第14話「ホリデー・クエストは突然に」

 安息日あんそくび、それは一週間の終りと始まり。

 毎週この日が、世界規模で休日となっている。公的機関や学校、冒険者ギルドなどは休みであり、商店や飲食店は賑わう時だ。

 無論むろん、このアマミの街でも同じである。

 ただ、冒険者という職業は昼夜を問わず曜日感覚とも無関係だった。


「ちょっと、ザッシュ……随分とまた遅いお目覚めね!」


 山猫亭やまねこていの酒場も、朝は食堂として使われている。

 早朝の混雑も一段落して、今は客の姿もまばらだ。

 エプロン姿のネージュに出迎えられ、ザッシュはあくびを噛み殺した。ここ最近、ザッシュは山猫亭の一室を間借りしているのだ。リータに同じ住居に住むよう求められたが、その背後でにらむロアンとルーシアに拒絶されたのである。

 どうやらザッシュは、ハイエルフのお姫様についた悪い虫だと思われてるらしい。

 だが、それでも仕事中は二人共ザッシュを信頼してくれていた。

 ――そうだと思うので、それを信じたかった。


「おはよう、ネージュ。朝ごはん、まだあるかな?」

「あのねー、もう看板かんばんだよっ! 今何時だと思ってる? 九時だよ、九時!」

「もうそんな時間かあ。あ、ネージュのそのエプロン、おろしたて? かわいいね」

「でしょ! ふふ、ちょっと待ってて。何か残り物を持ってきてあげる!」


 チョロいネージュをコロコロ転がし、キッチンの方へと見送る。

 そうして手近なテーブルに座ると、すぐに人影が近寄ってきた。


「おーっす! ザッシュ、今日はひま? 暇だよね? ねっ!」


 誰かと思えば、ベルティだ。

 しかも、朝から赤ら顔で酒臭い。

 彼女はザッシュに断りもなく、向かいの椅子にドッカと腰掛けた。


「おはようございます、ベルティさん……朝からお酒を飲んでるんですか?」

「まーね! 安息日だし」

「……ベルティさんって、聖職者せいしょくしゃですよね」

「ん? そだよ? どした、何で?」

「い、いえ……いいです」


 手にしたビンとグラスで、堂々とベルティは酒を飲みだした。のどを鳴らして浴びるように飲み、「かーっ! この一杯っ!」と豪快な溜息ためいきこぼす。

 修道女シスターの格好だけは律儀に着こなしているので、余計に怪しくて胡散臭うさんくさかった。

 だが、彼女はグイと身を乗り出してザッシュの顔を覗き込んでくる。

 野性味があって無邪気な顔は、十分に美女と言える程度に整っていた。


「ザッシュさ、今日……わたしと一緒にバベルの迷宮ダンジョン行こうよ! 上に!」

「はぁ? ……何でです? どうして」

「っしゃ、サンキュ! がんばろーぜっ、ワハハ!」

「あの、会話が成立してないんですけど」

「だいじょーぶっ! 昨日ちゃんとリータに会って保存セーブしてきたから」

「そういう問題じゃないんですけど」


 ベルティのフロアランクは108、これはかなりの高レベルだ。

 現在、バベルは109階までが攻略されている。しかし、そこから先の探索が思うように進まない。単純に出現する魔物が強く、命を落とすものが絶えないからだ。

 そんな現状を打破すべく、リータがこのアマミにやってきた。


「ええと、何をしに迷宮に」

「ほら、108階に謎の空白地帯があるって言ったじゃん? それよ、それ!」

「何か、あんまし話が見えてこないんですけど……」

「おいおい、オトコノコだろー? キンタマついてんだろ! 夢を見ようよー、夢! ドッリィーム!」


 ベルティの人となりは理解している。

 知りたくもなかったが、この短期間で熟知できたのだ。

 繰り返し死んで再生ロードされる彼女を、何度も何度も見てきたから。

 勢いだけの享楽的きょうらくてきな冒険者で、いうなれば生臭坊主なまぐさぼうずである。それでいて言うことだけはデカくて後先あとさきを考えていないからたちが悪い。

 美貌もかすむ馬鹿っぷりが憎めないのも、ザッシュに取っては頭痛の種だ。


「言っとくけど、俺は弱いですよ? それに、冒険者じゃない」

「でもさー、埒外遺物オージャンクを持ってるじゃん? すっげーやつなんだろ、それ!」


 思わずザッシュは腰に手を当てる。

 ホルスターの中には銃が今日も冷たく光っていた。

 取り立てて技能もない記憶喪失のザッシュにとって、この銃だけが確かな自分の力だと言えた。だが、何故自分が銃を起動させられたのかはわからない。

 深く考えないようにしているが、銃の存在はありがたかった。

 同時に、考える糸口すら得られない過去はずっと気になっている。

 そんなザッシュの気も知らずに、ベルティは大きな瞳を輝かせた。


「108階のここ、だーれも入ってないの! 扉が開かないんだよ」

「へえ、それで」

「だからさ、なんだかビッグなお宝が眠ってると読んだわけ!」

「……それで、連日死を繰り返してたと?」

「普段のわたしは慎重だよ? すっげえ手堅いよ? でもさー、保存と再生を知っちゃったらさー……欲が出る訳じゃない? わかるっしょ、ね? ねえねえ!」


 ようするに、ベルティは108階の謎の空白地帯を調べたいらしい。それで今、仲間をつのっているが誰も乗ってこないという。彼女のここ最近の奇行を見聞きすれば、それは当然にも思えた。

 そうこうしていると、突然背後で聴き慣れた声が響く。


「ザッシュ、わたくしも御一緒ごいっしょしますわ……皆で参りましょう!」


 振り向くとそこには、リータが立っていた。

 完全武装のルーシアとロアンを連れ、彼女自信も普段の神秘的な装束しょうぞくとは違う。軽装だが防具を身に着けマントを羽織はおり、腰には銀のレイピアを下げている。

 ルーシアもそうだが、何故か水着のような鎧姿だ。

 何故、エルフの防具はこうも露出が激しいのだろうか。

 思わずドキリとしたザッシュに、彼女はいつもの微笑みで近付いてくる。


「ベルティさん。五人で参りましょう」

「えっ、マジ!?」

「はい、マジですの」

「やたっ、これってつまり――!」


 椅子いすってベルティがリータに駆け寄る。

 だが、リータは手を取り握られても満面のスマイルだ。

 そして、声だけははっきり強く意思を伝えてくる。


「ただ、わたくしは今日は保存と再生の儀式はお休みですわ。今はただの冒険者……魔法が使えませんので、せめてと剣を取りました」

「えー! せっかく姫さんと一緒なのに? どこでも保存! 瞬時に再生! みたいなの」

「だーめ! 駄目ですの!」

「……ハイ。でも、一緒だと嬉しいな。わたし、俄然がぜん張り切っちゃう!」


 そして、ザッシュに朝食を持ってきたネージュも話に加わる。

 温め直したスープの残りで、リゾット風のおじやからいい匂いがした。


「この人さー、ザッシュ。うちの預かり屋を使ってくれてんの。で、思いついた訳……道具や武具の他に、

「そう! そうなの! ネージュはチョロいからさー、話を持ちかけたら一発オッケーだった。お金を預けて、その一割を預かり屋の取り分にすんの。これで死んで再生されても、財産が半分になるこたー、ないっ! さらば貧乏生活!」


 なんというか、ザッシュはあきれてしまった。

 死なないようにする、慎重に冒険するという発想はないのだろうか。

 だが、同時に少し不思議に思った。

 あのリータが、バベルの迷宮を冒険したいだなんて……意外である。彼女はこのアマミでは高貴な身分でもあるし、重責を担う人間だ。


「そういえばリータ、あの……何で迷宮に――」


 思わず口をついて出た言葉を、横にやってきたロアンが止めた。彼はひじで軽く小突いて、目線でうなずいてくる。相変わらず見事な腹筋もあらわな鎧姿で、ルーシアもひとみで語っていた。はっきり無言で『斬るぞ』と言っている。

 こうしてザッシュの奇妙な、そして大波乱の休日が始まるのだった。

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