第11話「ドキドキ☆パジャマパーティ」

 山猫亭やまねこていの夜は意外にも早く寝静まる。

 冒険者達は皆、えんたけなわになるとそれぞれの客室に引き上げていった。ある者は十分な睡眠を求め、またある者は一人で武器を手入れする。誰にとっても自分の精神と肉体が、何より一番管理すべきものだった。

 そんな訳で、ザッシュが一晩お世話になる部屋も静かだった。

 だが、その静けさというのが落ち着かない。

 何故なら――


「さあ、作戦会議を始めるわよ! 熱いお茶をとってきたわ。それとお菓子も」


 ネージュが小さなお尻でドンとドアを閉める。

 ベッドが六つある、比較的大きなこの部屋が密室になった。

 小さなランプの明かりが、ついたての代わりに吊るしたシーツに影を映す。まるで夜空に揺れるオーロラのように、三つの人影が浮かび上がった。

 床に絨毯じゅうたんを敷き、ネージュはリータとルーシアとランプを囲んで座る。

 因みに、同席を許されたザッシュとロアンは部屋のすみのベッドで身を固くしていた。


「で、リータさあ……男の子にはやっぱ、別の部屋に寝てもらう?」

「とんでもありませんわ! ザッシュやロアンの意見は貴重ですし、二人共わたくし達とは違った視点を持ってますもの。きっとこの山猫亭のために、知恵を絞ってくれますわ」

「そう? ……そうね! あと、騎士さんは剣を置きなよ」

「む、そうか……姫様の寝所しんじょで、布一枚隔てた向こう側に男がいるなど……斬るしか!」

「や、いいから。斬るなら外でね、部屋が汚れちゃう」


 ネージュはケラケラ笑っているが、ザッシュには気が気じゃない。

 そう、ザッシュはエルフの御一行ごいっこうと同じ部屋に一泊する事になったのだ。


「ロアン、どうします? やっぱり俺達だけで別の部屋に……ロアン?」


 ふと向かいのベッドを見れば、何故か男女を隔てるシーツに向かってロアンは身を正している。ベッドの上で背筋を伸ばして、正座している。

 ちらりとザッシュを見た彼は、薄暗がりでもわかるくらい顔が真っ赤だった。


「おい、ザッシュ! 不敬だぞ……だらしなく寝そべってるんじゃない!」

「や、ベッドですから。寝るとこですから」

「こっ、ここ、この向こうに姫様がおられるのだ。それも、あられもない寝姿で」

「かわいいパジャマでしたよね。今までで一番露出度が低いかもしれないなあ」

「きっ、きき、君っ! ……君もそう思うか! そうか、そうなんだ」


 ぐっとロアンが身を乗り出してきた。

 儀式のためのリータの着衣は、輝くように透けた薄布で羽衣はごろものよう。それを脱いだ先程のエプロン姿も、スカートから細い脚線美きゃくせんびまぶしかった。

 だからといって、ぶかぶかのパジャマがダメかというと、むしろ逆だ。

 肌の露出が少なくても、大き過ぎるサイズゆえにほっそりとした首元が刺激的なのだ。見えそうで見えない胸元から覗く鎖骨が、妙にセクシーである。


「ちょっと男子ー? 聴こえてるからね? ってか、そろそろ始めたいんだけど」


 向こうからネージュが少し声をとがらせてくる。

 そして、そっとシーツが小さく押し上げられた。顔をのぞかせたリータが「お茶ですの」と、マグカップを二つ差し出してくれる。

 ザッシュがロアンとそれを拾い上げると、いよいよ集まりの本題が語られ始めた。


「えー、じゃあ第一回山猫亭売上激減対策会議を始めるわ! ……って、リータ、ちょっと待って! 躊躇ちゅうちょなくカップケーキを……夜なのよ? あとは寝るだけなのよ?」

「姫様、お夜食とはいえそんな……ふ、太ります!」

「あら、そうなのですか? わたくしはなんだか、とてもワクワクしていますわ。これが昔、本の物語で読んだパジャマパーティですのね。さ、皆様もお茶とお菓子をどうぞ」


 話が一向に進まない。

 そして、向かいのベッドではロアンが長い耳まで真っ赤になって聞き耳を立てていた。


「そう、太るのよ! アンタね、リータ。スタイル抜群だけど、腰のクビレとお別れしちゃうことになるのよ? アタシは無理、無理よ……いつも気にしてるもの」

「では、少しだけならどうでしょうか。さ、ネージュも」

「そうね! 少しなら大丈夫よね。そうだわ、少しだけ」


 やはり、ネージュはチョロい。

 そして、そうこうしている間にルーシアが話し出した。


「さてネージュ殿、今後の山猫亭の経営方針なのだが……副業という選択肢はないだろうか。先程丁度ちょうど、酒場の片付けをしている間に見たのだが」

「ん? ああ、ひょっとして……玄関にある番台ばんだいとなり?」

「そう、その場所だ。あそこのスペースで何かを販売するのはどうだろう?」


 ザッシュもそういえば、気になっていた。

 ネージュが朝に夕にと客を見送り出迎える番台……その横に、奇妙な空間があるのだ。客室や酒場に出入りする客達と向き合うように、小さなカウンターが設置されている。

 そのことを指摘されて、ネージュは「ああ」と声をあげた。

 因みにそれまでずっと、彼女の影は菓子を口に運んでいた。


「あれね……以前はあそこに、ちょっとした道具屋があったの。お土産とか特産品、それと冒険の必需品を売るお店ね。ただ」

「ただ?」

「アマミの街はそう広くないし、専門のショップにはかなわないからね。宿が繁盛はんじょうしてた時でも売上はイマイチで。でも、店員を一人は置かなきゃいけないでしょ? 採算取れなくてやめちゃったの」


 確かにと、ザッシュも以前訪れた武器屋を思い出す。

 埒外遺物オージャンクの銃を購入した店は、武器だけでもかなりの品揃しなぞろえだった。刀剣一つをとっても、巨大な両刃のグレートソードから、片手で扱いやすい広刃のブロードソード、両者の中間に位置するバスタードソードと多彩だ。その上に槍やハンマーアックスに弓矢と豊富である。

 道具屋や防具屋だって恐らく、バベルをさらに登るためのラインナップの筈だ。

 もちは餅屋、やはり買い物は専門店である。

 だが、リータはケーキを食べ終え上品に茶を飲むと、カップを置いて静かに頷く。


「わたくしのせいで減ってしまったお客様を元に戻すのも大事ですが、新しいお客様を増やすのもいい考えですわ。ルーシア、何かいい副業の考えはありますの?」

「お任せください、姫様。……画廊がろうというのはどうでしょう! !」

「……あ、そうですわ! ザッシュ、ロアンも! お二人は何か意見は」

「姫様! 私の絵を、絵を売るのです。そうすればきっと」


 いつものほわほわとした調子で、さらりとリータがルーシアの話をスルーした。いったい、ルーシアはどんな絵をくのだろうか? そう思っていると、ロアンがゴホ! と咳払せきばらいを一つ。そうして彼は、やや緊張気味に話し出した。


「やはり、本業に一意専心いちいせんしんすべきかと! この山猫亭は宿屋、宿泊施設なのですから。そこで、僕が考えるのは……多種多様な宿泊プランやサービスの拡充です!」


 ロアンは張り切って意見を並べた。

 今は人数に応じて、ほぼ料金は一律である。一人用の個室が少し高いくらいで、相部屋やパーティ全員で泊まる部屋の宿泊料は一緒だった。

 ロアンはそこに、裕福な冒険者用のスィートルームや、ハンモックの格安プランなどを提示した。彼は喋りながら自分でも名案だと自信を持ったらしく、調子よくハキハキと喋り続ける。


「あとはそうですね、宿泊の他にもできると便利ではないでしょうか!」

「ロアン、貴様っ! 姫様を前になんたる不埒ふらちな! はっ、はは、破廉恥はれんちだ!」

「え? いや、ルーシア様? 宿泊の他に休憩も選べて、何故なぜそれが――」

「皆まで言うな、リータ様も! ロアンの失言、私が責任を取って斬りましょう」


 シーツの向こうでバタバタと、ルーシアがかたわらの剣を取り出しつかを握る。

 ザッシュはえて二人の勘違いには触れず、色々と考えてみる。

 宿屋のサービスを拡充する、これはいい。

 副業というのも悪くないアイディアだ。

 要するに、冒険者にとって便利な選択肢が増えるなら、有料のサービスでも客達は喜んで料金を払ってくれるかもしれない。


「あの……リータ、みんなも。あずかりってのはどうかな?」

「預かり、屋? まあ! ザッシュ、それはどんなお仕事ですの?」

「客が減った分、客室の一部を倉庫にする。そうして、玄関のカウンターで有料で冒険者の道具や武具を預かるんだ。どんな便利なものだって、大量に抱えたままでは戦えないからね。それに、リータの力で地上に戻る人も、また来るなら置いていきたい物がある筈」


 ネージュが突然立ち上がって、両手を広げた。

 揺れる影が今、声を弾ませ小さく叫ぶ。


「それよ、それ! いいじゃない、ザッシュ! 預かり屋……考えてみるわ、アタシ」


 いつもの調子で、ネージュは決断が早い。これならデッドスペースになっている番台の隣も有効活用できるだろう。誰が何を預けたかを台帳だいちょうにつけ、出し入れだけは気をつけて厳重に管理する必要があるが。

 そう思っていると、ルーシアがウンウンと頷く気配が伝わった。


「よし、そうと決まれば……私が新たに、山猫亭の看板を描こう! 宿に預かり屋ありと宣伝するのだ! リータ姫様、是非ぜひ私に命じてください、お任せを!」

「まあ、ルーシア……とりあえず、もっとお菓子をお食べなさいな。美味しいですわよ?」

「そ、そうよ! 何だか知らないけど、と、とりあえず話はここまで!」


 それから女の子達は、お互いのスタイルや髪の手入れ、アクセサリなどについて語らっていた。そのかしましくも賑やかな声を聴きながら、静かにザッシュも夢の中へと導かれてゆくのだった。

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