狼には気をつけて【狼】 

 髪は明るい茶髪、耳にはピアス。眉も整えて、格好にも気を使って。いかにもチャラい容姿の自分にも最近やっと慣れてきた。

 春の浮ついた空気感が少しずつ薄れてきた5月半ば。俺の通う大学も新入生のサークル勧誘が、ようやく落ち着いてきたようだ。

 俺は生徒で賑わう学内の様子を横目に、所属する野球部の部室扉を開ける。


「ちわっすー」


「おっす」


 部室内には黒髪を短く刈りあげた男子部員たちがたむろっていた。

 高校まで野球をしていたので去年の今頃、サークルを探していて、勧誘チラシを受け取った際に『野球』という二文字に興味を引かれ扉を叩いた事を今では少し後悔している。

 野球サークル、ではなく野球部なのである。

 流されるまま体験入部をしてその日が終わるころには、屈強な先輩たちに囲まれ、半ば強制的に入部が決まっており……断ることは出来なかった。

 彼らは俺が思っていたよりもずっと真面目に野球に取り組んでいて、活動で流すその汗はとても眩しい。

 華々しい大学生活を送ろうと夢見ていた俺には、その眩しさと真剣さはできるだけ関わりあいたくないところだったが、いかんせん野球自体は好きだったので、ずるずると部活動に精を出してしまっている。

 そんな俺の部活動への姿勢が割と気に入られたようで、全員が黒髪短髪の我が部で唯一俺のチャラチャラした髪の毛は許してもらえている。

 まぁ、別に強制の決まりではなく、部員が自主的にしている髪型だったりするので、許されているというよりは受け入れられているといった感じだと思う。

 実際俺も高校までは部活の決まりで黒髪短髪だったのだが、入学を機に大学デビューを果たそうと、見た目に気を使ったのに、このありさまである。

 部室に入って、本日の練習の準備をしていると一年前俺にチラシを手渡してきて、そのまま入部に追い込んだ先輩――現在の部長である圭太けいた先輩が肩を叩いてきた。


「よぉ、桔平きっぺい


「お疲れ様っす」


 部活の先輩の中で一番俺の事を可愛がってくれている圭太先輩へ、俺は笑いかけながら頭を下げた。

 圭太先輩は、サイドを刈り上げた髪の毛部分を手でかくように触りながら、部室の掲示物を貼っているホワイトボードを指さした。


「今週の金曜に新入生の歓迎会するからさ、来いよな」


 見ると、確かに新歓の詳細が書かれたポスターと記入式の参加者名簿が貼られていた。


「うっす」


 圭太先輩からの誘いだったので、二つ返事で俺は名簿に名前を記入する。


「今年って結構新入生入ってますよね」


 名前を書きながら圭太先輩に話しかける。


「おうよ」


 圭太先輩は嬉しそうに親指を立てて笑った。

 そして俺の耳元に口を寄せると声を潜めて口を開く。


「今年は可愛い女マネもいるぞ」


「へっ!?」


 衝撃の言葉に俺は目を丸くする。俺の代も圭太先輩の代も、女マネなんていない。しかもそれが『可愛い』なんて聞いたら変な声も出るだろう。


「まじっすか」


「マジマジ。忙しい学科だからまだあまり顔を出せてないが、是非入部したいそうだ」


 なんと希少な人材…しかも可愛い、だと…。

 まだ会ったこともない、女マネに想いを馳せる俺。

 一気に今週末の新歓への期待が高まってしまう。

 高まった気持ちのまま臨んだ練習は、いつも以上に気持ちが入ってとても調子がよかった。



 そして、我が野球部の新歓の日がやってきた。

 その後、圭太先輩に話を聞くと、なんと今年の女マネは三人組らしい。

 同じ各部の友達同士が誘い合って入部してくれたらしい。

 その噂を他の男性部員も聞いているらしく、会場で待つ部員は皆そわそわとしていた。


「よう、待たせたな」


 予定時刻の少し前。圭太先輩に連れられて3人の女の子が入ってきた。

 その登場を部員全員が固唾を飲んで見守る。

 ごくり。

 唾をのむ音すら聞こえそうだった。

 入ってきた女子3人は、なんと3人とも可愛かった。

 先頭をあるく少女は気が強そうなショートカットの少女で、実際に野球やソフトボールをしていそうな雰囲気が漂っている。健康的な可愛さ。

 次に現れたのは、眼鏡の少女。一見地味な見た目だが、眼鏡の奥にある目元はぱっちり二重で、ぽってりとした唇が色っぽい。光れば絶対輝くだろう、控えめな可愛さ。

 そして、前を歩く眼鏡の少女の背中を押すように入ってきた女の子に俺の視線は奪われた。

 いや、きっとこの時奪われたのは視線だけじゃなかったはずだ。

 3人目の少女は、ほんのり茶色のパーマがかったロングの髪の毛を揺らし、ニコニコと微笑みながら入ってくる。時折、眼鏡の少女と会話をしているようだが、その度に零れる笑顔が眩しい。

 ドタイプ、ドストレート、ドストライクの俺的超絶可愛い女の子だ。

 部員たちも可愛い3人組の少女達それぞれ、に目を奪われていた。ほとんどが彼女のいない寂しい奴らだからな。俺も含めて。

 圭太先輩が「好きなところに座っていいよ~」と少女たちに言うと、ショートカットの少女が俺の2つ隣に座ったので、それに続くように眼鏡の少女と俺の天使がこちらへやってきた。そして信じられないことに、天使が俺の隣に座って来てくれたのだ。

 この時俺は、架空の神様に心の中で感謝の言葉を並べ立てた。野球部の神様ありがとう、ありがとう。

 そして部長の乾杯の音頭があって、歓迎会は始まった。今年の4月で20歳になっていた俺は、先輩たちに混ざってお酒をいただくことにした。

 そして飲み会が始まってすぐ、隣に座る天使に声をかけることにした。俺の大学デビューはこのためにあったのだ。


「入部してくれてありがとー! 名前なんていうの?」


 グッジョブ俺。中々にチャラいぞ俺。これくらい気さくな方が女の子も話しやすいって、雑誌で読んだ。

 天使は「えっ」と驚いてみせると、恥ずかしそうに口を開いた。


「えっと、川崎くるみって言います」


 くるみ。かぁーっ…名前まで天使か。


「じゃあ、くるみちゃんって呼んでいい?」


 すかさず名前呼びチャンスに挑む俺。くるみちゃんはそれに、にこっと笑うと「はい!」と二つ返事で頷いた。


「私の高校、川崎って苗字の人が多かったのでみんなから、くるみって呼ばれてました! なのでそっちの方が嬉しいです」


 柔らかい笑顔でほほ笑むくるみちゃん、マジ天使。

 会話のきっかけをつかんだ俺は、それから3時間近くずっとくるみちゃんと話していた。



 飲み会が終わり、居酒屋の前で俺たちは解散の流れを待っていた。

 会計を済ませた部長が解散の旨を伝えると、みんな一斉に「お疲れ様っしたー」と挨拶をしてそれぞれが散り散りに去っていく。

 天使の隣をずっとキープしていた俺は、自然を装い彼女に話しかけた。


「くるみちゃんって最寄り駅どこ?」


 こちらを振り向き「~~駅です」とくるみちゃんが教えてくれた駅名は、なんとおれの最寄り駅と1駅違いだった。


「まじで? じゃあ途中まで一緒だ」


 野球部の神様に本日何度目か分からないお礼を言いながら、彼女と共に電車に乗り込む。

 電車内でもずっと彼女との会話に花を咲かせる。

 俺が話していることも多かったが、彼女が話すこともあったし、反応も上々だったので嫌われているという事は無いだろう。


(これは、ワンチャンあるのでは…!?)


 期待に胸を膨らませる年齢=彼女いない歴の20歳男性 is 俺。

 そうこうしていると、彼女の最寄り駅が近づいてきた。「家は駅から近いの?」と尋ねると「30分ほど歩きます」と帰ってきた。

 30分って相当だぞ…! 下心も勿論あったが、同じくらい純粋に心配する気持ちもあった。こんな夜中に女の子が夜道を一人で歩いていい距離ではない。野球部の神に誓って言う、本心だ。

 なので俺は、彼女の最寄り駅に電車が止まる瞬間に他の客と同じように席から立ち上がった。


「先輩、お疲れ様で――えっ?」


 驚いた顔を見せるくるみちゃん。俺はなるべく下心なんてない親切な先輩に見えるように、彼女前に立って言った。


「駅からお家遠いって聞いちゃったし、心配だから家まで送らせてよ」


 流石に拒否られるだろうか。心臓がバクバクと脈打つのを感じる。

 彼女は一瞬考えるようなそぶりを見せたが、こくんと頷くと「じゃあお願いします」とそっと俺の後について来た。

 隣駅は何度も通ってはいたものの、実際に降り立った事はめったになかったので新鮮な感じだ。

 しかも隣には気になる可愛い後輩。くぅ~俺の人生でかなり貴重な青春の瞬間だぜ…。

 最初こそ、先を歩いていたが改札を抜けるとどの方向に彼女の家があるのか分からないので、隣に並んで案内してもらうことにした。

 隣を歩く彼女を盗み見ると、小さくて可愛い。俺の胸元くらいまでしか身長が無いのではないだろうか。可愛い。

 しかも隣に立っているだけなのに、心なしかいい匂いがする気がする。可愛い。


「くるみちゃんのお家の人は迎えとかは来てくれないの?」


 大切な娘だろうに。遅くなったら親が最寄り駅まで車で迎えに来るというのはよく聞く話だ。


「いや、私一人暮らしなので」


 一人暮らし…親が居ない…二人っきり…。

 いやいやいや、まずいだろ!!

 送ると言ったのは彼女を心配しての行動ではあったが、これはもうワンチャンどころか両面リーチ状態なのでは…!?

 期待に胸が熱くなる。いや、熱くなっているのは胸だけではないが。

 ばくんばくんと大きくなる心臓を押さえつけて、平然を装う。


「そ、そうなんだね……」


 送り狼になっちゃうか? いや、なっちゃうしかないよなこれ…!

 それから、彼女の家に向かって歩いている間、何を話したかよく覚えていない。好きな音楽の話とか、休日は何をしているとか当たり障りのない事ばかり話していたと思うが、全く覚えていない。

 そうこうしている間に結構歩いてしまい、近くにコンビニが見えた辺りで彼女が口を開く。


「私の家、あのコンビニの裏なんです」


 ドキンと胸が跳ねる。

 男、桔平。ここはナントカ食わぬは男の恥。言うんだ桔平。彼女に…!

 …ってこういう時って、なんていうのが正解なんだ…?

 言葉に詰まる。

 詰まった瞬間、一気に怖気づいてしまう。

 いやいや、会ったその日に、飲み会帰りに送り狼ってどうなの? ここから恋愛関係って発展しないよね? え、俺クズじゃね?

 目の前でくるみちゃんは何も言わない俺を見上げて、不思議そうに頭をかしげていた。

 この子の事が、俺は結構本気で好きだと思う。だから、こんな形で関係を持っても嬉しくない。

 やっぱり、今日はちゃんと帰ろう。

 固く決めて口を開く。


「じゃあ俺、帰るね――」


 手を上げて去ろうとした瞬間、その手をぐっと掴まれる。

 見ると、くるみちゃんが「またね」と振ろうとした俺の手を握りしめていた。


「先輩」


 ぎっとこちら見つめるくるみちゃん。


「据え膳ですよ?」


 にこっと笑うくるみちゃん。

 つまりそれは、そういう事?

 ゾクリとする。目の前の彼女は天使のような笑顔だが、その可愛らしい笑顔が逆に怖い。


「あがっててくださいね、先輩」


 有無を言わせぬ笑顔。いわれるがまま、押し切られるがまま、俺はくるみちゃんに手を引かれて彼女の家に向かう。

 送り狼をしようとしたつもりなのに、食べられたのは俺の方でした。

 おしまいおしまい。


-おわり-

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

30 theme ~ 30の小さな物語 ~ セツナ @setuna30

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ