第22話「勝利の余韻の、その先には?」

 ザッシュとその仲間達の帰路は、足取りも軽い。

 奇跡的な勝利が、彼等を安堵あんどで包んでねぎらっていた。ドルクは重傷ながらも、歴戦の勇士らしく強い生命力で笑ってくれる。彼の手当のためにも、急いで一同はバベルをアマミの町へと向かっていた。

 不思議な迷宮ダンジョンバベルは、下へ下へと脱出を目指せば、自然と時間は早く過ぎる。

 バベルのアチコチに、上から下への一方通行の近道が隠されているのだ。


「でも、ザッシュは凄かったですわ……わたくし、感心してしまいました! それにしても……皆が揃って無事の帰路、ホッとしています」


 疲れ果てたザッシュは今、情けないことにリータに肩を借りている。彼の腕の下にもぐるようにして、身を寄せる彼女が支えて歩く。すぐ間近で見上げてくるリータの笑顔は、なによりもザッシュにとって嬉しいやしだ。

 同時に、先程までの激闘の恐怖が脳裏に蘇る。

 伝説の絶対強者、あおいかずちのドラゴンとの死闘。

 勝利よりも、生き延びたことがなによりも嬉しい。

 しかし、やや冷ややかなとがめる視線で、ロアンがすがめてくる。


「ザッシュ、いやらしい顔をするな。姫様も、ザッシュにくっつきすぎです!」

「あら、ロアン。でも、こうしていないとザッシュが倒れてしまいますわ」

「僕が代わりますから! ハイエルフの姫君ひめぎみともあろうお方が――」

「それよりロアン、あなたはルーシアを……心配ですの」


 ザッシュも苦笑しつつ、肩越しに振り返る。

 最後尾を歩くルーシアは、普段の豪放な自信家の姿が見る影もない。

 何故なぜか今、彼女は燃え尽きたかのように脱力して歩く。

 そこには、リータを守るエルフの女騎士の威厳はなかった。

 見かねてロアンも、おっかなびっくり声をかける。


「ルーシアさん! あ、えと、その……げっ、元気を出しましょう。我々は見事に姫様をお守りして、勝利したんです。あのドラゴンを相手に」

「あ、いえ……私は大丈夫です。そうですか……勝利ですか。それはとても素晴らしいことですね。でも、少し……少しだけ、そっとしておいてください」

「ル、ルーシアさん? 喋りがなんだか」

「私のことは気にしないでください。少し、疲れただけですから……オホ、オホホ」


 駄目だ。

 完全に放心してしまっている。

 

 とぼとぼと歩くルーシアは、先程から表情が全く変わらない。普段のりんとしたたたずまいも今はなく、肩を落として俯きながら歩く。

 よほどのショックだったらしい。

 彼女は伝説のドラゴンスレイヤーになりそこねたのだ。

 のみならず、自慢の剣を折られたばかりか、ザッシュに美味おいしいところをもっていかれたのである。ザッシュとて望んでそうなった訳ではないが、まさか自分が光の剣でドラゴン退治をするなど、思ってもみなかったのだ。


「えっと、リータ……ルーシアさんは。俺、悪いことしたなあ」

「でも、ザッシュが頑張ってくれたから、わたくしもルーシアも生きてるのですわ。凄い戦いでしたの……まるでザッシュは、聖なる剣をたずさえた救世主メシアのようでしたわ」


 ザッシュの持つ埒外異物オージャンク、拳銃が新たな力を獲得した。

 先程、シオンから貰った部品を組み込んだ結果だ。ザッシュの銃は中央部に糸巻きリボルバーのような構造があり、回転するその中に最大で六つの部品を入れることができる。円筒状の部品はそれぞれ、不思議な力を発現する反面、どれも一長一短だ。

 一撃必殺の威力を誇る、フォトン・ブラスター。

 殺傷力は低いが、連射が長持ちするアイシクル・ショット。

 そして、先程のレイ・キャリイバー……銃自体が変形する光の剣だ。

 改めてシオンが、ドルクを背負って歩きながらつぶやいた。


ORI-GENEオリジーン継承者である少年、君にはその力を使う資格がある」

「また……ねえ、シオン。その、ORI-GENEっていうのは」

禁則事項きんそくじこうにふれるため、私の発言にも制限が課せられている。だが、言うなれば……選ばれし者。いや、この場にいるからには……逆に、、とも言える」

「ちょ、ちょっと抽象的だな。つまり俺は」

「君は私と同じく、この世界の外から入り込んだ人間。この世界に、何らかの理由でれ出てしまった人間だと思う」


 シオンは無表情で淡々と喋る。

 全く理解出来ないが、ザッシュには心当たりがあった。

 自分は記憶もなく、思い出しても断片的にしかわからない。それでも、リータがアマミの町で保存セーブ再生ロード古代魔法ハイエイシェントを使うようになって、最初に呼び出した人間がザッシュだ。

 本来、リータは自分が保存した人間を、その命が失われたあとで再生する。

 再生された人間は、保存した時の状態で蘇るのだ。

 では、ザッシュは以前……もっと昔に、リータに保存されたのか?

 だが、それでは記憶がないことが説明できない。

 一糸纏いっしまとわぬ全裸で現れた理由も不明だ。


「ねえ、シオン。君は……あの悪魔に、っていうか、悪魔像? に乗って、外の世界から来たって言ったよね」

「モノダイバーは確かに、君達が見れば悪魔に見えるだろうな……皮肉なことだ。と戦うことも想定しているので、悪魔と言えば悪魔、それが相応ふさわしいとも言えよう」


 まただ。

 また、シオンはあの連中と言った。

 それが、彼女があの悪魔像に乗って戦った相手なのだろうか?

 そして……この世界の外には、何が起こっているのだろうか?

 だが、シオンの背で豪快な笑いが響く。


「こまけぇことは、いいさ! なあ、ボウズ。へへ、アマミへの下り階段が見えてきたぜ……まさか、生きてまたこの場所に戻ってこれるたぁな」


 ドルクは息が荒いが、意識がはっきりしている。

 止血の包帯は血が滲んでいるが、手当が間に合えば生きながらえるだろう。

 そうこうしているうちに、一同は最後の階段を降りてアマミへ辿り着いた。

 バベルの第10層最上階……100階に広がる謎の安全地帯は、冒険者達のバベル攻略の拠点として町が広がっていた。

 多くの人達が驚きで出迎え、その中から褐色かっしょくの肌の女性が駆け出してくる。

 包帯姿の彼女は、ドルクの妻エルートだ。

 美貌のダークエルフは、シオンが静かに下ろしたドワーフの戦士を抱き締める。


「ああ! ああ、ドルク! よく無事で……」

「へへ、泣くんじゃねえよ、エルート。俺ぁ無事だ、見ての通りピンピンしてる」

「どこか無事だと言うのです! 私をこんなに心配させて! いつも、いつもいつもそう……無茶ばかりして」

「だが、無茶を通せば道理が引っ込む、それが冒険ってもんだ。それに……無茶だったが無理じゃなかった。そうだろう?」

「本当に、貴方あなたという人は」


 すぐに町の人間達が担架たんかを持ってきて、ドルクをその上に乗せる。

 だが、彼は去り際にエルートの手を握ると、ザッシュを見詰めてきた。そして、その隣のリータを見詰めてうなずくと、意外なことを言い出す。


「よぉ、ハイエルフの姫さん……俺ぁ、決めたぜ。……お前さんの古代魔法で、保存してもらえるか? 今度、会いに行く。カミサンと二人で、会いに行くよ」

「まあ……ドルク、では」

「冒険者が保険かけて戦うなんざ、そんなのは冒険でもなんでもねえ。でも、な……俺ぁわかった、少しだが自分の生業なりわい、家業がわかったんだよ」


 ドルクは激痛に顔を歪めつつも、心配するエルートを手で制した。

 そうして、かす担架の町人達にも頼み込むと、言葉を続けた。


「冒険ってなあ、博打ばくちじゃねえ。最後にものを言うのは運だが……幸運はいつも、。そういうもんだ。だから……今度から、保存してから出かけることにするぜ」

「ええ、それがいいですわ。わたくしの力を便利に使ってくださいな。それでドルクもエルートも、二人のもたらす探索結果でうるおう町も、みんな幸せになりますの!」

「へへ、違ぇねえ……じゃ、ちょいと失礼するぜ。イチチ……今日はありがとよ」


 ドルクはエルートに付き添われて、行ってしまった。

 それを見送るザッシュは、リータの笑顔を見下ろし生を実感する。

 こうして、ハイエルフの姫君のドラマチック過ぎる冒険が幕を閉じた。

 だが、この時ザッシュは夢にも思わない。

 いつか思い出として懐かしく振り返る今日が……それが、最後の思い出として記憶されるかもしれないということを。

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