惚気話
「異種族婚ってやっぱり、無理かなぁ」
神社の境内、石段の上。満天の星を見上げてぼやいた。
「無理だろー」
「だよねぇ」
すぐ隣から応えがあって、諦めと共に言葉を吐き出す。
「そもそも戸籍無いし、月一で見えないし、何なら今も透けてるし、んーさすがに無理かぁ」
「不満ならいつでも人間に乗り換えてくれていいんだぜ」
「あはは、やだー」
けらけら笑って、隣のどえらい儚げな癖に、口調だけ男前の彼氏を見つめる。
陶器みたいに肌が白くて、キリッとした目は淡い青色で、さらっさらきらっきらの髪は銀色で、太陽光が無くても自分で光れるんじゃないかというこのお兄さん、月の化身様である。
容姿だけ見れば今にも消えそうなくらい儚げというか、実際ちょっと透けている。満月の日しか触れないのだ。新月は完全に見えなくなるし、そもそも昼間にも現れない。
それでも愛しちゃったもんだから、私は懲りずに毎日ここに通っている。
「んでどうした、突然」
月は優しい笑みを向けてきた。うん、今日も顔がいい。ぜーんぶ空から見てるんだから知ってるクセに、このお兄さんはいつも素知らぬ顔で聞いてくる。そんで、私が言いたくなさそうな素振りを見せるとそれ以上触れてこないのだ。
今回は全然言うにやぶさかじゃない内容だったので、素直に遠回しプロポーズのワケを白状する。
「こないださぁ、同性婚が認められたでしょ?」
「あぁ…」
「それで、今まで結婚できなかった人達が幸せそーにしてると、私も月と結婚しても良いんじゃないかなぁって、思うんですよ」
連日報道される同じ衣装に身を包んだカップルの結婚式をぼーっと見てると、どうしてもこの男の顔がちらつくのだ。こないだ籍は入れてないけどAIと結婚式挙げた人も話題になってたし、そろそろ人間以外が結婚出来ても良い世の中なんじゃないかなぁ。
「でもアンタ今十七だろ。人間同士でもまだ無理だぜ」
「あっ」
うわ盲点。そういや年齢足りねえじゃん。
はーーーーっ、と息を吐くと、月は面白おかしそうにクスクス笑った。はいはーい、そういうとこ抜けてますよーっと。
膨れながら石段の上に置かれた月の手に無意識に触れようとして、見事にスカッた。 少し透けた手をすり抜けて冷たい石に手が触れて、はたと気付く。
ぽわっと赤くなる私に、気付いた月がフリだけで私の手をきゅっと繋いだ。あーもー、優しいなぁこの衛星さんは。惚れるわ。
「月ってさ、今何歳?」
「あー……四十六億年くらい」
「年の差やっばいね」
「やっばいなぁ」
十七歳と四十六億歳。引き算する気も起きてこない。まぁぜーんぶひっくるめて好きなんだから、そういうのはいいんだけど。如何せん衛星と人間の会話だといつも話題に困ってしまう。ちなみに月はそういうのも見越して話題を振ってきたりするから、本当に敵わない。
青い目をじーっと見つめる。そう、本当にこのお兄さんだかおじいちゃんだか、年齢だけ見りゃご先祖様のご先祖様のご先祖様みたいなヒトは、こっちの心情ばっかり察して自分の話なんか全然しちゃくれないんだ。
こっちが超アタックしたらなんかオッケーしてくれただけで私の事本当に好きなのかも知らないし、さっきみたいに平然と別れようとしてくるから、正直愛されてる自信は無い。
じーーっと見つめ続けていると、月がふはっと吹き出した。
「また小難しいこと考えてんのか?」
「そーですよぉ、十七歳の乙女は悩めるお年頃なの」
ふいっと顔を背けると、深夜の薄暗い砂利道、茂った木々、満天の星。そういえばここって何の神社なんだろうなぁ。月がいるから月の神社か。
お隣のお兄さんの御本体が、今日もぽっかり空に浮かんでいた。ほんの少し歪な形。満月までもう少し。
「月ってさぁ、本当に月だよね」
「なんだ今さら。まだ信じてなかったのか?」
「んーん。ウサギさんしか見えないなぁって」
空の上のもう一つのきみには、今日も元気に餅をつくウサギさんの姿がある。
それしか見えない。それしか見せない。この惑星にいる私は、きみの裏側を知らない。
そんな事をぽつぽつ呟いてみると、月はうーんと首を傾げた。
「調べたら幾らでも見れるんじゃないか?俺の裏側なんて」
そうじゃない。そういうとこだけ鈍いのか、それともわざと言わないのか。
見えないなぁ。満ち欠けみたいに欠片だけ。まんまるでもウサギさんしか見せてくれない。
「……満月以上のきみが見たい」
ぼそっと呟くと、なんだそれと笑われた。
☪︎ ✳ ✳
「じゃーん! きみのグラビアです!」
そう言いながら彼女が見せてきたのは、“衛星”の俺が印刷された紙の束だった。
「グラビアってなぁ……」
相変わらずぶっ飛んだことしか言わないもんだから見ていて飽きない。紙の束をぺらぺら捲ると、外から見た俺がこれでもかというくらい載っていた。少し前に話した俺の“裏側”も。
「裏にはウサギさんいないねぇ」
「まぁそのウサギも場所じゃカニだのヒトだの色々だけどな」
俺の持つ紙を彼女が覗き込んで肩が触れる。
今夜は満月。月に一度、俺がこの惑星に触れる日。
「クレーターだらけだねぇ。痛くないの?」
「痛覚無いからなぁ」
「ないんだ」
そもそも普通の星には自我も無いだろう。俺は人間が神だのなんだのに喩えるからそれなりのものが宿っただけで。
四十六億年分の記憶があっても、自我らしいモノが生まれたのはここ数千年の話だ。姿がヒトに近いのも、一人の人間を綺麗だと思ったのも。
「うーん、せっかく触れるのにこれといってする事ないねぇ」
「悪いな」
飽きたのか紙の束から視線を外して、彼女はへらっと笑いかけた。
この姿の俺は、この神社の境内から出られない。だから、満月だろうと大抵いつも通りなんでもない話をして終わる。
「一緒にいるだけで楽しいからまぁ、いーんだけどねぇ」
手持ち無沙汰なのか、彼女が空いた俺の手を握らせたり開いたりし始める。いつもの奇行だ。
俺は、この境内から出られない。夜しか現れない。
ということに、している。
「ねぇ、月いま何考えてる?」
黒い双眸が俺を見つめてきた。こいつは勘が鋭い。だから俺はまだ、彼女の名前を聞いていない。
「俺の手いじくって楽しいか?」
「楽しいよぉ。華の女子高生よりすべっすべなのは許しがたいけどね!」
昼間に見るこいつは、ほとんど人と話さない。常に無表情に窓を眺めて、明るい空に俺の姿を見つけた時だけ、少し微笑む。
だから俺はここから出ない。夜しか現れない。
俺が外の彼女を侵食すれば、それだけ彼女も俺に依存するだろうから。
「月が綺麗ですねぇ」
「そうか」
「あっこれ愛してるって意味なんだよ。知ってた?」
彼女は勘が鋭い。だから俺に名前を告げない。
神に名前を知られると、隠される事を知っているから。
「知ってた」
「だよねぇ」
俺が名前を聞けば、こいつは今と変わらない笑顔で応えるだろう。
俺がこいつを隠しても、こいつは笑って受け入れるだろう。
だからまだ、この距離でいい。俺の裏側はまだ、見せない。
「へへ、愛してるよーっ」
「あぁ」
こいつが完全に現実を捨てるか、俺から逃げようとしたその時に、
永遠に時の過ぎない、逃げられない場所に閉じ込めてやるから。
「……幸せだなぁ」
それまで、気付かないで待っていればいい。
なぁ、四条美月。
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