・リータの小さな大冒険

第13話「そしてセーブとロードはああなった」

 山猫亭やまねこていの客足減少問題が解決してから、三日が経った。

 ネージュの話では、宿泊客が減った分を埋め合わせるだけの冒険者がおとずれているそうだ。皆、自分の持つ武器や道具、そして貴重な遺物の管理には注意を払うからだ。

 何より、リータの保存セーブ再生ロード古代魔法ハイエンシェントは、

 保存後にバベルの迷宮ダンジョンで得た全てを、再生時には失ってしまうのだ。

 それでも命が助かると知って、集会所のセーブポイントには行列が絶えない。


「リータ、少し休憩しなくて大丈夫かい?」


 リータの側に控えて、ザッシュは行列を整理しつつ彼女を気遣きづかう。

 リータは朝からずっと、冒険者の相手をして思い出話を聞いていた。

 彼女の中に自分という存在をきざみつけ、多くの者達が安心して迷宮へと出発してゆく。今はとどこおっている上層への探索も、最近は最盛期の勢いを取り戻したと聞いていた。

 だが、ザッシュはリータの忙しさが気になる。

 昼食の休憩を挟んで、朝から夕方まで大忙しだ。

 それでもリータは、値千金あたいせんきんの笑顔で誰とでも話してくれた。

 そんな彼女が、ふと視線を外して天井を見上げる。


「まあ……ザッシュ、此方こちらの方に少しお待ちいただいてください」

「また? ……またなんだね……もしかして、今回も」

「ええ、そのようですわ」


 本日、三度目だ。

 まだ午前中だというのに、三度目の再生……それは、リータが感じた死の予兆。彼女が大事な思い出を預かった冒険者が、迷宮のどこかで命を落としたのだ。

 そして、誰が死んだのかをザッシュは即座に予見した。

 リータは普段通り、歌うように古代魔法の術式を組み上げてゆく。

 ほのかに光る円環リングは、一人の少女をその場に現出させた。


「たっだいまー! いやあ、びっくりした! 魔物の不意打ちですよ、不意打ち! 卑怯だなあ……って、あれ? 拾ったはずの遺物アーティファクトが!? 回収した魔物の素材や肉も!?」


 現れたのは神官のベルティである。

 そう、またベルティだ……朝イチで保存して出立した彼女が、こうしてリータに再生してもらうのは本日三度目である。

 彼女は以前もそうだったように、財布さいふを確認してからにんまり笑った。


「ふう、お金は大丈夫……愛用のハンマーちゃんもオッケェ!」

「あの、ベルティさん」

「あ、ザッシュ! これ? このハンマーは『ブットバスター君8号』だよっ!」

「や、それはどうでもよくて……何ていうか、早くないですか? 死ぬの」

「しょーないじゃん? わたしはフロアランク108だけど、あそこ魔物が強いんだもん」


 悪びれた様子もなく、ベルティは勝ち気な笑顔でザッシュの背をバシバシ叩く。

 彼女と夜の宿屋で出会ってから、すでに三日。その間にザッシュは、数え切れぬベルティの保存と再生に立ち会ってきた。一度など、リータがお手洗いの最中に死を察知し、よせばいいのに急いでその場で再生してしまったこともある。

 以来、保存だけでなく再生も、集会所での活動時間に限ることにした。

 週末に死ぬと、安息日を挟んだ翌週の朝になるまで再生されないのである。

 だが、ベルティの死にっぷりは異常だ。


「108階にさあ、地図の空白地帯があんの。だーれも入ったことがない、むしろ入れない? かずのとびらがあって、なんかキラキラしててさ」

「ハイハイ、それはいいですから……ちょ、ちょっと、離れてくださいよ」

「わはは、照れるな照れるな! ほら、ここだよ、ここっ!」


 ベルティは遠慮なく密着してきて、羊皮紙ようひし巻物スクロールを広げる。地図を見れば確かに、108階の南東の隅に不自然な空間が広がっていた。

 だが、ザッシュはさり気なく抱かれた二の腕に、豊満な胸の感触を感じて落ち着かない。

 リータが声をとがらせたのは、そんな時だった。


「ベルティさんっ! 保存、どういたしましょう。後がつかえてるんですの! ザッシュもあなたにばかり構っていられませんわ!」


 振り向けば、両耳をピンと立てたリータが眉根まゆねを寄せていた。

 普段から笑顔の絶えない温厚な彼女の、珍しい怒りの表情らしい。どうしてベルティにだけ、こういう顔をするのだろうかと思ったが、ザッシュには当然にも思えた。セーブポイントと名付けられた仕組みの利用者で、ベルティだけが突出して死亡回数が多いのだ。

 むしろ、リータがいなかった以前に、よく108階まで登れたものである。

 こう頻繁ひんぱんに死なれては、リータも憮然ぶぜんとしてしまうのだ。


「ほら、ベルティさん。リータもああ言ってるし……それに、死に過ぎです」

「まあ、便利なもんは活用しないとね! わたし、ザッシュのお陰で前よりずーっと冒険、大冒険できるようになった! 死んでも大丈夫と思ったら、ガンガンいける! そして、ける! なんてな、わはは」

「いいから離れてください、神官なんですよね? 聖職者なんですよね?!?」

「まーね! でもほら、うちの神様は寛大かんだいだから! ギャンブルも酒もオッケェ! ついでにかわいい男の子もオッケェ! って感じ。わたしの個人的な解釈ではそうなの」


 そうこうしていると、リータがベルティとザッシュの間に両手を差し込み分け入ってくる。彼女は背にザッシュを守るようにして、ベルティに対峙した。

 互いの形良い胸と胸とが触れ合う距離で、リータは瑞々みずみずしい声に怒りをにじませる。


「ザッシュを誘惑しないでくださいまし!」

「誘惑? ああ、ザッシュ? だいじょーぶっ! 姫さんのはらないよぉ。ちょっと借りることはあるかもしれないけど」

「なっ……ザッシュは物ではありませんわ。ねこの子のように言わないでくださいな」

「ネコだってタチだって、物じゃないよん? モノぶらさがってなくてもいいしさ、わたし……やっぱこうして見ると、姫さんって綺麗だよね! どう? 今夜あたり、どう! 一緒にいいことしようぜっ!」

「どう、とは? いいこと、とは」

「安心しなよ、わたし優しいからさ! どっちもいけるクチだし!」


 話が噛み合っていない。

 困惑しつつリータは、ザッシュを守る母親のような顔をしている。ベルティから遠ざけようと必死で、その姿を見た冒険者達からも笑いが巻き起こる。

 だが、その中から聴き覚えのある野太い声が叫ばれた。


馬鹿野郎ばかやろうっ! 手前ぇ等も笑ってる場合かよ……命を軽く見んじゃねえ!」


 誰もが振り返る視線の先に、鎧の塊みたいなドワーフが立っていた。

 左手で巨大な戦斧せんぷかたかつぎ、この場の全員をねめめつける。

 彼の名はドルク、歴戦の古参ベテラン冒険者だ。

 歩み出るドルクに誰もが道をゆずった。


「おう、ベルティとか言ったな……守銭奴しゅせんどのアバズレシスターよう。今日だけで三回は死んでるって、そりゃお前さんの探索に問題があるって話じゃねえか」

「いやいや、照れる! 照れますってドルクの旦那だんな!」

「褒めてねえ! ったく……どうせお前さんのことだ、冒険用のアイテムをケチり、倒した魔物の素材はげるだけ剥ぐ。そういう金に目がくらんだ行動が命取りなんだろうがよ」

「でへへ、仰る通りで……でもさあ、ドルクの旦那ぁ」


 修道女しゅうどうじょ頭巾ずきんに覆われた頭をかきつつ、ベルティは悪ガキみたいに笑った。


「そんな状態でド正論言われても、わたしはなんつーか……みんなもそうだよねえ?」


 多くの冒険者達がうなずき、ドルクはかぶとから小さくのぞ髭面ひげづらを真っ赤にした。

 彼の右手は今、

 妻のエルートは、いつもの玲瓏れいろうなる美貌びぼうで彼の傍らにずっといるのだ。


「……だからよう、エルート。俺は嫌だって言ったじゃねーか。それを、こうやって引っ張ってきやがって。こ、これじゃあ俺ぁ、逃げられねえしよ」

「私はあなたにもリータ姫の保存の儀式を行ってほしいんです。あなたに死なれてしまったら……私はきっと、泣きます」

「わかった! わかったよ、それはわかった! ……わかっちゃいるんだ。だが、保険を掛けて進む冒険は、それは冒険とは言えねえ」


 ドルクも頑固がんこで、エルートの心配そうな表情から目を逸らす。

 生きとし生けるもの、その全てが命は一つだ。

 そして、その摂理せつりをリータの古代魔法は覆すことができる。だからベルティのように安易な選択をする者がいる一方で、命のありかたに今まで通りのすじを通すドルクも間違ってはいない。

 それを差し引いても、エルートが伴侶はんりょを心配する優しさが美しかった。

 リータは両手を腰に当てると、周囲を見渡し身を僅かに乗り出す。


「わかりましたの! わたくしの保存と再生に、もう一つルールをもうけますわ! 死んで再生された方には、何らかのペナルティを与えることにします! ……えっと」


 リータはちらりとザッシュを見た。

 どうやら具体的な内容までは考えていなかったらしい。

 彼女の助力を請うような視線に、ザッシュは大きく頷き進み出る。


「あとでルーシアさんやロアンに相談しますが……こういうのはどうでしょうか、皆さん。今後、。くれぐれも軽はずみな行動は控え、リータの保存はあくまで緊急時の手段、ドルクさんの言うように保険だと考えてください」


 ザッシュの提案はすぐに自治会長のアレンにも伝わった。そして、ルーシアやロアンが調整してくれて、その日のうちにほぼ全ての冒険者に伝わり広がった。

 そうしている間に、ベルティは午後も二度程死んで、所持金を半分の半分まで減らす。

 彼女にはなによりも散財がこたえたようで、それ以降は心持ち死ぬ回数が減った。また、再生されるならと死のリスクを顧みない一部の冒険者にも、いい薬になったようだった。

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