい世界になると思う」
「そうかもしれないわね。わかったわ、もう一度やり直せるとしたら、国民の心をとり戻すことなのね。やっぱりあなたは救世主だわ、ありがとう」
「じゃぁ、行ってくる。きっと和解して見せるから、待ってて」
そう言ってわたしは、一人でハックジャックのアジトへと向かった。
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