第6話:来世の自分

どれくらい歩いたのかわからないが、ビル群は目前に迫っていた。

「あと少し」

そう思った時、背後から車のエンジン音が聞こえた。「乗せてもらえるかもしれない」という、かすかな希望を抱きながら振り返った。


しかし、そんなに甘くはなかった。マシンガンのような銃を脇に抱えた男が、装甲車にも見えるゴツイ車からこちらを狙っている。

「もういい加減にしてよ」

クタクタの体にムチを打って、大きな木に向かって走り出した。

すると、どこからともなくわたしの名前を呼ぶ女性の声が聞こえる。いや、ゴツイ車から聞こえてきた。


「結子、こっちよ」

ゴツイ車の後部座席には、どう見ても似つかわしくない白装束の女性が乗っている。ドレスというよりは、童話に出てくる王子様のような衣装。


わたしは直感的に、来世の自分だと確信した。

「早く、奴らに見つからないうちに急いで」

わたしは身をかがめながら車に近づき、開いたドアから飛び乗った。こんな芸当ができるなんて、何もかも自分じゃないみたいだ。


「結子、よく来てくれたわね」

「だって仕方ないじゃない、あんな話を聞かされたら来ないわけにいかない。こんなわたしでも世の中の役に立つなら、できる限りのことをするって決めたの」

「素晴らしいわ。昨日までのあなたとは、まるで別人ね」

「現世でのわたしを知ってるの?」

「この時代には、あなたの時代では考えられないようなこともできるのよ」

「へぇ。じゃぁ、わたしがこれからどうなるかも知ってるのね」

「まぁね」

言いにくそうに言ってから、「これは言えない決まりなの」と続けた。


「そうよね、それは聞いた。ところであなたは今、何ていう名前なの?」

「『アレクシス・M・神崎』よ。Mは「マリア」のM。母親の名前をミドルネームにしたの。アレクシスって呼んで」

「アレクシス……。何かカッコイイけど、アメリカ人とか?」

「母親がアメリカ人で、父親は日本人よ。わたしはアメリカで生まれ育って、13歳のときにある発明をしてから日本に渡ったの」

「13歳で発明って、あなた…いやアレクシスは天才?」

「疑問に思ったことは、子どもみたいに直球で質問するのね。結子らしいわ」

「この性格のせいで、人から反感を買うこともあるけどね」


「それでいいのよ。その素直さが、結子の良いところよ。わたしは12歳で大学に入学したけど、アメリカでは珍しいことじゃない。それに好きなことを突きつめたら、自然とこうなっただけ」

「そうなの、何かすごいね。自分の来世の姿とは思えない。ところでわたしを1億円で買ったのはアレクシスでしょ?」

「えぇ、確かに1億円で結子を買ったのはわたしだけど、わたしのために働いてもらうわけじゃないわ。あなたが現世に戻った時、やるべきことのために使うお金よ」

「そのやるべきことってのは、自然と気づくんでしょ。時の番人に聞いた」

「そう、じゃぁ今何をすべきなのかも、わかっているってことね」


「えぇ。だから武器を調達するために、街を目指している途中だったの。そのマシンガンみたいなやつ、わたしにも1つ貸して」

「いいえ、結子は武器を使わないと聞いてる。武器を使わずに、この世界を救うって」

「はぁ、正気? 相手は戦闘機みたいの乗り回してるのよ。丸腰で太刀打ちできるはずないじゃない」

「いいえ、結子ならできるわ。あなたは世界を変える運命を背負っているのよ」

「それを言うなら、アレクシスも同じでしょ」

「そうね。でもわたしは、しくじったの。だから今は、あなたが必要よ、結子」


武器なしで、どうやって奴らと戦えば良いのだろう。わたしは本当に、この世界を変えられるのだろうか。急に不安になってきた。


「さぁ着いたわ。結子を作戦ルームにお連れして」

「はい、承知しました」

マシンガンを携えている男の1人が、キビキビと礼儀正しく答えた。どうやら部下の教育はしっかりしているようだ。

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