コールドケースとは言わせない【コールドケース】

 20歳の冬。

 私は中学校の同窓会に向かっていた。

 車を運転する私の隣に座るのは、中学時代からの親友の恵莉だった。


「今日の同窓会、誰が来るのかな?」


 私は隣でボーっと外を見る恵莉に話しかけた。

 すると恵莉は外を見たまま


「さぁねー、何か遠くに行っちゃった奴とかいるらしいし、分からないわね」


 と、昔から変わらないすっとぼけたような態度で言った。


「そうよねー」


 私はそう相槌を打ち、ハンドルを右に切った。

 恵莉が「遠くに行っちゃった奴」と言った瞬間、私の頭の中に中学時代の男友達が浮かんだ。

 それを見透かしたように、恵莉は


「そういえば、逢実の奴は来るのかね?」


 と言った。

 その名前を聞いた瞬間、私の胸が小さくドキンとはねた。


「どうだろうね」


 焦って曲がるのを忘れそうになった角を左に曲がりながら、私は恵莉にそう返した。


「またまたー。本当は凄く気になってるくせにー」


 ふざけたように言った恵莉の方を見ると恵莉はニヤニヤとした顔でこちらを見ていた。ちょっと頭にきたのでギロリと睨み、何も返さないでみた。


「……でも、あんた逢実の事、卒業するまで二年間も好きだったもんね」


 話を続けた恵莉はしかし、少し悲しそうにそう言った。

 そう、二年。

 私は二年間ずっと、ある男友達を想っていた。

 ……結局その恋は伝える事無く終わってしまったのだけれど。

 そう昔の事を思い返した私は、ポツリと呟いた。


「本当、逢実も来たらいいのにね」


 それを横で聞いた恵莉を盗み見ると、一瞬驚いたような顔をし、そしてまた外を見るために窓枠に頬杖をつき、呟いた。


「本当にね」


 その顔は心なしか微笑んでいるように見えた。



***



 そこから車を15分ほど走らせると、目的の会場へと着いた。

 会場に着くと、馴染みのある懐かしい顔が出迎えてくれた。


「おぅ、恵莉に加奈じゃないか」


 そう私達に手を振ったのは恵莉と同じくらい仲の良かった直人だった。


「おー、直人」


 直人に向かって隣の恵莉は手を上げ、そしてハイタッチをした。


「「相変わらずだな、姉弟!」」


 二人は中学時代から性別を越えての親友だったので、私はその行為については何も言わず、ただ


「はいはい恵莉―、あんた今ドレスなんだからそれ忘れずにねー」


 と、恵莉に一言残し、直人にも軽く頭を下げた。


「直人も久しぶり。元気だった? ……って見たら分かっちゃったけどさ」


 そう笑う私に直人も笑って返した。


「加奈も相変わらずみたいだな」


 そうして直人は少し声を潜め、私と恵莉に近づくと


「そういや、今日は逢実が来てるぞ」


 と言った。

 私はその言葉に、先ほどとは比べ物にならないくらいドキドキしながら聞いた。


「え……っ。逢実、どこにいるの?」


 直人に聞くと、直人は「あそこだよ」と少し遠い所にいる背の高い青年を指した。

 その姿を見、私の胸は更に高まりだした。

 恵莉はニヤニヤと私を見ると、ポンッと私の背中を叩いた。


「行ってきなよ」


 その言葉に私は言葉を失いながら頷き、逢実の方向へと歩みを進めた。



***



 逢実の元へ歩く私は彼から目を離せずにいた。

 彼は隣にいる男友達と話しながら笑い、そして近づいてくる私に気付いたようで、私へ振り返ると嬉しそうに笑った。


「おお、加奈じゃないか」


 私は久しぶりに見た逢実の笑顔に胸の高鳴りと共に、懐かしさの想いを抱いた。


「逢実、久し振り」


 私はときめいている事を悟られないようにしながら、出来る限り綺麗に見えるように笑った。

 すると、逢実と話していた男友達が逢実に対して


「じゃあ、俺はあっち行ってるわ」


 と、別の方向を指し手を振った。


「おー、また後でな」


 逢実は友達に手を振ると、私の方を見て自分の隣を指し言った。


「加奈、こっちこれば?」


 私はそれに慌てて頷いた。


「あ、うんっ」


 小走りで逢実の元へ寄る私に、彼は少し笑った。


「そんなに急がなくて良いって。全く、お前も相変わらずだな」


 それは中学生の時よりもずっと大人びた笑いで、私は彼も大人になったんだな、と改めて実感した。

 当たり前なのだけど。


「そんなに笑わなくてもいいじゃない」


 しかし私は恥ずかしくて少しムッとして言った。そんな私をなだめるように逢実は


「はいはい」


 と言い、グラスを手に取ると笑った。


「乾杯しようよ」


 それに私もグラスを取り


「うん……乾杯」


 と、逢実のグラスに私のグラスをカチンとぶつけた。



***



 逢実と飲み物を飲みながら話を始めてから一時間。

 私は逢実から彼についての色々な事を教えてもらった。

 逢実は中学校卒業と同時に他県へと引っ越していった。

 彼が話してくれたのは主に中学を卒業し、引っ越してから彼が何をしていたのか、だった。

 逢実は中学を卒業し、高校を卒業してから、大学へ入学し今は大学生活を送っているらしい。


「へぇ、じゃあ今は引越した先で大学に通ってるんだ?」


 私はグラスに注がれた飲み物を口に運びながら訊ねた。


「そう、将来は教員になりたいからさ。大学行きながら教職を目指してるんだ」


 逢実は笑いながらそう言った。

 その顔はキラキラと輝いていて、私には少し眩しかった。


「そっか……。逢実は凄いなぁ……、私はまだ将来とか考えが追いつかないんだよね……」


 私は、そう少し顔を伏せた。

 私は高校を卒業し、大学に入ったはいいものの、自分の目指すべき将来を思い描くことが出来なかったりしていた。

 何となく入った大学、何となく過ごす大学生活、私はそんな生活にわずかだが不満を抱いていた。しかし、何となく毎日を送ってきた私には、その事を改める事が出来なかったのだ。

 少し自分のことを振り返っていた私に、逢実はあっけらかんとした声で言った。


「俺は全然凄くなんか無いよ。……俺は加奈が凄いと思うけど?」


「……え?」


 私は思いもよらない逢実の言葉に顔を上げた。


「どういう事……?」


 ばっちりと私と逢実は目が合い、逢実は微笑みながら私に言った。


「加奈はさ、昔から目標に向かって頑張る所があるだろ? もしまだ将来の事が分からなくても、それでも大学に入る、って言う目標は成し遂げられたんだろ。それって地道だけど、凄い事だと俺は思うな」


 そう、逢実は私の目を見ながら優しく、しかしはっきりと言った。

 私はそんな逢実の言葉が少し照れくさかったけれど、しっかり見てくれているようで、嬉しかった。


「何だか、少し照れくさいけど……ありがと、逢実」


 手で照れたように自分の頭を撫でながら、感謝をした私に逢実は「いえいえ」と笑った。


「けど」


 私は先ほどの逢実の言葉を思い返しながら、口を開いた。


「昔から、って言ってたけど……逢実、昔は私の事を見ていてくれたんだね」


 そう言いながら、私は昔の事を思い返していた。

 中学生の頃、私が日直などで黒板を消す作業をしていたりして、高いところを消せなかったりしていると、逢実はいつでも私を助けてくれた。

 そんな逢実と接していて、私は逢実が好きになったのだった。

 そう、中学時代の事を思い返していると、逢実が声を発した。


「当たり前だろ? ……だって加奈って何だか危なっかしいからさ」


 逢実はケラケラといったように笑った。


「なっ……!! 失礼な……! 私はそんなに危なっかしくは無いつもりなんだけどな……」


 ケラケラと笑う逢実の言葉に、私は子供のように口を尖らせながら反論をした。そんな私に逢実は


「自分の事は当人が一番分からないもんだよなー」


 と更に笑った。

逢実の笑いが収まり、話に一呼吸がついた頃に逢実はふ、と言った。


「中学の頃は……本当楽しかったよな……」


 それは、呟きのような感じだったのだけれど、不思議な重みのようなものがあった。

 しかし、私も全く同じ事を考えていたので、頷いた。


「そうだね」


 中学生のときは、本当に楽しかった。

 まだ自分たちが大人になるなんて、少しも考えていなくて。自分達の生きたいままに生き生きと過ごしていた。


「あのさ」


 それは本当に何も、あわよくば、とかそんな事も何もなしに、ふっと私が逢実に伝えたくなった言葉だった。


「私、ね。中学生の頃、逢実の事が好きだったんだ」


 でももう時効よね――と、言いながら逢実を見ると彼は大きく目を見開いていた。


「え……、それって本当……?」


 その様子が、私が想像していた反応と違いすぎて、私は慌てて取り繕った。


「あっ、でも中学の時の話だよ? ご、ごめんね、いきなりこんな話しちゃって……」


 そう、慌てながら謝る私に今度は逢実が慌てながら


「中学の時って事は……今は俺の事好きじゃない? 他に彼氏がいるの? 久しぶりに会って幻滅した?」


 一気に質問を投げかける逢実に、私はどれから答えていい分からずに「えっと……」と口ごもった。

 そんな私の様子を見て、勘違いをしたのか逢実はうつむきしょんぼりとした口調で言った。


「俺も……俺も加奈の事が好きだった。中学の時から、ずっと。今日も、もしかしたら会えるかな……って凄くドキドキしてた。久々に会った加奈は凄く綺麗になってるし……」


 うつむきながら言う逢実の言葉を、私は自分の中で反復し、行き着いた事に心臓が高鳴った。


「つまり……逢実は私の事が好きだったの……?」


 そう聞いた私に、逢実は勢いよく顔を上げると言った。


「好きだった、じゃない! 今も……加奈の事が、好きだ」


 逢実のその真っ直ぐな言葉に、私は恥ずかしくて目をそらしたくなる気持ちをこらえて、逢実の手を握り言った。


「あの、私も実は久しぶりに会った逢実をかっこいいな、って思ったし、ドキドキもした。それに……私もずっと逢実の事が忘れられなかったの」


 その言葉に逢実も目を丸くしたのを確かめた。

 そして


「ちなみに、今は彼氏居ないですし、今のところ年齢=彼氏いない歴な私デス」


 と、ちょっとふざけた調子で言ってみた。

 私のそんな言葉に逢実は、私が握った手を強く握り返すと


「つまり……俺と付き合ってもいいって事……?」


 と、聞いてきた。

 それに私は


「……むしろ、私は付き合って欲しいです」


 と、少し控えめに笑った。

 逢実は無言で私を抱きしめると


「加奈、大好きだ……」


 と、言った。それに私は逢実を抱きしめ返し


「私も、大好き」


 と、応えた。

 周りがざわめき、遠くで恵莉と直人がはしゃいでいるのが聞こえたが、彼らの質問攻めにあうのはもう少し先の事だろう。

 今は、こうして二人の幸せを分かち合いたい。



 時効の恋が

 再び、色を取り戻す。



-END-

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る