第15話「彼女を守ると決めたから」
バベルの
以前、この森の入り口にザッシュは入ったことがある。リータと共に、逃げ遅れた冒険者の救出を試みたのだ。
だが、非情なバベルの
ドルクとエルートという
再び暗緑ノ樹海へと挑むザッシュは、既に107階まで来ていた。
それも、驚くほど順調に。
「リータ、俺の影に! アイシクル・ショット、まだ撃てるっ!」
大きな拳銃を両手で構えて、ザッシュは
高速で打ち出された氷の
先日、アマミの自治会長であるアレンから貰った、弾薬のようなパーツ。
それを
「これは……使えるな。フォトン・ブラスターと違って持久力がある。いいね」
どうやらアイシクル・ショットは、空気中の水分を集めて凝結させ、それを弾丸として撃ち出すようだ。
その分、アイシクル・ショットの威力は低めで、ロッキーベアくらいの大物ともなれば一撃必殺という訳にはいかない。
だが、今のザッシュには足止め程度の牽制で十分だった。
「よくやったな、ザッシュ……しからば、斬るっ!」
剣を構えたルーシアが、ザッシュごとリータを
あっという間に、長い黒髪を翻して疾風になる。
怒りに燃えるロッキーベアの爪をかいくぐり、ルーシアは一刀のもとに斬り捨てた。あまりにも鮮やかな一撃が、バッサリと巨大な怪力熊を真っ二つにする。
その頃にはもう、周囲の他の魔物も
道中が楽なのは、ルーシア達が強過ぎるからだ。
そして、小物の相手をしていたロアンも魔法の杖を手に近寄ってきた。
「片付きましたよ、姫様。さ、死体が消える前に素材や肉を回収しましょう」
「は、はいっ! ……うう、やはりわたくしはお荷物になっているようですね」
「ハッハッハ! 私もロアンも姫様を守るのが務め、お気にめさるな。それに、私達の腕からすれば、姫様もザッシュも似たようなものです。必ずお守りします! ご安心を」
ルーシアはやたらと張り切っている。
そして、その自信に恥じぬ剣の腕でパーティを牽引していた。
ロアンの魔法も見事である。
結局リータは、腰に下げたレイピアをまだ一度も抜いていなかった。やはりというか、姿ばかり冒険者を気取ってみても……どうやら剣の扱いはまだまだ未熟らしい。
そうこうしていると、今まで隠れていた影がヒョコリと現れた。
「おお、さっすがー! エルフの女騎士、つえええええ! ……っし、解体しよーよ! ほら、急いで! ロッキーベアの手がさ、
「ベルティさん……今までどこに」
「ん? ああほら、わたしって
「ア、ハイ……ったく、いい根性してるよなあ。戦闘になる
「まあまあ、ほら! 姫さんも言ってたじゃん? 命を大事にしろって! ささ、ナイフを。わたしはね、右手! 熊の手は右手がいいんだよ。
いたいけな命がどうこうと言う割には、乱暴にベルティはザクザク死体を解体してゆく。その手際だけは鮮やかで、あっという間に毛皮や肉が仕分けされていった。
そして、
周囲に散らばった魔物の死体は、光と共に消え始めた。
このバベルの迷宮では、命を落とした生物は全てが吸収されてしまう。
どこへ行くのか、どうなるのかは誰も知らない。
「……ロアン、こいつは見事に
「待ってください、ルーシアさん。姫様の
「ふむ、それもそうか」
リータの護衛役だけあって、ルーシアとロアンの強さは特筆すべきものがあった。二人は冒険者ではないが、フロアランク108のベルティが全く働いてなくても動じない。そればかりか、苦もなく次々と魔物を
だからザッシュは、リータの側で彼女を守ることに専念できた。
「よし、進むか! なに、心配はいらない。道なき道を斬り開いて進み、並み居る魔物を斬り伏せ歩く! 斬って斬って斬りまくるぞ、ワッハッハ!」
「ベルティさんも、あの……申し訳程度でいいので
「わはは、わかったよロアン。じゃ、今度から神の
三人は意気揚々と更に先へ進む。
その背に続こうとしたザッシュは、ふと振り返った。
肌も
「リータ? どうしたの?」
「いえ、大丈夫ですわ……はぁ、わたくしってばやっぱり駄目な子なのですね」
「はは、そんなことないさ」
「せっかくアマミの武器屋さんと防具屋さんで、自分で選びましたのに」
「……何が判断基準になってるかは、ちょっと疑問だけどね」
ルーシアもだが、エルフの女性はどうして
そのことをやんわり聞いてみたら、リータは耳をパタパタと激しく振り出した。
「まあ! ……かわいく、ないでしょうか」
「いや、それは……かわいい、というか……はは、ちょっと、いや、凄くいいけど」
「よかったですわ、ふふ。エルフは本来、精霊の声を聴いてその助けを借り、時には契約の元に魔法として力を行使しますの。でも、わたくしはその才能がないのですわ」
「でも、その代わり凄い
「ありがとう、ザッシュ。そう言っていただけると……わたくし達が肌を
ただ、リータはその精霊を感じることもできないと言う。
なるほどと一応納得しつつ、やはりザッシュは気になる。普段の
直視できないのが難点だし、こうして肌を晒しても彼女は精霊の
それでも、リータはニッコリと
「やっぱり、着るならかわいいものがいいですの。それに……かわいく、見られたいですわ」
「う、うん。ちゃんとかわいいよ。凄く……凄く、かわいい」
「ふふ、よかった」
ようやくリータが歩き出す。
その横に並ぶザッシュは、突然の告白を聞かされる羽目になった。
「ザッシュ……恐らくわたくしはもう、このバベルとアマミから出ることはないと思いますの。ここで生き、子を産み育てて、冒険者の皆様を記憶してゆく。その命を
「リータ……」
「でも、いいんですの。こうして王家の力にもなれてますし、ルーシアやロアン、そしてお友達の皆様がいてくれますわ。勿論、ザッシュも」
リータは語った。
ハイエルフのバベル攻略への協力の
冒険者も古代魔法の恩恵で、命を落としてもやり直すことが可能になった。
だが、そうした中でリータ個人の自由は
エフルで42歳といえば、まだまだ年端もゆかぬ少女だ。
そんなリータにはもう、自分で選ぶ未来など何一つないのである。
「わたくしはでも、何も悲観してませんわ。ただ、アマミとその周囲がわたくしの世界なら……バベルの冒険で、それを広げられるような気がしていますの」
「強いんだね、リータは」
「ふふ、それに……小さな頃から物語や
不意に立ち止まったリータが、ぐっと顔を近付けてきた。
すぐ間近で見上げてくる真っ白な少女は、
「ザッシュ、わたくしをこれからも守ってくださいね? 一番近くで、いつも、いつでも。いつまでも、守ってくださいな」
「わかったよ、リータ。出来る限り、全力で君を守る。ずっと守るよ」
ザッシュの言葉にリータは、この日一番の笑顔をくれた。
こんな休日も悪くない、そう思ってザッシュは再び歩き出す。少し先で振り向くルーシア達の前に、上への階段が見えた。107階も構造こそ複雑だったが、どうにか
だが、この時まだ誰も知らない。
108階、まだ誰も開いたことのない扉の向こうに……何が待っているのかを。
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