SFの『世界』 前編
「では、行きましょうか」
振り返ると、そこにスーツ姿の美女がいた。
「またかよ!?」
ここは僕の部屋。
積み上がったマンガの本、食べ散らかしたお菓子の袋、電源が入れっぱなしのパソコン。引きこもりでニートである僕の、心安らぐ竜宮城である。
そんな場所に、彼女は自由に入ってくる。
空間をねじ曲げて。
彼女が手をかざすと、そこの空間が渦を巻き、穴が開く。そこに入ると、時間や空間、次元の壁すら飛び越えられるのだ。
彼女は桐咲早紀。
未来の異世界から来た、超能力が使える宇宙人。そして、なぜか市に雇われて就職アドバイザーをやっている。
「さ、今日も異世界のお仕事があなたを待っています」
「もう嫌だ! 僕は働きたくないんだ!」
「せっかく、なんの取り柄もないあなたにもできる仕事を紹介してあげているのに、どうしてですか」
「冗談じゃない!」
彼女の紹介で2度、僕は仕事をした。
1回目は、ゲームの中で、プレイヤーがとってはいけない道をふさぐ『通せんぼキャラ』の仕事。何十組という勇者パーティーに、悪態をつかれ、こづき回されて神経が衰弱してしまった。
2回目は、過去の世界で、「走れメロス」的な状況の中、『勝手に人質』にされるという仕事。死刑を宣告された状況で牢屋の中で三日間も過ごし、精神が崩壊してしまった。
確かに、両方とも何もしなくていい、ただじっとしているだけの仕事だ。
だけどプレッシャーが半端じゃなく、メンタルが確実にイカレてしまう。
「僕は、孤独を愛する人間なんだよ!」
拳を握りしめ、僕は彼女に抗議した。
「他人に気分を乱されるのは、好きじゃないんだ」
「……人と関わる仕事は、ご希望ではない?」
「そうだね。家で絵を描いてりゃいいマンガ家とか、マイクに向かって喋るだけの声優とかなら、なってもいいかな」
「うわ、さすがニート。人生ナメくさってますね-」
とかなんとか言いながら。
彼女はカバンから、書類の入ったファイルを取り出した。
「でも、ありますよ。誰とも関わらなくていい仕事」
「ほんとに?」
「はい、日当で1万円。仕事が終われば、即現金で支払われます」
即現金。
そのワードに、僕はちょっと心を動かされた。
「うーん……どうしようかな……前回の報酬は使っちゃったし」
「無くなったんですか? 10万円ですよ、あれから1週間しか経ってないのに」
「ネットゲームに課金したんだよ」
「え? 全額?」
「そーだよ。見せてやろーか、これ! 週間ランキングで72位! スゲーだろ!」
「72位」
「1万人くらいやってるゲームなんだぞ。初めて2桁順位になれたんだ」
「ちなみに……家賃や食費をお母様に渡したりは?」
「は? なんで? ここは僕の家だし、子供のメシをつくるのは親の義務だろ」
「筋金入りですね……。感動しちゃいますよ」
ゆっくりと息をつき、首を振る彼女。どうやら、僕が堂々と言い放った正論に、すっかり感心したらしい。
「じゃあ、ちゃちゃっと仕事をやって、お金を稼いじゃいましょう。ゲーム機買ってもいいですし、また課金してもいいし」
「うーん、そうだな」
「それでは異世界へ……レッツ、ゴー!」
※ ※
そこは、未だ曽てない景色だった。
どこまでも広がる、まっ黒な空。
彼方にまで続く、赤茶けた大地。
燃えさかる巨大な太陽が、ギラギラと僕を照らしてくる。左を見ても、右を見ても、目に入ってくるのは黒い空と赤い大地だけ。1本の木、1匹の虫、1滴の水すら見当たらない。
「ここは……いったい?」
「宇宙にある、とある星です」
「とある星?」
「気をつけて下さい、酸素とか無いですから」
「え! じゃあなんで生きてるんだ」
「私が超能力で、宇宙服を着せておきました」
「あ、ホントだ」
いつのまにか僕は、銀色の防護服に全身を包まれていた。透明な球体状のヘルメットは、まるで昔のSF映画みたいだ。
だが桐咲早紀は、いつものスーツ姿のまま。
「君は平気なのか」
「私はもともと宇宙人ですから。酸素とかいりません。ま、地球の酸素はけっこう味がいいので、ついつい吸っちゃいますけど」
「そうなの?」
「甘しょっぱい感じです。マックグリドルと似てます」
「マジかよ」
無駄話をしていたが、僕は依然、状況がつかめていなかった。
「……で。僕は今回、ここで何をするんだ?」
「例のごとく、何もしません」
「どういうこと?」
就職アドバイザー、桐咲早紀は説明を始めた。
「この星の生命体――仮に、チュパカブラ星人としますが」
「なぜチュパカブラ」
「彼らは非常に頭が良く、器用な生命体でした。この星を支配し、科学を恐るべきレベルにまで発達させました。ですが」
「?」
「発達させすぎたのです。やがて工業廃水で海を汚し、排出ガスで大気を温暖化させ、ついには核戦争まで起こり……」
「おお、まさにSF……」
「おまけに巨大隕石まで落ちてきました」
「うわあ」
「ここは死の星になりました。生き残ったチュパカブラ星人たちは、宇宙船で別の星に引っ越しました。ですが……いくら死の星といえど、ここは彼らの故郷。捨てることはできません。そこで、誰か人を雇って管理させることにしたのです」
「それが僕か」
「はい。ですが見ての通り、ここは何も無い星。草も1本も生えていなければ、ウィルス1匹存在していません。何もやることなど無いのです」
「つまり、ただここにいるだけでいい」
「そうです」
「まあ、それなら楽かなぁ。スマホも使えるんだろ?」
「はい」
「Wi-Fiは?」
「つながります」
「すげえな……Wi-Fi」
話は分かった。
今度の仕事は、楽そうだ。
「わかった、やるよ」
「おお、良かった。では30年間、よろしくお願いします」
「はあ!?」
僕は思わず声を上げた。
「今なんて言った! 30年って!」
「30年一括の契約なんですよ。報酬は約束どおり、仕事が終わったあと……30年後に払われます。では、お元気で」
ささっと空間に穴を開ける彼女。
僕を置いていこうとする。
「 待ってくれ! やっぱりやめる!」
「それはできません。あ、それと……」
「それと?」
「振り返らないで下さい」
「は?」
「振り返らないで下さい」
意味不明なことを、とつぜん彼女は言い出した。なんの感情も読み取れない「素」の顔で。
(そういえば、この“世界”に来てから、後ろの方を一度も見ていない……)
僕の脊髄を好奇心が昇ってくる。
(何があるんだ)
僕は振り返った。
それは、そこにあった。
半分土に埋まって錆びつき、ひしゃげて曲がったその姿。だが、それはどう見てもそれだった。
見覚えのある、赤い三角の鉄塔。
東京タワーだ。
「ここ地球じゃねーか!!」
何かの映画よろしく、僕は叫んだ。
(僕は……『SFでよくある、滅亡した地球で生き残った最後の1人』だ!)
桐咲早紀は、すでにいなくなっていた。
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