第3話「埒外遺物」

 バベルが織り成す迷宮ダンジョンのド真ん中に、その街はある。

 ザッシュにとってのアマミの第一印象は、箱庭はこにわだ。

 屋内にも関わらず、高い天井が透けて天が見える。まるで硝子ガラスの空のよう。大きな下り階段と上り階段に挟まれた、3km四方程度の空白地帯エスケープゾーン

 迷宮の中にあって魔物が出現せず、入ってこない謎の空間だ。

 そこには、百年以上かけて人間達が積み上げてきた冒険の歴史がある。


「ザッシュ! なにをぼけっとしてるんです、君の為の買い物でしょう!」


 不意にザッシュは、すぐ真横から小さな叫びを投げかけられた。

 見下ろせば、酷く小さな少年が自分をにらんでいる。多分、睨んでいるであろう顔は酷く幼くて、あどけなくて……全く怒りを伝えてこない。

 ザッシュは今、騎士ルーシアや従者のロアンに連れられ、アマミの大通りに来ていた。

 並ぶ商店は多彩で、とりわけ二人が買うように勧めてくれたのは武器である。


「ああ、ごめん。えっと……武器、ね。武器、武器っと」

「真面目にやってください、ザッシュ。仮にも一応、何故か不思議と君は姫様の警護役を仰せつかったんですから」


 姫様というのは、リータのことだ。

 ハイエルフのお姫様で、言うなればである。

 そう定義してみて、ザッシュは自分でも首をひねる。

 はてさて、セーブポイントなる概念がいねんはどこで知った知識だろうか?

 自分はそれに触れたことがあるのか、それは虚構ゲーム現実リアルか。

 ともあれ、彼は商店の武器陳列棚を見渡す。

 大小様々な武器があるが、刀剣や弓矢等の原始的なものばかりだ。リータ達のいでたちを見て薄々感じていたが、どうやらザッシュは彼女達に比べて高度な文明圏の人間だったのかもしれない。

 かたわらのロアンが肩をすくめて、やれやれと振り向く。


「ルーシアさん。ルーシアさんからも言ってやってください。……ルーシアさん?」

「ん? あ、ああ! そ、そうだな、そうだぞウンウン。ザッシュ、得意な武器はなんだ? どれでも好きなものを選ぶがいい。姫様の警護をする者にふさわしい武器があるだろう」


 雑貨を集めた一角で、ルーシアが振り返る。

 彼女は何かを手放し、慌ててそれを元の棚へ戻した。

 それをザッシュはぼんやりと見ていたが、ロアンは声をとがらせる。


「……ルーシアさん」

「ちっ、違うぞ! 画材など見ていない! 良さそうな筆などなかった!」

「またですかぁ、もー! ルーシアさんまで」

「と、とにかく武器だ。ザッシュ、私が目利きをしてやろう」


 いそいそとルーシアがやってくる。

 彼女は絵でも描くのだろうか?

 だが、それを問う暇もなく、ザッシュの前に一振りの剣が差し出された。


「どうだ、ザッシュ。これなんかはつい最近流通し始めたものだ。102階で新発見された鉱物の合金、超鋼金ハイパークロムの剣だ。軽くてしなやかで切れ味もバツグンだぞ!」

「いやあ、剣はちょっと」

やりつちなんかがいいのか? それとも弓をやるのか、お前は」

「や、そういった心得がなくてですね」

「ふむ、ならナイフはどうだ。なに、安心しろ! 私は栄えあるエルフの騎士、武芸百般ぶげいひゃっぱんを極めた武門の出だ。教えてやろうではないか、ハッハッハ!」


 あんなに高圧的だったのに、ルーシアが妙に今日は優しい。やはり騎士だから、武器を前にすると気持ちが高揚するのだろうか?

 だが、ザッシュにはどうもピンとこない。

 そう思っていると、ふと店の隅に見慣れたものが置かれていた。

 それが見慣れてると思った、そして武器だと認識したのに自覚はない。

 歩み寄ってザッシュは、無造作に捨て置かれた武器を指差した。


じゅうがあるじゃないですか。これは?」

「銃? なんだそれは。おい、御主人! こちらの品は?」


 ザッシュの質問をそのまま受け渡すように、奥の老人へとルーシアが声を上げる。

 奥で分厚い本から顔を上げた男は、黙って首を横に振るだけだった。

 そして、ロアンが店の主人に代わって説明してくれる。


「ああ、ルーシアさん。それは埒外遺物オージャンクですね」

「おお、これがか。ふむ……確かに常識の埒外らちがいだな。なにに使うかさっぱりわからん」


 首をかしげるザッシュに、ロアンとルーシアが説明してくれた。


「埒外遺物とは、『OUT OF JOKE UNKNOWN』……つまり、冗談レベルの出所不明品ですらない遺物アウト・オブ・ジョーク・アンノウンのことですね。研究者すら投げ出す、用途不明で起動不能の発掘品なんです」

「そう、その頭文字を取って『OOJUNKオージャンク』……まあ、ようするに堀屑ほりくずと呼ばれる迷宮探索のゴミだ。で、銃というのはなんだ? それは……もしや画材か!」


 自分で言ってから、ルーシアは「あ!」と口を手で抑えた。

 だが、その時にはもうザッシュは拳銃を手に取っている。

 大型のリボルバーでズシリと重い。

 見た目には経年を感じさせないし、そのことが何故かわかる。

 そして、ザッシュが銃把グリップを握った瞬間……不意に異変が起きた。


『MAIN SYSTEM……ACCESS!! D-N-A SCAN……OK!! CONDITION ALL GREEN!!』


 突然、銃が無数の光を走らせた。

 それは数多の平面ウィンドウとなって周囲に浮かび、その中に輝く文字列プログラムが入り乱れる。

 一瞬でそれは終わって、銃は物言わぬ鉄の塊に戻った。

 だが、ザッシュは直感で悟った。

 今、自分と繋がることでこの銃は息を吹き返した。埒外遺物としてゴミも同然に並べられていたそれが、どれだけ眠っていたのかはわからない。何故、バベルの迷宮から掘り起こされたのか、それも知らない。

 はっきりと理解したのは、それがザッシュの意図いとせぬ接触で蘇ったこと。


「えっと……とりあえず、俺の武器はこれで」

「武器!? それは武器なのか、ザッシュ」

「ええ、ただ……ルーシアさんには使えないかも。勿論もちろん、ロアンさんにも」


 不思議そうに顔を見合わせるルーシアとロアン。

 二人が揃って説明を求めてきた、その時だった。

 突如として悲鳴が響く。

 それは、101階へと昇る階段の方向から響いてきたのだった。

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