第5話:青い屋根の家

正午、約束の場所にやってきた。都会からは離れた丘の上に建つ一軒の家。町が一望できる素晴らしい場所だった。そこに青い屋根の家はあった。

少し古いが趣のあるその洋館は、どこか懐かしい感じがした。


すると「時の番人」を名乗る男が、ドアを開けて手招きする。

洋館へ一歩足を踏み入れると、さらに懐かしい感じが強くなった。

「なんか懐かしい」

思わずわたしは、声に出していた。

「そう感じる? さすがだね。じつはこの家、結子ちゃんが前世で住んでいた家を再現したんだ。」

「わたし、前世でこんな立派なお屋敷に住んでいたの?」

「もちろん。だって結子ちゃんは英雄だよ」


「そうだ、国王が何とかって言ってたけど、何があったの? 昨日、途中でわたしが話をさえぎっちゃったから」


「そうだったね。前世の結子ちゃんは、中世ヨーロッパの小さな国にいたんだ。結子ちゃんは国王の側近の銃士だった。その国王は、気に入らない人間を片っ端から処刑していったんだ。

それを見かねた結子ちゃんは、国王にたてついた。誰もが処刑されると息を飲んだ瞬間、信じられないことが起きたんだ」

「信じられないこと?」

「そうだよ。結子ちゃんは腕の良い銃士でね、国王の首をはねたんだ。そして結子ちゃんは英雄として、国民から崇められるようになった」


「わたしが、そんな立派な人間だったなんて」

「結子ちゃんの魂には、正義感が眠っているはずだよ。それをこれから呼び覚ますんだ」

「ちょっと待って。来世でのわたしは救世主って言ってたけど、来世では何が起きているの?」


「それはまだ教えられない。未来のことは、教えちゃいけないことになってるんだ。来世に行ったら、自分の目で確かめてごらん」

「もし未来のことを教えたら、どうなるの?」

「その時点で来世へ飛ばされて、二度と現世には帰って来られなくなる」


やっぱり勘は当たっていた。昨日ママにこのことを話していたら、ここには戻って来られなかったんだ。

「結子ちゃん、大丈夫?」

もう律子ママたちに会えなくなるかもしれない。居心地の良い場所から離れることは、とても勇気がいることだと初めて知った。自分が今まで、どんなに幸せな環境にいたのかを思い知らされた。


でも行くしかない。わたしには、どうやらやらなければいけない使命があるようだ。もしこれが、わたしがこの世に生まれてきた理由なら、その運命を受け入れようと思う。

「えぇ、大丈夫よ」

「じゃぁ、そろそろ出発しよう。準備はいいかい?」

「どうぞ、いつでも」

ここまで来たら、もう覚悟を決めるしかない。

「結子ちゃん、この鏡の前に立って」

鏡の前に立つと、鏡が溶けるようにわたしを包み込む。そして真っ白な世界になり、強い光に照らされたと思ったら、今度は真っ暗な宮殿のような場所にたどり着いた。


「ここは、どこ?」

「ここは、時の番人の館さ。僕が行けるのは、ここまでなんだ。ここから先は、結子ちゃんが一人で行くんだよ」

「一人でって、どこで何をしたら良いかわからないのに、どうしたら良いの?」

「大丈夫。結子ちゃんが思うように行動すればいい。そうすれば良きところで、現世に戻って来られるよ」

「もう、あなたには会えないの?」

「うれしいな。また会いたいと思ってくれるなんて、光栄だよ。僕は時の番人だから、いつまでも永遠にここにいるさ。必要があれば、またいつか会えるよ」


「わたし、今までの人生で一生懸命何かをした記憶がないの。だからすごく不安」

「大丈夫さ。結子ちゃんが本気を出したら、世界だって変えられる力を持ってるんだよ。結子ちゃんが、正しいと思う道を選べばいい。それが結子ちゃんの運命に導いてくれるはずだから」

「わかった、やってみる」

「僕はここで見てるよ。行っておいで」

時の番人がそう言うと、真っ暗闇の中にある扉が開いた。わたしは吸い寄せられるように、扉の向こう側へと足を踏み入れた。

振り返ると、もう時の番人の姿はなかった。


辺りを見回すと、そこは見たこともないような世界だった。というより、むしろ時代をさかのぼったような風景だった。

「一体ここは、何年後の世界なんだろう」

辺り一面、焼け野原。まるで戦時中の日本のように見えた。しかし異質な光景が、遠くに見える。ビル群だ。

「あれは、もしかしたら東京かもしれない」


すると上空に、馬鹿でかい航空機がとつぜん姿を現した。一体どこから現れたのか見当もつかない。と、その時、航空機からミサイルのようなものが発射された。

「何なの? これ本当に未来?」

と愚痴をこぼしながらも、必死に物陰に隠れた。

「どうしよう。このままじゃ救世主どころか、来世で何が起きているのかもわからずに死んでしまう。何とかしないと」


わたしはすでに、現世での自分とは別人のような思考になっていた。自分でも信じられないが、心の根底にはそんな英雄魂が眠っていたのかもしれない。

不思議なことに、やる気とパワーが全身にみなぎっていくのがわかる。人間は必要に迫られると、こんなにも人格が変わるものなのだろうか。


「いやいや、そんなことを考えている場合ではない。この時代を何とかして救わないと」

どう見てもミサイルを打ってきたのは、わたしが戦うべき相手なのだろう。となると武器が必要だ。

この時代がどんな様子かわからないが、武器があるとすれば、遠くに見えるビル群のどこかにあるはずだ。上空を見上げると、さっきの航空機は消えていた。

「一体どうなってるの?」

戸惑いを感じながらも、わたしはビル群を目指して歩き出した。

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