三 2005年正月
クリスマス・イブの日からその後、結局ユキコは接骨院に一度も姿を見せることはなかった。
二十九日の仕事納めの日まで多少の期待を胸に抱きながら過ごしていたが、いつもより忙しい年末の接骨院の患者の中に彼女の姿を見ることはなかった。
鬱憤のたまる状況のなか、それでもやらなければならない大掃除や事務仕事を淡々とこなし、家に帰れば家の用事の手伝いなどで年末は過ぎていく。
慌ただしいままに新しい年を迎えていた。
【 正月は歳神様とやらを迎え祝う神道の行事で、門松・しめ飾り・鏡餅なども歳神を歓迎する為のものである。
歳神とは穀物の神らしく、農耕民族である日本人らしい神だと合点もいく。
もとは氏神の風習らしい初詣は神社・仏閣どちらが正しいのか気なるところだが、神仏混合のお国柄らしくどちらでもいいらしい。
明治時代初期に一応神仏分離の政策があったが、それまでの神道と大乗仏教および祖霊信仰が一体化した神仏習合の信仰の形は今でも慣習として残っているようだ。】
正月休みは三十日から一月三日まで。
祖父母の家ということもあり年始には両親や親戚が集まり賑やかなもので、大人数での酒盛りともなれば休みの間も休めたものではない。
ここのところ酒の席で言われることは大概いつも一緒だ。
祖父や父など男衆からは「そもそも商売とはな・・・」「常に腰をひくく、患者のことを考えて・・・」「こつこつと飽きずにやるから商い(あきない)というのであって・・・」などと、皆会社勤めの人間なのだが商売のやり方や接骨院の経営のやり方をこんこんと説き教えてくれる。
商売について語ってくる人間は会社勤め・サラリーマンが多い。
商売や経営に対し経験は無いがこうあるべきという固定概念でもあるようで、患者でも勤めの人間ほど「商売とは」と言いたがる。
実際に自営業や経営している人間はまず商売云々を人に言わない。
経験があればこそ人に対して商売を語ること、ましてや職種が違えばアドバイスなど出来るものではないことが分かるものだ。
そうはいっても祖父として、父として心配しての言葉であれば無下にも出来ず、これは粛々と話は聞かざるを得ないだろうと酒の相手をしながら耳を傾けるふりをする。
片や祖母や母など女衆からは「彼女はできたのか」「もういい歳なんだから」「早く結婚して孫(曾孫)の顔が見たい」などとせっつくように、ねだるように、その手の話をしてくる。
気持ちも分からないでもないが、こればかりは一人でどうにかなるものではなく、これはいつものことながら聞き流すことにする。
まだ彼女ではないが、今の相手がキリスト教徒だと言ったらどんな顔をするだろう。
祖母は一応仏教で、いつだったかある親族の葬式に参列した際、キリスト教式だったことから帰ってきた時には「あんなよそさんの宗教はよく分からん」と納得のいかない表情を作っていた。
母は神様はどれも一緒と、神棚に仏像も置いて拝む神仏習合であるが、さすがに十字架は見たことが無いのでキリスト教にまで寛容かは定かではない。
こうみると、もし結婚したら祖母との同居は厳しそうだ。
取り留めのない話題が続き、気の抜けた相槌を打ち続ける。
軽いストレスを感じながら、かなり膨らんだ胃の腑に酒を流し込んだ。
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