第24話「突然の、お別れ」

 ザッシュが再びアマミの街、その中心地へと戻ってきた時……事態は一変していた。

 いつも冒険者で溢れかえって、誰もがリータの保存セーブを待って列を作る。そんな中央の集会場には人だかりができていた。そして、誰もが不安げに互いの顔を見やる。

 何事かと思ったザッシュは、ふと思い出した。

 とにかく、リータと話をしなければいけない。

 ルーシアは戻ってきてくれるみたいだし、シオンとのことも誤解をきたいのだ。

 だが、そんなザッシュの思惑おもわくをよそに、悲しげな声が響く。

 それはリータの声だった。


「やめてくださいまし、わたくしはここに、アマミにおります! 帰るだなんて」


 咄嗟とっさにザッシュは、人混みをき分け前へと進む。

 今、帰ると言った。

 どこへ?

 ここがリータのいるべき場所、彼女が望んだ居場所だ。

 だが、ようやく視界が開けるとそこには……信じられない光景が広がっていた。


「リータ!」

「まあ、ザッシュ! たっ、助けてくださいな! わたくし、国には帰りたくありません! もっと……ずっと、ここにいたい! みんなと一緒にいたいですの!」


 一瞬、リータと目が合った。

 彼女は今、複数のエルフ達に拘束され、連れ去られようとしている。どうやら周囲の男達は、神官クラスの聖職者のようだ。だが、寄ってたかって一人の女の子を連れ去ろうとするのは、ザッシュならずとも許し難い。

 街の冒険者からも、ひっきりなしに野次やじ罵声ばせいが飛び交う。


「おうおう、エルフ共っ! 俺達のリータ様を、どこに連れてこうってんだ!」

「そうだそうだ! リータ様の保存セーブ再生ロードの魔法なんかいらねえ、けどな……そのはもう、俺達の、この街の! 大事な仲間なんだよ!」

「もしも連れ去ろうってんなら、ええ? 俺等がただじゃおかねえぜ!」


 一触即発の空気が、周囲に満ちて戦慄に変わる。 

 だが、ザッシュはリータしか見えていなかった。

 そして、リータもまたザッシュだけを見詰めてくれる。

 永遠にも思える一瞬の時間を、一人の男が遮った。彼は長身長髪のエルフで、うっとりする程の美丈夫ハンサムだ。だが、その芸術的な顔立ちがかえって今は冷徹な印象を与える。


「ひかえよ、人間! ドワーフもノームも、聞けっ! リータ様はこれより、故郷へ戻られる! これはハイエルフの七星王家セブンス、ファルシ家を含む全ての家の総意である!」


 ファルシ家は、リータの生まれた家だ。

 ハイエルフの古き家柄である七つの家門、七星王家は絶大な権力を誇る。その力は、エルフの一族は勿論もちろん、人間の社会は他の亜人種にも強力な影響力を持っていた。それはひとえに、ハイエルフ達だけが持ついにしえ高位魔法ハイエイシェントの力だ。

 今の世界が失った、古き神々とのきずな……その奇跡の御業みわざ

 偉大な古代魔法を、ハイエルフの七つの王家だけが今も世に伝えている。その力の恩恵に預かりたいという者は、今も後を絶たない。

 ザッシュは目の前の男に詰め寄り、見上げて背筋を伸ばす。


「リータはいつ帰ってくるんですか? 彼女がいてこそ、バベルの攻略は――」

「リータ様はもう戻らん。このあと、ゼバノス帝国へととつがれるのだ」


 ザッシュは耳を疑った。

 ゼバノス帝国というのは、詳しくは知らない……彼は記憶喪失で、この時代のことに明るくないのだ。だが、名前だけは聞いている。

 ゼバノス帝国は、大陸の南にある巨大な軍事国家である。

 古来より人間の国家が、高位魔法を欲しがることは多いと聞いている。そんな人間達にとって、ハイエルフとは高価な兵器であり、便利な道具に過ぎないのだ。


「急な話過ぎます!」

「誰だ? 貴様は……誰も人間ごときの許可など求めておらん」

「リータが役立たずだからって、バベルの恩恵欲しさにこのアマミに放り出して! それで今度は、戻ってきて知らない男の嫁になれだって? 冗談にしたってたちが悪いでしょう!」

「冗談などと……皆、本気だ! 一族の安寧あんねいのため、我等はこうして生きてきたのだ!」

「なら、そういうのが好きな人でだけやってくださいよ! ねえ、リータ! 待ってて、俺が今すぐ――」


 瞬間、世界が一瞬暗転した。

 殴られたのだと気付いた時には、ザッシュは大地に転がっていた。

 それで一気に、周囲の冒険者達も殺気立つ。

 だが、そんな場に割って入ったのは、意外な人物だった。


「ザッシュ、皆も! ここはこらえてほしい。リータ姫様はこの場の流血など、望んではいない! ここでことを起こしては、かえって事態は悪化するばかりだ」


 そこには、旅装に身を固めたロアンの姿があった。どうやら彼も、リータと一緒に故郷へと戻るらしい。彼は珍しく、周囲をめつけ無言で落ち着かせていった。

 その瞳には、自重をうながすしかできない悔しさがにじんでいた。


「リータ姫様は僕が守る。だから、皆もリータ様の守る場所を守ってほしいんです! この通りです!」


 あのロアンが、頭を下げた。

 頭でっかちで自尊心プライドの強い、あのロアンが。

 エルフの男達は冷たい笑みを浮かべて鼻を鳴らしたが、彼の人となりをしる者達は黙るしかない。

 ロアンは最後に、ザッシュへ手を伸べ立ち上がらせてくれる。

 その一瞬の隙に、彼は耳元で小さくささやいた。

 ザッシュだけに聞こえた言葉が、そのまま胸の奥にしまわれる。


「ロアン、そんな……じゃあ、君は」

「さあ! リータ姫様、出発しましょう。ほんの少しの里帰りです。またこの場所に、この街に帰ってくるんですから」


 それだけ言って、ロアンはマント姿のリータを促す。

 エルフの一団は、完璧に彼女をガードしたまま下りの階段へと消えた。今はもう午後だから、近道を使っても地上に出られるのは明後日あさってになる。

 アマミの街は、バベルの地上100階にあるのだ。攻略済みの99階から下は、近道をするための隠し扉が無数に存在する。だが、それを駆使しても長く危険な道のりだ。下に進むほどにモンスターは弱くなるが、進む人間の体力も落ちてゆくのだから。

 だが、リータは行ってしまった……ロアンごと連れ去られてしまった。


「クッ! どうしてこんな……まだ、なにも話せていないのに!」


 こぶしを握れば、爪の食い込む音が聴こえてきそうだ。

 だが、手の中に圧縮した痛みさえ、今のザッシュにはむなしい。

 立ち尽くす彼の肩を、ポンと叩いてくれたのは意外な人物だった。


「ボウズ、とりあえず話はあとだ……そして、これで終わりにするつもりもあるめえ?」


 振り向くとそこには、屈強なドワーフの戦士が立っていた。

 まだ包帯姿も痛々しい、ドルクだ。彼は寝間着姿だったが、自慢のおのを肩に担いでいる。少し苦しげに呼吸で全身を上下させながらも、その瞳に宿る力は鋭く強い。

 ザッシュは自分でも、情けない声が出てしまっているのがわかった。


「ドルク、さん。俺は……」

高慢こうまんちきなハイエルフのやりそうなこった。連中は自分達の高位魔法と血筋が、どれだけ価値があるか知ってやがんだ。だから、時々保身と欲とで天秤てんびんを揺らす」


 その天秤の片方に、リータが乗せられたのだ。

 そして……彼女を浮かせてしまうほどに、ハイエルフ達の己を案ずる気持ちは大きく重かったのだろう。

 ザッシュは呆然ぼうぜんとしたが、遠くからルーシアが走ってくるのが見えた。

 とりあえずは、周囲の者達が一人、また一人と解散してゆく中で……ザッシュ達は今後を話し合うべく、宿屋の山猫亭やまねこていに集まることになるのだった。

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