黒疫(くろえ)

くろすろおど

第1話 とある戦闘 

 - 7年前 -


 とても訓練されていると思った。


 刃渡りの長い刃を斜めに避ける。

 刃は蛍光の明かりを反射していた。

 蛇の背のような紋様が空中をきらめいて、とても美しい。


 わたしは、長物を構える3人の男たちと対峙していた。

 その内の1人目が先人を切ったのだ。

 

 ここは廃れて久しいウォーターパーク。

 プールの水は抜かれているはずなのに、天井を穿(うが)つビニールシートの裂け目から雨水が流れ込んでいて、水溜りがいくつもできている。


 わたしは男の刃を避けた拍子に、その一つに足を突っ込む。

 靴底を滑らせて、右斜めに体勢を崩した。


 先程空振りした男とは別の、2人目の男がやはり、長い得物を振りかぶるのが目の端に映った。

 白刃の描く軌道の先は、正確に首を捉えている。

 このままいくと、わたしの首と胴は鎖骨を境として、真っ二つに、薪を割るように明快に寸断されるだろう。

 

 反射的に、体勢が崩れたまま蹴った。

 蹴りの先は刃の柄を握る彼の手首だ。


 骨が潰れる音と感覚。


 この男は、些か呆気に取られたらしい。

 大きく開いた瞳、その視線の先は、腕の先である。

 手首があったところだ。腕から色々飛び出ている。


 ごめんね。村人(わたしたち)は怪力なの。


 とか言ってあげたいけれど、それは無理だ。

 蹴った勢いに任せて、わたしは水溜りに手をついて胴をねじりながらくるくるしているのだ。

 これは、崩れまくった体勢を立て直すためである。


 手首を破壊された男の奥、つまり3人目が、やはり長物を肩の上に斜めに構えた。突きを放つつもりなのだろう。

 1人目の空振り男も、肩の上に斜めに、突きを構えている。

 何故か沖縄の魚を思い出す。こんな魚がいた。光に突撃する魚だ。


 しかし、いたいけな25歳の女子に、容赦のないことこの上ない。


 でもそれは正しい。

 そもそもこんな体勢でくるくるするのが、ふざけているのだ。

 いや、それ以前に転びやすい靴を履いてきたのが間違っている。


 2つの刃先は、トレーナーのちょっと余裕のある部分を貫いた。

 けれど、幸いにして肌や肉までは届かなかった。

 ダイエットをしていて良かったと思う。

 後方に飛び退(すさ)り、彼らと距離をとってから、改めて向き直る。


「これは、雪解けの歌というの」

 できるだけ優しくそう言ってから、その歌を歌った。


 この因果、つまり能力を使うのは、久しぶりだ。


 わたしの鼓膜に渦巻くそれは、肺を伝って喉から解放され、旋律となって彼らに届く。


 これはわたしの歌だ。そしてこの廃れたウォーターパークは、リサイタル会場なのだ。


……歌い終えると、男たちは全員、水垢で汚れた床に倒れていた。


 体を色々な方向にねじっている。

 口や眼は大きく開かれて、それぞれの奥に収められていたものが、水揚げされた深海魚みたいに、まぶたや唇の先からせり出している。

 彼らの眼球も胃袋も独立した生き物みたいに、かすかに動いているので、少しの悲哀を覚える。

 臭気にも鼻がしかめられる。でも、悲しんだり、遺体を整えてあげられる時間もそんなにないので、転びかけた時に手についた水垢や泥を腰のジーンズに擦り付けて落としながら、守衛室に踵を返す。


 足早に向かいながら、雪解けの歌に倒れた男たちの冥福を祈る。


 守衛室に着く。

 屈強そうな男たちがいたけれど、見かけ倒しだ。

 先ほどの三人衆の方が、よほど強い。

 それに、村人(わたし)相手に銃とか、ナンセンスもはなはだしい。

 手早く制圧してから、マイクのスイッチを入れる。

 全館放送だ。


「今から歌います、ね。これは、雪解けの歌、です」

 空気を肺に一旦吸い込んでから、また歌った。


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