・セーブポイントはじめました!

第8話「想いを込めて保存して」

 冒険者達の血塗ちまみれの帰還から一夜明けて……リータの仕事が始まった。

 場所はアマミの街の中央、集会所だ。

 ザッシュがこの世界に出現した時、リータ達がいたのもこの場所である。街の住人を集めての説明会で、彼女は突然ザッシュを再生したのだ。

 そのことについてリータは、軽く説明してくれた。


「って言ってもなあ。何だか呼ばれた気がしましたの、って……他には何もわからないのか。でも、逆説的に考えると……俺もバベルで死んだ冒険者、なのか?」


 ザッシュは長蛇の列を整理しつつ、小さくため息をこぼす。

 朝も早くから、集会所の前には大勢の冒険者が押し寄せていた。

 当然だ……リータに会って話すだけで、自分という存在を保存できるのだから。そして、もし命を落としても再生してもらえる。それは命懸けでバベルを登ってゆく冒険者にとって、とてつもない恩恵に思えた。

 リータの警護見習いであるザッシュは、列の最後尾を示す看板を持って立つ。

 下からお馴染なじみの声が響いたのは、そんな時だった。


「おい、ザッシュ。姫様がお呼びだ、ちょっと行ってくれないか? ここは僕が代わろう」

「わかりました、ロアンさん」

「……僕のこともロアンでいい。さ、急いでください!」

「は、はいっ」


 小さなロアンに看板を渡して、ザッシュは集会所の中へと進む。

 奥には祭壇さいだんのような場所が設置されていて、椅子にはリータが腰掛けていた。ザッシュを見つけると、にっこりとひだまりのような笑みを向けてくれる。

 彼女は出会った時と同じ、肌もあらわな薄布を身に着けている。

 水着のような、レオタードのような……ザッシュが持っている記憶を語彙ごいに直結させると、ちょっと神秘的な色気があってほお火照ほてる。


「ザッシュ、忙しい中ごめんなさい」

「いや、何かあったの? 俺にできることならいいんだけど」

「先程、自治会長さんがお見えになりましたの。それで、地上にも照会して頂いたんですけど……冒険者ギルドに、ザッシュという名の登録はなかったそうですわ」

「つまり……俺は冒険者じゃない、と」

「はいっ! なので、わたくしは思いついたのです。警護も兼ねて、わたくしの隣にいてくださいな。冒険者さんの中に、ザッシュを知ってる方がいらっしゃるかもしれませんの」


 成る程、改めて見れば今日のリータは周囲にルーシアがいない。あのエルフの女騎士はどこへ行ったのだろうか? その事を聞いてみると、リータは「お買い物に行ってくれてますわ」と笑った。

 どうやらルーシアは、リータが仕事場とするこの集会場が気に入らないらしい。

 アマミの街で重要な話し合いをする時に使われる、講堂のような作りになっている。その奥に臨時の祭壇を設けて、リータはちょこんと座っているのだ。きらびやかな彼女に対してあまりにも殺風景で物寂しい。


「自治会長さんも今後は、わたくしのお仕事の場所を考えてくれるそうですの」

「そう、じゃあここはいわば臨時のセーブポイントだね」

「セーブポイント……?」

「あ、いや……気にしないで。それより、みんなが待ちきれないみたいだけど」


 どんどん増える冒険者は、ざっと見ても百人をくだらない。

 長蛇の列を改めて見て、ぱむ! とリータは手を叩いた。


「それでは始めますわね。最初の方、こちらにいらしてくださいな!」


 のっそりと歩み出たのは、筋骨隆々きんこつりゅうりゅうたる大男だ。剥き出しの上半身は筋肉が鋼鉄のようで、防具は肩当てのみ。背中に巨大な戦鎚ウォーハンマーを背負っていた。

 強面こわもていかつい表情でジロリとリータをめつけてくる。

 ザッシュは自然と、腰に下がる埒外遺物オージャンクの銃を確認した。

 もし暴れるようなことがあったら、リータを守って戦う羽目になるかもしれない。

 図体をそのまま表現したような野太い声で、戦士の男は喋り出した。


「ハイエルフのお姫様っつーから、どんなのかと思って来たら……まだガキじゃねえか」

「はいっ、今年で42歳になりますの! 至らぬ若輩じゃくはいの身ですが、よろしくお願いしますわ」

「げっ、俺より年上かよ。……で? その、俺の保存セーブってやつだが、何をすればいい?」


 エルフは長寿で、その美しい容姿は全く変わらない。成人してからはずっと、何百年も老いとは無縁で生きてゆくのだ。

 少し驚いた巨漢の戦士へと、リータは微笑ほほえみながら言葉を紡ぐ。


「お名前をお伺いしてもよろしいですか? 冒険者さん」

「お、おう……俺ぁバング。フロアランクは105だ」


 フロアランクとは、冒険者がバベルのどこまで登ったことがあるかを示すものである。この数値の高さが、そのまま冒険者の実力となるのだ。

 このアマミがあるフロアが丁度、地上100階になる。

 よって、ここにいるのはフロアランクが100位上の古強者ベテランということだ。

 現在、バベルは109階までが攻略されているという。

 第11階層、暗緑ノ樹海アンリョクノジュカイももうすぐ完全制覇されるだろう。


「バング様ですわね。では、バング様……

「……は?」

「わたくしにバング様の存在を、その一部を想いにのせてきざんでほしいんですの。もしバング様が命尽きた時、わたくしが思い出して蘇らせますわ」


 面食らったような顔になったが、バングはとぎれとぎれにもごもごと自分の過去を語った。かつて奴隷どれいの身分だったこと、自分で自分を見受けして自由となったこと、そして冒険者になってようやく人並みの生活ができるようになったこと。

 リータは聞き上手で、何度もうなず相槌あいづちを打ちながら耳を傾けた。

 そして、最後にバルクの大きな手を取り、そこに手を重ねる。


「では、バング様。貴方という存在をわたくしの中に保存しましたわ……どうか、これからの冒険も御無事で」

「お、おう。因みに俺が死んだら……?」

「その時は、わたくしがすぐに思い出して再生ロードしますの。でも、命の重さはなにも変わりませんわ……それに、たった今保存した先、これからのことは死ねば失われてしまいます」

「つまり、今この瞬間から稼いだ金や持ち帰った遺物アーティファクトも?」

「命を落とせば、失われます」


 本当にゲームそのものだとザッシュは驚いた。

 そして、ぼんやりと思い出す。

 そう、やはりゲーム……それも、何かしらの機械を用いた電子的なゲームだ。プレイ時間が長くなるゲームには、必ずセーブとロードの機能がついていた。

 だが、思い出せるのはそれまで。

 そして、この世界にはそういったゲームはないように見えた。


「フン、まあいい……元より死ぬ気はねえよ。じゃあな、お姫様! ありがとよ」

「どういたしまして、バング様。いってらっしゃいですの!」


 小さく手を振るリータに背を向けて、バングは行ってしまった。

 後ろで見守っていた行列の冒険者達も、二人のやり取りを聴いてある程度理解したようだ。そして、俺が俺が早く早くと賑やかになる。

 しかし、そんな冒険者の列を無視して……突然リータの前に少女が現れた。

 並んでいる者達から文句が叫ばれる中、横入りした少女がリータを指差し叫ぶ。


「ちょっと、アンタ! 怪しい商売をはじめて……そっちの彼も! すぐやめて!」


 ザッシュはリータと顔を見合わせ、首を傾げる。

 リータは戸惑とまどったものの、笑顔で少女に応対した。


「ええと、おはようございます。わたくしの保存と再生はあきないではありませんわ」

「じゃあ、なんなの! アンタのお陰で商売あがったりだよ!」

「言うなれば、義務……そう、使命ですわ。冒険者さんの安全のため、微力ながらお力添ちからぞえしたくてこの地に参りましたの」


 女神のような笑顔に、少女はひるんだ。

 そして、タジタジになりながらザッシュをにらんでくる。


「……ちょっと、どういうこと? すっごいイイじゃない! 好きよ、こういう娘!」

「うわっ、チョロい……えと、じゃあそういうことで」

「でも、話は終わってないわ! お姫様、アンタの使命はアタシの仕事を邪魔してんの!」


 そう言って少女は、ズビシィ! とリータの鼻先に人差し指を突き出す。

 それが、アマミの街で唯一の宿、山猫亭やまねこていのネージュとの出会いだった。慌ててロアンがやってきて間に入ったが、彼女は相当な剣幕である。

 こうしてリータの前途多難なセーブポイント生活が幕を開けるのだった。

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