とある二人の浦島太郎の解釈について【玉手箱】

 人の少ない図書室。

 私は友人である泰士と締め切りの近い課題に向かっていた。

 そんな中、恭士がいきなり私へと声をかけてきた。

「なぁ」

 課題へと集中していた私は、何事かと顔を上げ、恭士へと答えた。

「どうしたのよ?」

 顔を上げ、ペンを止めながら答える私に、恭士は突拍子も無く訊ねた。

「竜宮上の乙姫は……なんで浦島太郎に玉手箱を渡したんだろうな」

「はい?」

 本当に突拍子もなく恭士がそう言うものだから、私は訝しげに頭を傾げるだけだった。

 そんな私を見て、恭士は少し残念そうに息を吐くと口を開いた。

「いや、な。俺、今回の自由課題は昔話の浦島太郎について調べてるんだよ」

 今度は私が息を吐きながら、恭士のその言葉に続いた。

「で、さっきの『乙姫は、なんで浦島太郎に玉手箱を渡したのか』に続くわけね」

「そう言うこと」

 頷く恭士に、私は机に頬杖を付きながらどうでも良さそうに答えた。

「そんなの、竜宮城に居る間に止まっていた浦島太郎の年齢――時間を返しただけでしょう?」

 恭士はそれに頷きながらも、口に手を当て考えるようにして言葉を返してきた。

「解釈の仕方でもそれが一番単純で分かりやすいんだよな……。でも、俺はなんか納得いかないんだよ。乙姫は城に長い間留まらせるくらいには、浦島太郎が好きだったんだろ? でも、それなのにわざわざ知り合いの居なくなった浦島に、更に追い討ちをかけるような事をするんだ?」

 いつもは、そんなに深い事を考える事なんて少ないのに……なんて思いながら、熱く語る恭士を頬杖を付きながら私は見ていた。が、しかし恭士の言っている事も確かに分かる。

 いつの間にか私も恭士につられ、浦島太郎と乙姫の関係について真剣に考えていた。

 私は物を考える時の癖で、腕を組み宙を見つめ、ある説に行き着いた。

「じゃあ、さ」

 私は恭士に向き直ると、思いついた話を話すことにした。

「乙姫は浦島太郎を好きだったとして、浦島はそんな乙姫を置いて自分が育った土地に戻ろうとしたわけでしょう? 乙姫はそんな浦島の行動に怒って、浦島の時間が入った玉手箱を渡したんじゃない?」

 昼ドラのような話だが、私的には人間らしくて凄く納得の行く考えだった。

 恭士はうん、と頷くと私の目を見ながら真剣に答えた。

「うん、俺もその説も考えたんだ。人間みたいに、俺たちみたいに考えたらそうなのかな、ってさ。でも、なんかそれじゃ悲しいな、って俺は思ったんだ」

 つまりは、恭士は別に考えていた話があったわけで。

 私はそこまで言う恭士の話が聞きたくて、上半身を少し乗り出しながら訊ねた。

「で、その恭士が考えている話って何なの?」

 恭士は興味を持ち出した私の様子が少し予想外だったのか、少し照れたように顔を指でかきながら「少し綺麗過ぎる考えかもしれないんだけどさ」と、前置きを置いて話し出した。

「もしかしたらさ、乙姫はいつか浦島が生まれ育った故郷に帰る、って言い出すのも全て分かっていて、それでも少しでも浦島と居られるように、浦島の時間を止めたんじゃないかなって思うんだよ。それで、浦島が誰も知り合いの居ない土地に戻って、更に若いままずっと辛い時間を過ごさないように……って玉手箱を渡したんじゃないか、ってな」

 恭士は一気にそう言うと、私から目を逸らしながら

「……俺らしくないって思うなら、笑えよ」

と言った。

 しかし、恭士のその考えを聞き、感心していた私はただ唖然とするばかりだった。

「恭士……」

「何だよ」

 私がをかけると、恭士は恥ずかしいのかぶっきらぼうにそう返した。

「私は良いと思うよ。それ、自由課題のテーマにしなよ。きっと良い物が出来るって!」

 最後の方なんか熱くなって声を大きくしながら、私はそう熱く語った。

 言ってから慌てて周りを見たが、図書室には休憩中なのかスタッフの人さえも居なくて、私はホッと少し息を吐いた。

「お、おぉ……。久実、ありがとう。お前がそこまで言ってくれるとは思わなかったぜ」

 私の迫力に押されながらも、恭士はそう言うと私にニカッと笑いかけてくれた。

 あぁ、そうなんだよな。

 私は恭士の、ぶっきらぼうで不器用な所も、変なところでロマンチストな所も、この笑顔も、何だかんだで好きなんだよな。

 そんな事に気付かない恭士は、嬉しそうに自由課題を書く手を進めていた。

 鈍感な恭士と私は、私が動き出さなければもしかしたらずっと仲の良い友達のままで終わってしまうのかもしれない。

(もしかしたら――)

 先程、恭士が言っていた浦島太郎の話を思い出しながら、私は思った。

もしかしたら、乙姫と浦島太郎の関係もこんな感じだったのかもしれない。

 長い間一緒に居て、乙姫は浦島太郎が好きだったのに、浦島太郎は乙姫を置いて故郷に帰ってしまった――。

(……なんてね)

 そんな乙女な昔話の捉え方をしてしまうなんて、私も恭士の影響を受けちゃったかな。

 少し口元だけで笑い、私も自分の自由課題へと戻る事にした。



 もし私が乙姫であんたが浦島なら。

 私は乙姫のように、全てを知った上であんたが自分の元から居なくなってしまう事なんて耐えられないだろう。

 けれど私は、自分の身分を捨ててでも、もしも自分の命がなくなってしまうとしても、あんたに付いていく。



 そんな事、恥ずかしすぎてあんたに直接言えるわけないんだけどね。




-END-

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