第7話「プリンセスの秘密」

 何度かの戦闘をて、ザッシュは無事にリータとアマミの街に生還した。

 ドルクとエルートは手練てだれのベテラン冒険者で、その戦いぶりは全く危なげがない。彷徨さまようように歩み出たバベルの迷宮ダンジョン暗緑ノ樹海アンリョクノジュカイも帰路は穏やかだった。

 そして、街へ降りる階段を出ると大勢の人が出迎えてくれた。


「おお、戻ってきたぞ! あれが先日、地上から来てくださった」

「ハイエルフのお姫様だってよ」

「あの人が俺の相棒を救おうとして、自分の口であふれ出た血を」


 あっという間に人だかりができて、ザッシュとリータは取り囲まれる。

 驚きに目を丸くしていると、すぐに背中をバン! と叩かれた。

 見れば、ドルクが髭面ひげづらに白い歯を見せて笑っている。


「ボウズ、俺等は先に休ませてもらうぜ? 何せ、109階から三日ぶりに降りてきたんだからよ」

「は、はあ。あのっ! ありがとうございました! エルートさんも」

「ガッハッハ! いいってことよ。姫さんも、じゃあな!」


 リータも礼を言って深々と頭を下げる。

 ようやく街に戻れた安心感からだろうか? 去ってゆくドルクに寄り添うエルートが、そっと彼の手を握った。ドルクの方がずっと背が低くて、後ろ姿は母子のようだ。それでも、二人は押し寄せる街人の人混みの中へと消えてゆく。

 恩人を見送ると同時に、聴き慣れた声がザッシュの元へ駆けてきた。


「リータ姫様! すまん、通してくれ! リータ姫様っ!」

「ルーシアさん、落ち着いて! 姫様は無事みたいです。あと、ついでにザッシュも」


 俺はついでかと苦笑して、ザッシュはポリポリと指でほおく。

 転がるような勢いで、ルーシアとロアンがやってきた。ルーシアはリータがパッと表情を明るくさせるや、その豊満な胸に彼女を抱き締めた。

 ザッシュもホッとしていると、ひじでロアンに小突かれる。


「ザッシュ、よくも姫様を危険にさらして! ……と、言いたいところだが、それはいつものことなんだ。むしろ、これはありがとうと言うべきかな」

「いつものこと……なんか、すごーくよくわかりますよ」

「だろう? リータ姫様は言い出したら聞かないお方なんだ。お優しい気持ちが強過ぎる」


 だが、それは彼女の美点であり美徳だと思う。

 怪我人と見れば、自分が汚れることもいとわずに助けようとする。救いを求めている者がいれば、危険をかえりみずに自ら踏み出す勇気を持っていた。

 ただ、少しばかり無鉄砲ではある。

 しかし、だからこそルーシアのような騎士が守っているのだ。

 ザッシュも微力ながら、その役目を果たせたかもしれない。

 ようやリータはルーシアから解放されると、周囲を見渡す。そして、お祭り騒ぎのように集まった多くの民を前に、一歩歩み出た。


「皆様、本日はお騒がせして申し訳ありません! わたくしは七星王家セブンスが一つ、ファルシ家の末娘、リータです。本日これより、このアマミの街においていただきますの。不束者ですが、よろしくお願い致しますわ」


 リータは丁寧にこうべを垂れる。

 周囲の者達は皆、驚き静かになってしまった。

 しかし、リータが顔をあげると喝采が沸き立つ。

 彼女はその拍手と歓声が少し落ち着くのを待って、再び口を開いた。


「わたくしは戦うこともできず、魔法も一つしか使えませんわ。ですが、我がファルシ家に伝わる秘術を受け継いだ者として、皆様のために働かせて頂きますの。それは、冒険者の方々を記憶し、記録して、その生命が失われた時にはこのアマミの街で再生さいせいさせて頂きます!」


 あとは、地上とアマミの街を瞬時に行き来する術も使えるという。

 それは同じ術の応用で、やはり彼女は唯一にして絶対の古代魔法ハイエイシェント、それだけしか使えないらしい。そのことを宣言すると、周囲は口々に疑問をささやき出す。

 リータは丁寧に説明するが、ザッシュは隣に小さな溜息を聴いた。

 見上げれば、肘を抱えてルーシアが物憂げな表情に美貌をかげらせている。


「どうしたんですか? ルーシアさん」

「ん、ああ……私は少し不憫ふびんにも思うのだ」

「リータが、ですか?」

「む、また呼び捨てたな! 斬るか!」

「ま、待ってください。えっと、リータはそう呼んでほしいと」

「……うむ、そうだったな。やはり姫様もお寂しいのだ」


 ルーシアはザッシュにだけ聴こえる声で、事情を打ち明けてくれた。

 本来、エルフはあまり他の種族との交流を望まない。それもハイエルフとなれば、完全に外界と遮断されて暮らしているのだ。しかし、人間がドワーフやホビットとバベルに挑み初めてすでに百年以上……持ち帰られる財宝や技術、太古の叡智えいちが社会を豊かにしてきた。

 ついにエルフ達は、他の種族と協力してのバベル探索に同意したのだ。

 リータはその協調のあかしとして差し出された、人質のようなものだという。


「七星王家のハイエルフ達は皆、排他的で保守的だ。そこで、リータ姫様が協力体制の象徴としてここに送り込まれた。……体のいい厄介払いだな」

「厄介払い?」

「リータ姫様は、王家で唯一魔法が使えない。あのお方には何故なぜか、精霊の声が聴こえないのだ。生来そうで、高い魔力の素養を持つハイエルフでは異例なことだ」


 そして、ザッシュはリータの秘密を知った。

 彼女は魔法が使えない。そして、そんな彼女だけが不思議と、使い手不在で永らく封印されていた古代魔法に成功したという。

 それは、禁断の魔法だった。

 術者を通して、古き神々の力を借り……人そのものを保存セーブし、復元ロードする。

 命を落としたものさえ、死ぬ前の状態で蘇らせるのだ。


「ハイエルフの長老達は、リータ姫様を差し出すことで他種族に譲歩し、その恩恵で助かる生命に対して貸しを作りたいのだ。自分達に有利にバベルの利権を誘導するために」

「それじゃあ、リータは」

「既に、この街で人間の婿むこをという話さえあるのだ。姫様は……もう、この街から……バベルの中のアマミから出ることを許されないだろう」


 ショックだった。

 この街は確かに、活気があってとてもにぎやかだ。来たばかりのザッシュにもそれはわかる。だが、ここは巨大な塔のド真ん中にある小さな密閉空間でもあるのだ。

 リータはこれから、ここで冒険者達のためだけに生きねばならない。

 ルーシアはさらに語ってくれた。

 本来、エルフは他種族と交わることを忌避きひする。ハイエルフの王族ならば、それは絶対のタブーだ。だが、リータには既に何件もの婚礼話が持ち上がっている。例えハーフエルフの子でもいいから、例の古代魔法を受け継ぐ可能性のある赤子を沢山産めというのだ。


「リータ姫様は嫌な顔一つしないが、追放され売られたも同然。だから、ザッシュ……呼び捨ての件は許す、姫様の友として支えて欲しい」

「……わかりました」

「ん、助かる。姫様を泣かせたら斬るからな?」

「わ、わかりましたから!」


 リータは大勢の街人と直接ふれあい、誰にも等しく優しい言葉をかけていた。

 彼女の説明する古代魔法の仕組み、その超常の力に冒険者達も驚く。

 最後に彼女は、迷宮で逃げ遅れた者達を救助できなかったことをわびた。そして、それでも尚も危険な迷宮におもむく者達に力強く語りかける。


「文字通り、わたくしが皆様の命を預からせていただきますの! ですが、お願いです……例えわたくしが蘇らせることができる命でも……大事に、大切にして欲しいのです。そして、未だ踏破されぬ第11階層……暗緑ノ樹海の突破を! わたくしも微力ながらお手伝いさせていただきますわ!」


 冒険者達の勇ましい歓呼の声が場に満ちる。

 ザッシュは華奢でどこか頼りないリータの背中を、黙って視線で支えることしかできなかった。

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