・動き出す運命の、その先には?

第23話「あの人はまだキャラがぶれていた」

 激戦から一夜が明けて、ザッシュ達は一躍有名人になっていた。

 ついに第11階層、暗緑ノ樹海アンリョクノジュカイが踏破されたのだ。

 最奥さいおうにそびえる世界樹の上で、守護者たるサンダードラゴンとの激闘……それはザッシュにとっては、今も恐ろしい記憶だ。勝利をおさめることができたことが、不思議なくらい。だが、それが現実で実力で、そして努力と幸運の賜物たまものだった。


「よぉ、ザッシュ! もう寝てなくていいのかい?」

「やるじゃんかよ、ルーキー!」

「リータ様にも感心したわ! お高くとまったハイエルフの姫様かと思ったら、冒険者もやるのね」

「しかも、綺麗でかわいくて、お供の連中も強い! お前もな、ザッシュ!」


 午後の日差しにもにた温かさの中、昼下がりのアマミは温かい。道行く誰もが声をかけてくれて、それに応じつつザッシュも歩く。

 すでにもう、ザッシュは正体不明の記憶を失った流れ者ではない。

 一つの冒険が、この街そのものに自分を根付かせてくれた気がした。

 ただ、一つだけ気がかりがあって、ロアンに言われて向かっている。


「この場所は……」


 アマミの街にいると、巨大なバベルの中だということを忘れる。

 その中でも、町外れのこの場所は風光明媚ふうこうめいびで自然が美しい。

 外苑がいえんを囲む木々の向こうには、壁が透けて遠く外の世界が見える。どういうテクノロジーなのかは、さっぱりわからないらしい。やはり、この巨塔を建てた文明は普通ではない。それは、ザッシュの腰の埒外遺品オージャンク、銃を手にすればすぐにわかる。

 絶景の中、少し歩くと小さな小屋が見えてきた。

 なんでも、あのルーシアが昨夜遅くに借りて引っ越したらしい。


「えっと、ルーシアさん? いますか……って、ああ、いたいた。……ファッ!?」


 目当ての人物を見つけて、ザッシュは思わず変な声が出る。

 そこには、普段の露出度が嘘のようなルーシアの姿があった。見事な肉体美を惜しげもなくビキニアーマーでさらしていた女騎士は、ベレー帽にエプロン、そしてチュニックにスカートとおとなしめな印象だ。

 それもあってか、二言目には「斬るか」が口癖くちぐせの普段が夢のようである。

 椅子に腰掛けスケッチブックを開いていた彼女は、ザッシュを見て立ち上がった。


「まあ、ザッシュさん。ごきげんよう」

「いやいや、ルーシアさん。キャラがブレてますから。ブレブレですから」

「いいお天気ですね……絶好のスケッチ日和びよりです。ふふ」

「……あのー、ロアンもみんなも心配してるんですけど」


 そう、昨日からルーシアが変なのだ。

 以前から少し変な人だったが、今は違う。

 凄く変だ。

 とってもおかしくなってしまっている。

 原因の半分は、恐らくザッシュなのだ。


「ルーシアさん、やっぱ怒ってるんですか? 俺がドラゴンにトドメをさしたから」

「そんなことありませんわ、うふふ……ふふ、ふ、はは……ははは! 違うのですわでしてよ、オーッホッホッホ!」

「わっ、ルーシアさんが壊れた」

「そう、壊れた……自慢の剣も、私の心も……ですから、わたくしはこれからは画家として生きていきますのよ? リータ様にも暇乞いとまごいをせねばなりませんね」


 暇乞い、つまりお暇を頂戴して第一線を退くというのだ。

 ありえない。

 先日まで、リータを守るためならなんでもこなす騎士だった。恐れを知らず、勇敢に立ち向かっていく女性だったのだ。なにより、自信家の彼女には確かな腕があって、アマミの冒険者達も一目置く存在だったらしい。

 だが、今は愛刀と一緒に心まで折れてしまった。

 あれからずっと、この調子なのである。


「参ったなあ……リータはリータでちょっと変だし」

「あら、姫様がどうかしたのですか? ……そう、わたくしがいなくなって寂しいのですわね。でも、わたくしはたかがドラゴン一匹倒せない女。龍殺しドラゴンスレイヤーになり損ねた女」

「あ、いや……その、なんか今朝からリータがよそよそしいというか、なんか」


 ルーシアは実は、英雄願望ヒーローがんぼうがあったのだ。

 絵心が壊滅的にない、別の意味でな夢とは違って、彼女はずっと胸に秘めてきた。いつかはリータのはええある騎士として、叙事詩サーガに語られるような冒険、そして最高ランクのモンスターを倒しての凱旋……それは全部、今回ザッシュが成し遂げてしまったことだった。

 勿論もちろん、ルーシアの夢を奪うつもりはなかったし、そうしなければ全員死んでいた。

 そのルーシアだが、ザッシュの言葉に露骨に嫌そうな顔をした。


「まあ……ザッシュさん、昨夜はどちらにお泊りでした?」

「え? ああ、宿屋の山猫亭やまねこていでしたけど。ネージュさんがシオンさんの部屋も用意してくれて」

「そう、それです。あのシオンとかいう、何者ですか? ……ザッシュさんとはどういった関係なのでしょうか!」


 突然のことで、ザッシュは思わず自分を指差し「へ?」と首を傾げた。

 関係も何も、昨日会ったばかりだ。巨大な悪魔像から降りてきて、以降ずっとザッシュの近くにいる。ザッシュをORI-GENEオリジーン継承者けいしょうしゃと呼ぶ、不可解な少女である。

 そのシオンだが、義務がどうとか言ってザッシュから離れようとしない。

 ルーシアはスケッチブックに鉛筆を走らせ、手早く説明してくれた。


「いいですか、ザッシュさん。これは姫様とシオン、そしてあなたです」

「……えっと、ああ……お、俺達の絵ですか?」

「そうだと言ったでしょう。今日は上手く描けてます。筆が走ってるんです」

「えーと、まあ……続けてください」


 酷い絵だが、逆にこれを絵だと言い張ることも酷い。

 なんの仕打ちかと思ったが、平然とルーシアは話す。

 キャラがブレるどころか真逆になったまま、話し続ける。


「姫様はザッシュ、あなたに……この矢印、なんだかわかりますか?」

「えっと……ああ、相関図そうかんず? ですか? 主従しゅじゅう、かなあ?」

「違います、これは恋です! 恋心!」

「……はぁ?」

「そして、新たに現れたシオンも……あの目は、恋する乙女の目!」

「眠そうな目ですよね。なんかにごってるし。って、また恋!?」

「姫様とて年頃の娘、まだ42歳なんです。嫉妬しっとすることもあれば、それを押さえられないこと、嫉妬する自分に戸惑とまどうこともあるでしょう」


 ルーシアは意外にも真面目だった。

 それでザッシュは、なんだか自分が恥ずかしくなってくる。

 ルーシアの様子を見るつもりが、自分が心配され、さとされ、尻を叩かれてしまった。そして思い起こせば、リータはいつでもザッシュに一番の笑顔を見せてくれていた。誰にでも微笑ほほえみ、常に優しい彼女……だが、ザッシュの前ではハイエルフの姫君ではなく、同年代の女の子の顔を見せてくれていたのだ。

 初めての出会いに、初めての冒険。

 パジャマパーティに、昨日の死闘……いつもリータは、ザッシュの隣で頑張っていた。


「そっか……えと、じゃあ……と、とにかく俺、リータと少し話してみます」

「それがいいですね、ザッシュさん」

「それと、ルーシアさん。武器屋に新しい剣、入荷してましたよ?」

「ふふ、わたくしはもう――」

「なんだっけ、オリ? オリ、オリ……オリハル、コン? とかいう金属の剣で」

「なんだとっ! オリハルコンの精製技術、加工技術を既に人間はもっているのか!? ……いや、ドワーフの名工達ならやりかねん。こうしてはおれん! ザッシュ、姫様に伝えておけ! 私はリータ姫様の守護騎士ルーシア! 騎士の誇りまでは折れていないとな! 善は急げ、買いに行かねば!」


 それだけ言うと、目の色を変えてルーシアは行ってしまった。

 どうやら、新しい生きがいをまだ騎士道に感じてくれているらしい。

 そんな彼女の遠ざかる背中に、ザッシュは叫ぶ。


「それと、ルーシアさん! 俺に剣を教えてくださいっ! 俺は……俺は、もっとちゃんとリータを守りたいです!」


 一度だけ立ち止まったルーシアは、振り向きグッと拳に親指を立てた。そうしてザッシュの頷きを拾うと、恐るべき脚力で武器屋のある中心市街地へ飛んでいってしまった。

 どうやらロアンの心配の種は解消したようだった。

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