第10話「リータ、がんばる!」

 夜のとばりが舞い降りる中、誰もが一日を終えて集まってくる。

 ザッシュがいそがしくウェイターとして働く酒場は、客の激減が嘘のような大盛況だった。理由は単純明快で、普段は訪れないような主婦層や家族連れで混み合っているからだ。

 彼等彼女等の目的は、興味半分の好奇心からくるものである。

 アマミの住人達を引きつける魅力的な姿を探して、ザッシュも店内に視線を走らせた。


「おまちどうさまですわ! こちらがベコステーキとドラゴンジャーキー、そしてバベルビールの大ジョッキですの」

「ありがとよ、お姫さん! いつものスケスケもいいけど、エプロンも似合うねえ!」

「どう? このあと俺等と少し付き合わない?」


 皆の目的は、リータだ。

 あのハイエルフのお姫様が、今夜は山猫亭やまねこていでウェイトレスをしているらしい。そんな話がまたたく間に広まるくらいには、アマミの街は小さくて狭い。そして、この迷宮に挟まれたバベルの中の街は、いつだって娯楽に飢えているのだった。

 吟遊詩人ぎんゆうしじんのリュートがよいどれを躍らせる中、リータは真剣に考え込む。

 そして、パム! と手を叩いて笑顔で客達に返事をした。


「わたくし、夜の八時まででしたら大丈夫ですわ」

「おいおい、お姫さんよお? 八時から、の間違いじゃなくてかい?」

「普段から夜の外出は控えるよう、父様と母様に教えられていますの。それに、今夜はネージュとこの宿屋の今後を話し合わなければなりませんわ」

「お、おう……そうかい。まあ、なんつーか……悪かったよ。はは、真面目なお姫さんだなあ」


 今のリータは、見ていてドキドキする半透明のころもではない。

 麻のシャツに少し大きめのスカート、そして真っ白なエプロンに三角巾さんかくきんだ。長く伸びた耳が今、小さくパタパタと動いている。先程ロアンから聞いたが、あれはリータが興奮すると出る癖のようなものらしい。

 普段より露出度も減っているし、どこにでもいる町娘のような格好だ。

 それなのに、振り向く誰もが酒精とは違うものに頬を赤く染められる。

 ザッシュも改めて見て、リータの美貌に鼻の下が伸びた。

 そんな彼を、新たな入店者が呼び止める。


「席はあるかい? 一人だからカウンターでも構わないよ」


 見れば、小さな少年がザッシュを見上げている。その表情はあどけない中にも、不思議なしたたかさと知性を感じさせる。

 彼がホビットで、すでに成人している人物だと気付くのに少し時間がかかった。

 だが、慌てて身を正すとザッシュは接客を始める。


「いらっしゃいませ、どうぞ奥へ。テーブル席にまだ余裕がありますので、おくつろぎください」

「ありがとう。……ふむ、山猫亭の客が減ったというのは、本当だったんだね」

「え、ええ。それで今、ちょっとリータが」

「普段は来ない客層がいても、普段の賑わいにはわずかに足りない。つまり逆算すると、食事のあとに宿へ宿泊する人数はもっと少ない、減っている訳だ」


 ホビットの男はさといことをつぶやきつつ、ザッシュの案内で奥のテーブルへ歩く。

 確かに彼の言う通り、活況かっきょうに満ちた店内にはまだ空席があった。リータを囲む喧騒けんそうで忘れそうになるが、満員御礼というには少しばかり足りない。

 そして、彼の言う通りその大半は飲食を終えれば帰ってしまうだろう。

 ピョコンと椅子に飛び乗った男は、メニューを差し出すザッシュに名乗った。


「君が例の記憶喪失の少年ザッシュだね? よろしく、僕はアレン。このアマミで自治会長じちかいちょうをやらせてもらっている」

「えっ!? あなたが自治会長さんですか!?」

「そう、僕が自治会長さんだ。こんなナリでもね」


 少し悪戯いたずらふくんだ笑顔で、アレンは肩をすくめて見せた。

 そして、この店では常連らしくメニューも見ずに注文を手早く済ませる。迷宮の湧き水で作ったバベルビールに、バベルの83階にある大水門だいすいもん付近で釣れるノコギリマグロの刺身、そして商隊が月に一度地上から運んでくるチーズ。それらをすぐにザッシュはメモして、キッチンへと叫ぼうとした。

 だが、その前にアレンは別のことを話し出す。


「そういえば君、埒外遺物オージャンクを起動させたんだって?」

「えっ、ああ……この銃のことですね」


 一応、エプロン姿のザッシュは腰に銃をぶら下げていた。

 リータの警護もあるが、こんな場所では威力がありすぎて考えものだが……アマミではこれを武器だと認識する者がいないので、かえって妙なテンションを生むこともなく好都合である。

 そして、破壊力は筆舌し難い壮絶なもので、強力な一発は冷却時間の代償を必要とする。

 そのことを一応軽く説明したら、アレンはすぐに理解を示した。

 強力過ぎる飛び道具で、撃てば少しの間使えないものだと伝わったようだった。


「埒外遺物は普通の遺物アーティファクト特級遺物とっきゅうアーティファクトから三級遺物さんきゅうアーティファクトまで価値の異なるそれらとは違う。迷宮の探索で貯まった堀屑ほりくずと呼ばれている、起動も解析もできない名前通りのジャンクさ」

「ええ。でも、この銃は……何故か俺が触れた時、不思議な光と文字が乱舞して、そして動き出しました。こういうことって――」

「前例がないね。埒外遺物は観賞用のコレクションである以上の意味を持たない。例えば……これとかがそうだ」


 アレンはポケットから、小さな円筒形の物体を取り出した。ザッシュの親指程の大きさで、淡い光を明滅させている。手にとって見ると、重金属の塊らしく思ったより重い。

 そして、先端が僅かに丸みを帯びていて、ザッシュの頭の中で何かがはじけた。


「これ……ちょ、ちょっとお借りします! もしかして」

「やはりかい? 実はそれは、君の銃とやらと一緒に僕が持ち帰ったものなんだ。あの店に買い取らせたのは僕でね」

「ええ、ひょっとしたら……や、やっぱり!」


 銃を抜いて、ザッシュはもどかしい手付きでボタンやレバーを探す。

 だが、開けと念じたザッシュの気持ちをむように、銃は勝手に中心から縦に折れ曲がった。不思議な音を立てながら小さく光って、中央のシリンダーが浮かび上がる。

 そこには、アレンから渡されたものと同じパーツが一つだけ入っている。

 そして、同様の物を接続、収納できる穴が五つ並んでいた。


「これ、ここに? そう言えば、撃とうとした時にブランクがどうとか言ってました」

「君にあげるよ、ザッシュ君。なに、うちのトレンチの玩具にちょうどよかったんだが」

「トレンチ?」

「飼ってる犬さ。そいつを投げると、嬉しそうに走って取ってくる。運動不足解消にもってこいだし、光っているから犬には面白く見えるんだろうね」


 ザッシュは慎重にもらった部品を銃へと入れた。

 銃身が再びもとに戻ると、シリンダーがキィンと光って回転する。


『BULLET CHECK……5……STANDBY!! ICICLE SCHOTTアイシクル・ショット――READY!!』


 幾重にも重なり瞬く光の文字に、アレンは興味深く「ふむ!」と唸る。

 アレンから貰った部品を飲み込んでしまった。

 直感的にザッシュは、新しい機能が増えたような気がする。

 それを正直に口にすれば、アレンも同様にうなずいた。


「さっき開いた心臓部……空白の穴が五つあった。その内の一つが埋まって、残りは四つ。つまり、さっきの部品と同じ物が四種類あるのかもしれないね」

「ええ。あの、頂いてしまってもいいんですか?」

「僕が持ってても役に立たないからね。その代わり……リータ姫様のことをくれぐれも頼むよ。彼女になにかあったら、僕の首が飛ぶくらいではすまされないからね」


 アレンは一瞬だけ真剣な表情でザッシュを見詰めてくる。

 そこには、どこか人の良さそうな笑顔はなかった。熟練の冒険者であり、このアマミの街を任された男の迫力が自然と伝わる。

 黙ってザッシュは首肯しゅこうを返した。

 そして、アレンがふと目を細めて放る視線を追う。

 そこでは、今しがた話題になった少女が何かをやらかしてしまったようだ。


「ちょっと、リータ! もぉ、何やってるのよ。これじゃお皿が何枚あっても足りないわ!」

「ごめんなさいっ、ネージュ! わたくし、また割ってしまいましたわ。何度も……本当にごめんなさい」

「あっ、いいのいいの! そんな顔しないで、それより笑顔! 笑顔よ! さ、次の料理を運んで頂戴。えっと……ザッシュ! 急いで割れたお皿を片付けて! すぐよ、すぐ!」


 なかなかに人使いが荒いネージュは、やはりチョロい……きっと性根しょうねの素直な少女なんだろう。リータがいつも純真で正直だからでもあるし、そんな二人が打ち解けてみえるのはザッシュも嬉しかった。

 アレンに挨拶して彼の注文をキッチンに届け、ザッシュは本日何度目かの破片掃除へと取り掛かるのだった。

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