第20話「その力、神威に次ぐ覇吼」

 螺旋らせんを描いた一本道。

 世界樹を取り巻く階段を、ザッシュ達は一気に駆け上がった。

 立ち塞がるモンスターの大群を、真っ二つに切り裂きながら。

 そして、目の前に扉が現れる。

 第11階層、暗緑ノ樹海アンリョクノジュカイ……その先は、階層の終わりである110階だ。


「よしっ、みんな! 少し休むぞ……私が見張りに立とう!」


 異常なまでの体力で元気なのは、ルーシアだ。たのもしいことに、息も乱さず疲れた様子を見せない。わずかに汗に濡れているが、彼女は無傷でピンピンしている。

 だが、ザッシュも含め全員が疲労困憊だった。

 ほぼ戦闘に参加していないシオン以外、皆が消耗を強いられた。


「ハァ、ハァ……リータ、平気?」

「え、ええ……大丈夫、ですわ」


 少し螺旋階段を降りて、いま来た道をルーシアが見張る。

 その間、誰もが段差に腰掛け水分を補給した。ザッシュも、ようやくシオンの手を放して崩れ落ちる。隣のリータはシャンとしているが、緊張の連続が可憐かれんな表情を強張こわばらせていた。

 ロアンも魔法を乱発したせいか、黙りこくっている。

 そんな中で、シオンだけが平然と世界樹を見上げていた。


「ふむ……機能はしている、な。システム正常……しかし、何故バベルの中に? もしや……いや、まさかな」

「シオン、えっと……ちょっといいかな?」

「ああ、ORI-GENEオリジーン継承者けいしょうしゃよ。私の知りうる限りでよければ、なんなりと」


 ザッシュは呼吸を落ち着けつつ、小柄なシオンを見やる。

 まばたきすらせずに、不思議な装束しょうぞくの少女はこちらを見詰めてきた。


「さっき……君の力を介して、敵の能力値が見えた。モンスターのいろいろな力を、数値化したものだね。あれは」

「あれは、ステータスのパラメータだ。この世界に設定されたモンスターの、その強さを示したものだ。このバベルでは一応、上に登る程に強いモンスターが出るようになっている」

「そう、それ。それなんだけど……このバベルは、何だい? そして、俺は……ORI-GENEっていったい」


 だが、シオンは語る前にポケットから何かを取り出した。

 それは、見覚えのある小さな円筒状の物体だ。

 シオンは無言で、それをザッシュの鼻先に押し付けてくる。


「これは……あ! もしかして、この銃の?」

「今の時代では、銃は埒外遺物オージャンクと呼ばれてるらしいな。……私としては、今はそれでいいと思う。しかし、緊急時であること、ORI-GENEの継承者であることを加味すれば、これを持つべきはあなただ」


 それは、ザッシュが使っている銃の弾丸だ。

 弾丸というよりは、その銃の力を解放させるカートリッジとも言える。これで銃のシリンダーにある六つの穴のうち、三つが埋まった。強力だが一発しか撃てないフォトン・ブラスター、連射が可能だが低威力のアイシクル・ショット……そして、今もらったカートリッジだ。

 そして、どうやら効果を確認している時間はないようだ。

 すでにもう、エルートにドルクの救出を依頼されて一時間近くが経過している。

 休んでいたロアンが立ち上がり、ルーシアも再び先頭に立つ。


「さて、この先に主が……次の階層への階段を塞ぐモンスターがいる訳か。ザッシュ! ……いいな? 姫様を守れ。死守だ」

「は、はい。因みに守り損ねたら」

「その時は……貴様を斬るっ!」

「ま、まあ、知ってましたけどね。ええ、頑張りますよ。死守ね、死守」


 そう言って笑いを引きつらせながら、ザッシュはリータに手を伸べる。

 彼女は気丈にも、無理に笑みを浮かべて立ち上がった。彼女の手が熱くて、そして微かに震えている気がした。

 バベルの迷宮は、10階ごとに階層で区切られている。

 そして、その階層の最後には、毎回強力な大型モンスターが存在するのだ。

 この暗緑ノ樹海にも、当然このすぐ先に親玉が待ち受けている。そして、ドルクはまだそのモンスターと戦っている。妻のエルートを逃しながらも、自分の生還も考える……それが一流の冒険者ドルクのはずだ。


「よし、行くぞ! ロアン、魔法で援護を。私が正面で敵を迎え撃つ」

「わかりました。今までと同じで……大丈夫、いけますよ。我々エルフの力を、アマミの街に知らしめるいい機会です」


 ロアンもわずかに声が震えている。

 そのことに気付いても、ルーシアは静かに笑って咎めなかった。武人のたたずまいは、今日も頼もしく先頭を歩く。彼女が開け放った扉の向こうで、階段が開けた場所へと繋がっていた。

 世界樹の頂点に、王冠クラウンのように広がる円形のフロア。

 その向こう側へ、さらに上へと伸びる階段が見える。


「あれは……ドルクさんっ!」

「まあ……いけませんわっ! ザッシュ、お願いします。わたくし、信じますの!」


 咄嗟とっさにリータが飛び出してしまった。

 今はもう、ぱんつ丸見えなのも気にならない。

 フロアの中心に倒れたドルクへとリータが駆け寄る。血に濡れたドワーフの戦士は、どうやらまだ生きているようだ。

 銃を構えてリータに続けば、ルーシアが剣を抜く。

 ロアンも魔法を準備し始め、シオンは戦闘を見守るべく階段まで下がった。

 そして、ザッシュとリータを巨大な影が包む。

 それを見上げて、苦しげにドルクは呟いた。


「よぉ……ボウズ。お姫様も一緒かい? へへ……格好、悪い、とこ……見せ、ちまっ、ゲファ! グ、アア……」

「戦士ドルク、貴方は立派なドワーフですわ。いさおしほまれに満ちた、真なる強者つわものです。ですから……ですから、死んではなりません! ダークエルフといえど、エルートはわたくしの同胞はらから……一人にしてはなりませんの!」


 やはりリータは、立派なだ。

 黒い血を吐くドルクを手当しながら、自分が汚れることをいとわない。

 そして……頭上から巨大なモンスターが舞い降りた。

 広げる翼が叩きつけてくる、強い風圧。

 リータは歩くのも困難な中、ドルクに肩を貸して逃げ始めた。ザッシュが見た限り、ドルクの傷は無数にある。だが、出血は派手だが致命傷は一つだけだ。

 そして、その大きな傷を急いで塞がねば、死にいたるだろう。


「ザッシュ! 姫様とドルクの手当てを……フッ、こんなところで夢がかなうとはな!」


 ルーシアだけがこの場で、血気盛けっきさかんな意志を燃やしていた。

 身構え立つ彼女の影にかくれながら、ロアンが帽子を手で抑える。


「ルーシアさん! 何ですか、夢って……僕には悪夢ですよ、悪夢!」

「ふっふっふ……姫様のような高貴な方の騎士になり、そして! 優れた画家として名を残す。その過程で、私は待っていた……そう、龍殺しドラゴンスレイヤーの称号を得る日をな!」


 そう、りゅうだ。

 巨大な翼を広げたドラゴンが、ゆっくりと舞い降りる。

 ズシリと揺れた床は、あんなに広かったのに……今は巨体を迎えて息苦しい。圧倒的なプレッシャーを放つ、青いうろこのドラゴン。これが恐らく、この階層の主だ。

 もっとも神に近いとされる生物、それがドラゴン。

 時には人間に叡智えいちを与え、聖人の守護者ガーディアンとなることもある。

 だが、目の前にいるのは怒りに目を血走らせた、天災クラスの脅威だった。

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