五章 妖怪連合

その頃、神社で待つようにと言われていた白夜だったが、葉子達の向かった方角で、異常な妖気の高まりを感じた。それは妖元のものではなく、明らかに違う者の妖気。その膨れ上がった大きな妖気は、悪しき力の塊だとも感じられた。白夜は、葉子達の身を案じ、猫族の仲間を集めることにする。一方、同じ悪しき妖気を感じていた、他の力ある妖怪達も、その悪しき妖気の元へと動き出した。力は力を呼ぶ。葉子は骸の鬼の作り出しているであろう世界で、骸の鬼の変わり果てた姿を見て絶句していた。妖元が口を開く。

『あれでは、古の頃の鬼と変わらん……! 一体何処まで妖力を奪ったんだ』

 鬼となった姿の骸の鬼は葉子に気付くと、笑みを浮かべて語り出す。

葉子の内で喋る妖元の声が聴こえている様だった。

「昔のぉ、そう。あの頃のお前も変わらなかっただろう? あの頃のお前も俺と変わらなかった!」

 骸の鬼には葉子の内にいる妖元の声が聴こえる様だった。

あの頃? 昔? 葉子は訳が解らなかった。一体、骸の鬼の言っている昔の妖元とは何の事なのか。疑問が浮かんでいる葉子に妖元の声が響く。

『変化の術を使うぞ!』


 遥か昔。妖元がまだ、一匹の妖怪であった頃。数々の妖怪達との戦いを繰り広げていた時代があった。妖怪の頂点に立つための戦いが、日々続いていた頃、妖元はかつて、骸の鬼とも対峙した時があった。その頃の骸の鬼は、今の黒い姿となった力のある鬼の姿をしていた。

妖怪の頂点を極めようとする二匹の妖怪。妖元と骸の鬼は、それぞれの死力を尽くして戦っていた。

 戦いは七日七晩続き、両者とも身を砕くほどの傷を負っていたが、激しい死闘の末、妖力が少し上だった妖元が、その場の勝ちをおさめたのである。傷だらけになった骸の鬼は、人の姿になって姿を消した。その戦いが終わると、妖元は今の明神町である、昔の明神の都を治めることになったのである。何年か歳月が経つにつれ、妖元の力は、妖怪達の激しい戦いが再び行われるのを恐れた人間達によって立てられた神社に住む事により、清きものへと変わっていた。

 それから、妖元は土地神として崇められたのである。しかし、一方の骸の鬼は、頂点に立つ事ができなかった為に、同族の鬼からも追放され、何百年も人の姿で生きてきたのである。

その内に、元々悪しき心が強かった骸の鬼は、名のある妖怪鍛冶屋に作らせた大鎌を使って、諸国をめぐり、目に付いた妖怪達を無差別に惨殺していった。より強い者への挑戦を繰り返した骸の鬼は、いつしか心が真っ黒になり、悪道の化身となってしまったのである。

 幾年経ち、妖元の寿命が僅かである事を風の噂で聞きつけ、結界の弱まった明神町へと足を運び、妖元を倒すために、妖怪を喰う妖怪を作り出し、今に至るのだった。


 葉子は、ふと妖元の記憶に少し触れていた気がしたが、妖元の言葉にハッとして、「わかった」と返事をすると、葉子の髪の毛が金に染まり、赤い瞳へと変わる。そして、妖元が変化の術を使う。

葉子の周りの空間が、葉子と共に揺らぐと、たちまち姿は袴を着た青年の姿へと変わるのだった。

すると、その姿を忌々しそうに眺めながら、骸の鬼は一言放つ。

「お前、それは俺を馬鹿にしているのか? 全開で戦わなければ、命が無い事ぐらい解っているだろう。それともその姿で十分戦えるとでも言うのか? 舐められたもんだぜ」

 そう言うと、骸の鬼は右腕を頭上まで振り上げると、一気に妖元の立つ場所へと振り下げる。

強烈な風の突風が妖元を襲う。足を踏ん張り、耐える妖元だったが、次の瞬間、目の前に大きな黒い拳が放たれ、妖元の体は堪らず吹き飛んでしまう。そして、また骸の鬼が口を開く。

「大妖怪の中の一匹だったお前が、この様とはなぁ。はっ! 馬鹿らしいぜ、実に馬鹿らしい!」

二十メートルは飛ばされたであろう、妖元の立ち上がろうとしている場所へ、瞬時に移動した骸の鬼は、守りの姿勢をとる妖元に容赦ない拳の乱打を始める。

 変化しているとはいえ、元は葉子の体。このまま攻撃を受け続けるのは、葉子にも危険が及ぶと思い、妖元は幻術を放つ。骸の鬼の正面にしか居なかったはずの妖元が、何百もの数になり、骸の鬼を囲んだ。しかし、顔をにやつかせる骸の鬼は、次々と何百もある妖元達を殴り始めた。

一発殴られるとすぐにその姿は消えてしまう。このまま、骸の鬼は本体を見つけるまで、殴り続けようとしていた。負けじと妖元も炎を放つ。その炎は、幻術で増えた妖元の分だけ存在した。全ての炎が、実態として骸の鬼へと放たれる。次々と炎が襲うが、拳を振り、風を骸の鬼が起すと、次々に炎は風の勢いにかき消されてしまう。そんな攻防を続けている内に、妖元の姿が一体、また一体と消えていった。残り少ない妖元を見て、骸の鬼は皮肉の笑みを浮かべる。

「あれだけ分身して力を使えば、それだけ弱るだろうよ。幻滅しちまったが、俺の勝ちだな」

 そう言うと、両腕を肩まで上げ、拳を握ると、大回転を始めた。勢いのある大回転に、妖元の姿は次々に消されていった。しかし、本体が何処にも見当たらない。不審に思った骸の鬼は、回転を止め、辺りを見回すが何処にも妖元の姿は見えなかった。姿を消したと思われた妖元だったが、その姿は、異界の空高くにあった。十分な妖力が扱えないとはいえ、骸の鬼のかつて以上の力に苦戦を強いられてはいたが、妖元には得策があった。

オオバケグチを倒した時の術を、再び放つため、印を結び唱える。

「我に眠る、清き炎よ。火柱となりて、邪なるかの者を焼き払え! 発!」

 声を聴き、上を見上げる骸の鬼。しかし、その足元からは、骸の鬼以上の大きさの火柱が立とうとしていた。すぐに術が放たれた事に気付くのも遅く、骸の鬼は巨大な火柱へと飲み込まれる。

しかし、何の反応も無い事を妙に思った妖元が上空から見ていると、骸の鬼は、火柱の中心で再び大回転をしていたのである。その回転により起こる風圧で、火柱は、すぐさまかき消されてしまった。今の最大の力を尽くした妖元は、徐々に空から地上へと降りて行き、その姿は、青年の妖元の姿を維持できなくなり、金髪の赤い目をした少女へと戻ってしまうのだった。

「……まさかここまでとは」 

 妖元は力の使い過ぎにより、体の主導権を葉子へと移してしまうのだった。今までの事をずっと見ていた葉子は、骸の鬼の余りの強さに絶望するのだった。完全な力を使ってないとは言え、妖元がここまで消耗するのは経験に無かった。

今の姿を維持できているのは、猫族の白夜から貰った髪飾りに妖元の力の一部が込められているからだった。それは、葉子の体を守りきれなかった時のための、せめてもの救いの力。

そして、すぐに葉子の悲鳴と叫び声が異空間に響く。その声を、嬉しそうに聴き入る骸の鬼。しかし、笑みを消すと、異界の空から降りて来た葉子の元へ、ゆっくりと歩いて移動し、そして、その拳が葉子へと振り下ろされようとするその時だった。

 葉子の悲鳴が聴こえたのか、異空間の中へと、力ある妖怪達が続々と集まってきた。その中には白夜の姿も見えた。白夜はすぐに葉子の元へと行き、今振り下ろされようとしていた、骸の鬼の拳から、瞬時に葉子を抱きあげて移動し、救ったのだった。葉子を安全な距離まで連れて行くと、白夜は葉子に微笑みかけ、安心させるように抱きしめた。

「もう大丈夫。私達が、妖元様に代わって、骸の鬼を倒します。貴女はここで見ていてください」

 力が抜けて、くたりとしゃがみこむ葉子。

「よく頑張りました」

 白夜は、にっこりと微笑んで、その場を後にする。

数ではおよそ数百の力ある妖怪達がそろった。普段は皆その姿を見せず、人知れず暮らしていたが、悪しき力を感じ、この骸の鬼の作り出した異空間へと姿を現したのだった。その中には、葉子を踏み潰そうとした、あのドウタンボウの姿も見えた。葉子は体が震えだす。これから一体何が始まるのだろう? と。最初に骸の鬼へと攻撃を加えたようとしたのは、白夜率いる猫族の者達だった。

そして、犬族の長も、猫族に続け! と、雄叫びをあげる。

「すまない、貴方達まで巻き込むつもりは無かったのだが……」

 白夜が隣にそって走る犬族の長に言う。犬族の長は、構いはしない。と、一言喋る。

「我ら犬族、戦いには慣れている。猫族だけに手柄を奪われては困るからな」

 笑みを浮かべて、犬族の長は、その姿を人型から何倍も大きな大犬の姿になり、骸の鬼の腕に食らいつく。その後を、人型と普通の犬より大きな犬族の若者達が、次々と食らいつく。

猫族も負けじとその鋭利な爪で引っかき、深い傷を付けていく。

いきなりの猛攻に怯んだ骸の鬼だったが、噛み付く犬族の長の眉間を、空いた腕で殴り続ける。

それでも動じない犬族の長は、さらに深く食らいつく。すると、骸の鬼の腕から、流れる黒い血と一緒に、霧のようなものが噴出してくる。それは、妖怪を喰う妖怪が今まで食べてきた妖怪の変わり果てた、成れの果てだった。噛み付かれた他の場所からも、黒い霧が立ち込める。暫くすると、骸の鬼の姿は、人型の姿へと再び戻っていった。

人型に戻ってしまった骸の鬼は、激しい腕の痛みに、その場に倒れこむ。

「うぅ、がぁっ! いてぇっ! いてぇ!」

 痛みから回復して立ち上がろうとする骸の鬼の目の前に、ドウタンボウが立ち塞がる。

今にも踏み降ろされようとしていた、大きな足を交わし、大鎌のある場所へと移動する。

しかし、そこには白夜が大鎌を持ち、待ち構えていた。

「数々の同胞達の仇。覚悟!」

 骸の鬼の体は、猫族の仲間がやられた通り、八つ裂きにされる。

「チクショウ! こんな……はずじゃあ!」

 息絶え絶えになった骸の鬼。その首を大鎌で斬られ、絶命する。

こうして、長い戦いが終わるが、まだ主を失った空間は消えようとはしなかった。先程、骸の鬼から放出された黒い妖気の霧が、形を成し、それは、地獄の亡者の手のように、駆けつけた妖怪達を地の底へと引きずりこむ。なす術も無くドウタンボウは、空間の地の底へと引き込まれてしまう。

 犬族の長も散々殴りつけられていたため、よろめき、亡者の手に捕まってしまうが、仲間の犬族に助けられ、その場から逃れる。葉子はその様を見ていたが、自分の足が何かに掴まれたのに気付くと、その顔を引きつらせる。その腕から先の顔は、白夜に倒された骸の鬼の姿だった。

「……へへへっ、お前も道連れだ……」

 足をどんどん引き込まれていく。葉子は、妖元の名を叫ぶ。しかし、その声は届いてはいなかった。

白夜が、葉子に気付いた時には、葉子の体は腰半分の所まで引き込まれていた。大鎌を捨て、葉子を助けに向かう白夜。しかし、間に合わず、葉子は亡者となった骸の鬼の腕に、異空間の地の底へと飲まれていくのだった。黒色をした空気が葉子の肺に入る。むせる葉子。その空気は、人間には劇薬の毒とも言える瘴気だった。苦しみに耐えながら、葉子は自分の足を掴む骸の鬼の最後の姿が溶けていくのを見た。地の底には、なにやら赤黒いものが蠢いていた。それは沢山の腕だった。

 本当の地獄に来てしまったのではないかと思い、涙が止まらなくなる葉子。そこは、骸の鬼が生まれた場所だった。鬼が生まれる場所。それは、煉獄の地獄。この世の果て。その時、遥か上の地上から、聞き覚えのある声がした。そして、髪飾りが輝く。それはとても優しい声で、次第に葉子の体が、光に包まれていく。光は葉子の体を地上へと戻していった。やがて、一本の白い手が見える。葉子はその手を掴もうと、両手を上げる。そして、白い手に葉子の両手が掴まれた時、葉子は白夜の手で、地上へ引き上げられた。ホッとする葉子だったが、すぐに気を失ってしまう。


 気を失いそのまま眠っていた葉子は、眠りから覚めるまでの間、不思議な夢を見ていた。

自分の目の前に、幼い頃の自分とよく似た、藍色の着物を着た少女が立っていた。

「妖元様、お目を開いてくださいな」

 少女は妖元に話しかけているのだった。すると、妖元の声が聴こえた。

「……おお? お前、またこの場所にきたのか。物好きめ」

 妖元にそう言われると、少女は可愛い笑顔をするのだった。

夢の中で、もう一つの声が自分の名前を呼んでいた。

「葉子さん! 葉子さん!」

 聴きなれた声が葉子を呼ぶ。その声が白夜のものだと気付くとき、葉子は見慣れた神社の境内の中に寝かされていた。ふと朧気に見上げると、白夜の顔が見えた。葉子はハッとして起き上がり、周りを見る。そして、座ったまま、心配そうにこちらを見ている白夜の顔を見ると、とめどない涙が溢れてきた。そのまま、白夜ももらい泣きして、助かったと抱き合うのだった。


 その日、夕方遅くに家に帰った葉子は、自分の姿を鏡で見た。姿は葉子の元の姿に戻っていた。晩御飯を食べると、疲れのため、すぐに自室のベッドへ潜り込み眠りについた。

その次の日。妖元に語りかける葉子だったが、答えは無かった。

来る日も来る日も呼びかけるが、答えない。心配になり、神社にいる白夜に相談する。

「魂の力は感じられます。相当お疲れになっいるのでしょう……」

 白夜もどこか悲しげだったが、消えてなくなるわけではないと言われ、葉子は待つことにした。

季節は真冬を迎えていた。学校も冬休みになり、真冬が過ぎれば正月が近かった。

妖元はその時にようやく目覚める。

『懐かしい夢を見た』

 突然の妖元の声に驚く葉子だったが、すぐに安堵する。家族でテレビの紅白歌合戦を観ていた葉子は、すぐにリビングから自室へと向かっていった。そして、妖元に話しかける。

「いい夢だった?」

 妖元は、本当に懐かしそうに答えた。

『ああ。あの日の事は忘れたことが無い』

 葉子は、骸の鬼との戦いの末、神社で見た夢を思い出した。すると、妖元は珍しく驚いた声を上げるが、それもそうかと思い直す。葉子と妖元の魂は、もう既に半分近くまで溶け合っている。

故に同じ夢を見ても不思議は無かった。少女の事を妖元はこう言った。

『陽子』

 一文字違いの名前に葉子は驚いたが、どんな人物なのか気になっていた。


 その娘は、明るく陽気な娘で、その名の通り太陽のような娘だった。妖元の神社へ来るようになったのは、特別な理由があった。狐の姿をした妖元を陽子は見ることができた。そんな力を持ったためか、陽子は常に村の者たちに煙たがれていた。「嘘つき」、「妖怪女」、「村の恥」。散々言われた陽子だったが、いつも笑顔を絶やさなかった。それは、自分だけが特別だとしても、その特別な自分には、もっと特別な友達がいるからだった。そして、神社へと陽子が訪れる。

「妖元様」

 少女は妖元に話しかける。すると、妖元が答えた。

「……おお? また来たのか。物好きめ」

 こうして、陽子の一日は始まる。


 明るい娘と、土地神の狐。一人と一匹はいつも一緒だった。

妖元にとって、その記憶は自分よりも大切な、宝石よりも綺麗に輝く大事な日々だったのである。

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