第16話「扉が閉ざしていたもの」
バベル第11階層……
現れるモンスターに新たに一種、巨大トカゲのリザードタイラントが増えた。恐るべき巨体と力を持つが、どうやら動きは鈍いらしい。
それでも尋常ならざる生命力で長期戦になったので、ザッシュは決断した。
「っと、そろそろ冷却が終わるな。ふう……もう一匹あんなバケモノに出られたら困るところだった。……ん? どうしたんですか、ルーシアさん」
一同は先程のリザードタイラントを
その間ずっと、先頭を歩く女騎士ルーシアは不機嫌だった。
「時間をかければ、私一人でも勝てた。我が剣には巨体の怪物と戦う奥義もある」
「あ、ああ……いや、その、すみません。出過ぎた真似だったかもしれませんね」
「いや、姫様をお守りしろと言ったのは私だ。だが……おもしろくない! それだけだ! あーもぉ、斬りたい! 魔物で我慢するから、斬りたーい!」
ロアンが小声で「気にしなくていいです」と耳打ちしてくれた。
どうやらルーシアは、リータを守る騎士として非常にプライドが高いらしい。
そのリータだが、ザッシュの後ろをベルティと一緒に歩いている。
何か面白い話があるのか、リータはいちいち
そうこうしていると、少し歩いて先頭のルーシアが振り返った。
「ここだな……ふむ、確かに地図上では不自然な区画だ。この扉の奥がまるまる空白地帯とは。ロアン、魔術的な仕掛けやトラップ等がないか調べてくれ」
「わかりました、ルーシアさん」
ロアンは魔法を使って戦う、いわば
ローブ姿に杖を持った彼が、慎重に扉の周囲を調べ始めた。
不思議な扉で、この森で区画を隔てる扉とは少し違う。
ザッシュはどこかで見たような気がするし、それを覚えていないような気がした。ただ、それが中央から左右に分かれる引き戸で、材質も周囲の扉や壁とは違いそうだ。
そう思っていると、隣にリータがそっと立つ。
「ザッシュ、この扉ですのね。ベルティが言ってた開かずの扉というのは」
「そうみたい。って、あ! ちょ、ちょっと、リータ!」
リータは
その耳がパタパタと揺れていて、どうやら好奇心が抑えられないようだ。
「危ないよ、リータ。今、ロアンが調べてるから」
「ええ、でも待ちきれませんわ。嫌な予感を感じませんし。それに、ベルティが言う通り……何だか扉がキラキラしてますの」
「そう言えば……って、待って! 危ないかもしれないから!」
そっと手を伸べるリータに、思わずザッシュは一歩下がった。
その時、手が扉に触れた。
そして突然、異変が訪れる。
『システム認証……DNA確認。
突然、小さくプシュッ! と音が鳴って……扉が左右に開いた。
あまりに唐突で、先ほどから魔力で慎重に調査していたロアンがスッ飛んでくる。
「ザッシュ! 君、何をしたんだ!? どうやって開けた!」
「あ、いや……手が触れたら開いたみたいで」
「何を言ってるんだ? どういう仕組で」
だが、確かに無機質な声が言っていた。
――ORI-GENE、と。
その単語の響きが、不思議と心に引っかかる。
自分の失った記憶の中に、その言葉があるような気がした。
そして、その答がこの扉の向こうにあるのか?
そう思っていた瞬間だった。
「よっしゃあ! 待ってろぃ、お宝ちゃーん! そーれ、突撃ぃぃぃぃぃっ!」
あっという間に駆け出したベルティが、何の警戒心もなく飛び込んでいった。
慌ててザッシュも皆と続く。
バベルの構造と周囲のマッピング済み区画を見れば、この先はそう広い場所ではない。だが、薄暗い中で悲鳴が響く。それはズンズカと先に進んで見えなくなったベルティの声だった。
追いついたザッシュも皆と一緒に言葉を失う。
突き当りの小さな部屋は、ほのかな明かりの中に異様な光景が浮かんでいた。
腰を抜かしたベルティが、震える手で指差す。
「こ、ここっ、これは……悪魔? バケモノだよ、死んでるのかな。えっと……お宝、は? こんだけ? 他になんもなし?」
そう、悪魔……古代の聖典に出てくる、魔界から這い出た悪魔のような姿があった。
身の丈はゆうに7、8mはある。
高い天井のホールで、その悪魔は片膝をつくようにしてうずくまっていた。
「えっと、これだけ? みたいだね」
ホッとしたし少し拍子抜けしたが、ザッシュは内心胸騒ぎが収まらない。
何故、こんなものがわざわざ開かず扉の奥にあるのだろうか?
そして、どうして自分はその扉を開くことができたのだろう?
だが、疑問を脳裏に並べるザッシュの隣で、リータが
慌てて駆け寄るザッシュを振り返り、リータは居並ぶ面々を見渡す。
「何か、おかしくないでしょうか? ここはバベルの中なのですわ。それなのに」
「い、いや、リータ。それは……あ! そうか、そういえば妙だ」
ザッシュも気付いた。
そして、ルーシアもロアンも互いを見詰めて首を傾げている。
それは、あまりにもこの世界の人間にとって当たり前だから。
逆に、この世界に目覚めて間もないザッシュには異様に思える。その非情な
「これが悪魔の死骸だとしたら……何故、時間の経過と共にバベルに吸い込まれないんだ? モンスターは勿論、人間だって死ねば消えてしまうのに」
「おっ、言われてみれば……なるほどー、じゃあさ。逆説的に悪魔は生物じゃないってこと? でも、いちおーうちの神様の教義では悪魔や天使も……
ベルティもようやく立ち上がって、しげしげと悪魔の巨体を見詰める。
どうやら失望したのも今は忘れて、彼女の中の欲が復活したらしい。恐る恐る悪魔に近付き、リータと一緒に触ってみる。危険はないと判断したのか、ルーシアに出入り口の警戒を頼んでロアンもやってきた。
そして、彼の口から驚くべき言葉が告げられる。
「これ……生物じゃないな。だからバベルに吸い込まれないんだ。つまり、死んでいるという表現すら
「と、いうと……ロアン、まさか」
「周囲に精霊の力を感じない……かといって、生物でもない。つまりこの悪魔は被造物、誰かが造ったものだ」
ロアンはそう断言して手で触れる。
「やはり、未知の金属だが人の手で作られた物だろう。とすれば、人や神魔を
ロアンが首を傾げつつ、調査に没頭してゆく。
どうやら彼の探究心は、こういったものに刺激されるらしい。
金目のものはとベルティも加わり、二人はそこかしこを触りながら悪魔をよじ登り始めた。やれやれとザッシュが肩を
「でも、怖いものでなくてよかったですの。それと、宝物でもありませんわ。その方が平和な気もします」
「そうだね……まあ、ベルティさんには気の毒だけど、骨折り損という感じかな?」
「あら、わたくしはそうは思いませんわ。それに、やはりザッシュが何かしらの特別な力を持っている人間と感じました。今はそれが確信できる気がしますの」
「まさか。何かの偶然かもよ? たまたま魔法の仕掛けが、俺が触った時に反応したとか」
だが、自分で言っててザッシュはその言葉を信じられない。
何故なら、あの時確かに冷たい声を全員が聴いたのだ。ザッシュが触れたことで、あの扉は何かを認識し、ザッシュの中に探していた鍵を見つけ出したのだ。
恐らく、その鍵の名がORI-GENEだ。
「ORI-GENE……オリジナルのジーン、つまり遺伝子? いや待て、どうしてそんな言葉を俺は知ってるんだ? 遺伝子、それは――」
謎はさらに深まった。
そして、そのことに思考を巡らせる時間が突然中断させられる。
ベルティとロアンが戻ってきたところで、突然……悪魔の瞳に
身震いするように悪魔は、突如として動き出したのだった。
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