第10話「リータ、がんばる!」
夜の
ザッシュが
彼等彼女等の目的は、興味半分の好奇心からくるものである。
アマミの住人達を引きつける魅力的な姿を探して、ザッシュも店内に視線を走らせた。
「おまちどうさまですわ! こちらがベコステーキとドラゴンジャーキー、そしてバベルビールの大ジョッキですの」
「ありがとよ、お姫さん! いつものスケスケもいいけど、エプロンも似合うねえ!」
「どう? このあと俺等と少し付き合わない?」
皆の目的は、リータだ。
あのハイエルフのお姫様が、今夜は
そして、パム! と手を叩いて笑顔で客達に返事をした。
「わたくし、夜の八時まででしたら大丈夫ですわ」
「おいおい、お姫さんよお? 八時から、の間違いじゃなくてかい?」
「普段から夜の外出は控えるよう、父様と母様に教えられていますの。それに、今夜はネージュとこの宿屋の今後を話し合わなければなりませんわ」
「お、おう……そうかい。まあ、なんつーか……悪かったよ。はは、真面目なお姫さんだなあ」
今のリータは、見ていてドキドキする半透明の
麻のシャツに少し大きめのスカート、そして真っ白なエプロンに
普段より露出度も減っているし、どこにでもいる町娘のような格好だ。
それなのに、振り向く誰もが酒精とは違うものに頬を赤く染められる。
ザッシュも改めて見て、リータの美貌に鼻の下が伸びた。
そんな彼を、新たな入店者が呼び止める。
「席はあるかい? 一人だからカウンターでも構わないよ」
見れば、小さな少年がザッシュを見上げている。その表情はあどけない中にも、不思議なしたたかさと知性を感じさせる。
彼がホビットで、
だが、慌てて身を正すとザッシュは接客を始める。
「いらっしゃいませ、どうぞ奥へ。テーブル席にまだ余裕がありますので、おくつろぎください」
「ありがとう。……ふむ、山猫亭の客が減ったというのは、本当だったんだね」
「え、ええ。それで今、ちょっとリータが」
「普段は来ない客層がいても、普段の賑わいには
ホビットの男は
確かに彼の言う通り、
そして、彼の言う通りその大半は飲食を終えれば帰ってしまうだろう。
ピョコンと椅子に飛び乗った男は、メニューを差し出すザッシュに名乗った。
「君が例の記憶喪失の少年ザッシュだね? よろしく、僕はアレン。このアマミで
「えっ!? あなたが自治会長さんですか!?」
「そう、僕が自治会長さんだ。こんなナリでもね」
少し
そして、この店では常連らしくメニューも見ずに注文を手早く済ませる。迷宮の湧き水で作ったバベルビールに、バベルの83階にある
だが、その前にアレンは別のことを話し出す。
「そういえば君、
「えっ、ああ……この銃のことですね」
一応、エプロン姿のザッシュは腰に銃をぶら下げていた。
リータの警護もあるが、こんな場所では威力がありすぎて考えものだが……アマミではこれを武器だと認識する者がいないので、かえって妙なテンションを生むこともなく好都合である。
そして、破壊力は筆舌し難い壮絶なもので、強力な一発は冷却時間の代償を必要とする。
そのことを一応軽く説明したら、アレンはすぐに理解を示した。
強力過ぎる飛び道具で、撃てば少しの間使えないものだと伝わったようだった。
「埒外遺物は普通の
「ええ。でも、この銃は……何故か俺が触れた時、不思議な光と文字が乱舞して、そして動き出しました。こういうことって――」
「前例がないね。埒外遺物は観賞用のコレクションである以上の意味を持たない。例えば……これとかがそうだ」
アレンはポケットから、小さな円筒形の物体を取り出した。ザッシュの親指程の大きさで、淡い光を明滅させている。手にとって見ると、重金属の塊らしく思ったより重い。
そして、先端が僅かに丸みを帯びていて、ザッシュの頭の中で何かが
「これ……ちょ、ちょっとお借りします! もしかして」
「やはりかい? 実はそれは、君の銃とやらと一緒に僕が持ち帰ったものなんだ。あの店に買い取らせたのは僕でね」
「ええ、ひょっとしたら……や、やっぱり!」
銃を抜いて、ザッシュはもどかしい手付きでボタンやレバーを探す。
だが、開けと念じたザッシュの気持ちを
そこには、アレンから渡されたものと同じパーツが一つだけ入っている。
そして、同様の物を接続、収納できる穴が五つ並んでいた。
「これ、ここに? そう言えば、撃とうとした時にブランクがどうとか言ってました」
「君にあげるよ、ザッシュ君。なに、うちのトレンチの玩具にちょうどよかったんだが」
「トレンチ?」
「飼ってる犬さ。そいつを投げると、嬉しそうに走って取ってくる。運動不足解消にもってこいだし、光っているから犬には面白く見えるんだろうね」
ザッシュは慎重にもらった部品を銃へと入れた。
銃身が再びもとに戻ると、シリンダーがキィンと光って回転する。
『BULLET CHECK……5……STANDBY!!
幾重にも重なり瞬く光の文字に、アレンは興味深く「ふむ!」と唸る。
アレンから貰った部品を飲み込んでしまった。
直感的にザッシュは、新しい機能が増えたような気がする。
それを正直に口にすれば、アレンも同様に
「さっき開いた心臓部……空白の穴が五つあった。その内の一つが埋まって、残りは四つ。つまり、さっきの部品と同じ物が四種類あるのかもしれないね」
「ええ。あの、頂いてしまってもいいんですか?」
「僕が持ってても役に立たないからね。その代わり……リータ姫様のことをくれぐれも頼むよ。彼女になにかあったら、僕の首が飛ぶくらいではすまされないからね」
アレンは一瞬だけ真剣な表情でザッシュを見詰めてくる。
そこには、どこか人の良さそうな笑顔はなかった。熟練の冒険者であり、このアマミの街を任された男の迫力が自然と伝わる。
黙ってザッシュは
そして、アレンがふと目を細めて放る視線を追う。
そこでは、今しがた話題になった少女が何かをやらかしてしまったようだ。
「ちょっと、リータ! もぉ、何やってるのよ。これじゃお皿が何枚あっても足りないわ!」
「ごめんなさいっ、ネージュ! わたくし、また割ってしまいましたわ。何度も……本当にごめんなさい」
「あっ、いいのいいの! そんな顔しないで、それより笑顔! 笑顔よ! さ、次の料理を運んで頂戴。えっと……ザッシュ! 急いで割れたお皿を片付けて! すぐよ、すぐ!」
なかなかに人使いが荒いネージュは、やはりチョロい……きっと
アレンに挨拶して彼の注文をキッチンに届け、ザッシュは本日何度目かの破片掃除へと取り掛かるのだった。
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