第20話

「ロボットがベストな時のデータは登録済みだ! すぐ直してやるから、一旦どいてくれ!」

「言っときますけど、今回だけですよ! 技術二班の面子を潰す事になりますし。それより何より、すっごいリスキーなんですから、戦闘中に出てくるの!」

「これ実現するために、堀田主任、土下座し過ぎて額の後退が早まったんですからね!」

『後退してねぇよ!』

 非難がましい声が、重機内の通信機から聞こえてきた。続いて、凄味のある声が響く。

『良いか、お前ら。俺達技術屋は、基本裏方だ。俺達の存在を知らない奴なんて、世の中にゃ腐るほどいる。そんな状況でも、俺達は腐らずに働き続けてきた。何でだ? 自分達の技術に、自信と誇りがあるからだ! そうだな!?』

「はい!」

『だが、それでもたまには自分の技術を見せびらかしたい時もある! そうだな!』

「はい!」

 技術四班の全員が、ニヤリと笑った。通信機の向こうでも、堀田がニヤリと笑った気配がある。

『縁の下の力持ちが表舞台で戦士になれる、最初で最後の機会だ! 気張っていけよ!』

「おう!」

 一斉に叫び、四班の技術者達が一斉に重機に搭乗した。三台の機械がロボットを取り囲み、あっという間に時間を逆行させていく。ロボットの装甲が直り、駆動音が響き始めた。

 完全な邪魔者であると判断したのだろう。怪人が、一台の逆行装置に拳を繰り出す。搭乗者は脱出、装置は地に落ち、大破した。

 だが、すぐに残りの二台が動きだし、一台はロボットの逆行の続きを引き継ぐ。もう一台は、大破した逆行装置の時間を逆行させ始めた。

 その間にも、誠はあちらこちらを飛び回り、雑魚怪人達を小さな姿に戻していく。小さくなった怪人は、再び動き出したロボットによって踏み潰された。

「初瀬さん、すごいじゃん! そんなにすいすい動けるとか、運動音痴って触れ込み、嘘でしょ!」

 言われて、誠は少し照れながらも「まさか」と呟いた。

『運動音痴なのは本当ですよ。けど、機械の操作なら、そこそこいけるつもりです。ヒーローに憧れて、一緒に戦いたくて。そのために勉強して、技術を磨いてきましたから。やりたい事をやれるように、好きな人を守れるように、何かを頑張れって。僕の憧れのヒーローに、言ってもらいましたから!』

「え?」

「それって……」

 世良を除く五人が、世良の方をちらりと見た。メットに隠れて見えないが、その顔はひょっとしたら赤くなっているのかもしれない、と五人は思う。

 そうこうしているうちに、雑魚怪人は一掃された。残るは、リーダー格の怪人だけ。いつもと同じパターンだ。

「よし! これならいけます!」

「あ、ねぇねぇ。折角だからさ、景気付けにもっかい名乗っておこうよ!」

 その提案に、一同は「よし!」と賛同する。

「なら、その……」

 世良が、言葉を発した。珍しく歯切れが悪いその様子に、五人は顔を見合わせる。そして、心得たように頷きあった。

「初瀬さん、聞こえる?」

『はい。何でしょう?』

 通信機から聞こえた誠の声に、中花が言った。

「初瀬さんも、一緒に名乗りませんか?」

『……は?』

 誠の声がギシリと固まった。恐らく、動きも停まっている事だろう。

「初瀬さんが堀田さんに掛け合ってくれたから、今こうして技術四班の方達が助けに来てくれたわけで。お陰で、僕達はこうしてまた戦えるんです。アドリブをさせる事になってしまって申し訳ないですけど、僕達、今回は初瀬さんにも名乗ってもらいたいんです! 桃子姉さんも、言葉には出しませんけどそう言ってます!」

「ちょ……!」

 止めるような素振りを見せてから、世良が諦めたように頷いた。

「初瀬さん? 嫌だったら、断っても良いんだからね?」

『いえ、それは光栄なんですけど……僕だけが名乗るわけにも……』

 躊躇うように誠が言うと、堀田や、その他の技術四班の者達が口々に「気にするな」と言った。

『俺達全員が名乗ったら、時間がかかって仕方ないからなぁ』

『今回一番頑張ったのは、お前だ。だから、お前が技術四班を……いや、技術班を代表して名乗っとけ』

『憧れの桃子女史がお前を指名してくれたんだぞ? この話に乗っとかなきゃ、男じゃねぇよ』

『まさかあの試作品を、ここまで改造してモノにしちまうとはな。流石は技術班を目指して学び続けてきた期待のルーキーって言うか。半端ねぇよ、お前の桃子嬢への憧れ』

『名乗りに加われない代わりに、俺はこれからのお前の一挙手一投足を全て酒の肴にさせてもらうからさ。それでチャラだ』

「げっ……」

 変なプレッシャーを与えられ、誠はカエルの鳴き声のような呻き声を発した。そんな彼に、技術四班の皆は「早く行け」と言ってくれる。

 誠は頷き、そして照れながらもロボットの顔部分、その横に装置を飛ばした。

「じゃあ、その……至らないところもあるかもしれませんが、よろしくお願いします!」

『こちらこそ!』

 通信機から六色の声が聞こえ、誠の名乗りを歓迎してくれる。その声に勇気を貰い、誠は頷いた。それを確認したのか、中花が音頭を取る。

「それじゃあ皆さん、いきますよ!」

「おう!」

 外からは見えないが、六人はコックピットの中でそれぞれポーズを取っている。中花が、先ほどまでの泣き声が信じられないほど堂々とした声を発した。

「熱き焔のブレイバー! ブレイヴレッド、中花大和!」

「静かなる水のブレイバー! ブレイヴブルー、白波柊人!」

「遥かな大地のブレイバー! ブレイヴイエロー、加納拓真!」

「命宿りし木々のブレイバー! ブレイヴグリーン、葉室奈菜!」

「優しき花のブレイバー! ブレイヴピンク、世良桃子!」

「煌めく黄金のブレイバー! ブレイヴゴールド、江原鐵!」

 ゴールドの名乗りが終わったところで、全員の気配が誠に向かう。「さぁ」と促されているようで、少しくすぐったい。誠は装置の上で踏ん張ると、生まれてこの方発した事も無いような大きな声を張り上げた。

「縁の下の力持ち! 技術四班、初瀬誠!」

 誠が名乗り終ったところで、六人がすぐさま締めの台詞に移る。誠も、少し遅れながらも何とか合わせた。

「悪にこの世は渡さない! 勇敢なる守護者、勇輝戦隊テラブレイバーズ!」

 決め台詞がきっちり決まり、隠れながらも様子を窺っていた人々から歓声が上がる。

「行きますよ! 今度こそ決めます!」

 中花が叫び、ロボットが動き出す。誠はその場を離脱し、高いビルの上へと移動した。ここからなら、邪魔にならずに状況を観察する事ができる。

 ロボットがパンチを繰り出し、怪人の顎にヒットした。怪人がよろめいたところで、更にパンチを連続で食らわせる。最後はキックを決めて、蹴り飛ばした。

 吹っ飛ばした怪人がぶつかり、ビルが一棟崩壊した。

『あぁっ! すみません!』

 中花の焦った声が聞こえる。すぐさま、技術四班の誰かが応答した。

『気にすんな! そんなビル程度、一時間もありゃ直してやるよ!』

『ビルも国宝もライフラインも、この辺一帯は全部きっちり調査済みで、データも登録してある! どれも直せるものばかりだ!』

『形ある物はいずれは滅びるもんだぞ! 世の中は諸行無常だ!』

 最早何を言っているのやら。どうやら初めて戦闘現場をナマで見て、技術四班の者達は興奮しているようだ。あれだけ煽って、後ほど後悔しなければ良いのだが。

 その煽り言葉に勇気づけられたのか、中花が「はい!」と元気良く返事をする。恐らく、これは本当にこれから一切建物を気にせず戦ってくれるのだろう。誠は、当面の残業を覚悟した。

 ロボットは怪人に四つに組み付き、ギリギリと互いに押し合う。ロボットのエネルギーが、怪人に勝ったのだろうか。見事な背負い投げが決まった。勿論、辺りの家屋はぺちゃんこだ。

 見れば、技術一班から三班、それに解析班の者が出てきている。人々を、安全な場所まで誘導しているのだ。数ヶ月後にお披露目予定の、新ロボットのパーツとなるマシンも来ている。まだ攻撃に使える段階ではないが、人々を安全に避難させるだけなら充分役に立つのだろう。

 管制室から、誰それはどこへ行けだの、あそこへ避難させろだのと言った指示の通信も飛び始めた。縁の下の力持ち達が、それぞれ今自分にできる精一杯の事を行っている。

 それを、実感しているのだろう。ロボットの動きのキレがかつてない程、良くなった。あまりの動きの良さに、怪人は困惑している。その隙をついて、ロボットは再び怪人を投げ飛ばした。そして、石油コンビナートが爆発する。

「……いつも、本当に気を使って戦ってくれてたんだ……」

 通信機をオフにして、誠は呟いた。現時点で、街は滅茶苦茶。ロボットが全力で戦えば、これほどの被害になる。今までこうならずに済んできたのは、戦士達が街の被害を最小に抑えようと、気を使いながら戦ってきたからだ。

 気を使いながら、人々の被害を抑えながら、街を守ってきた。何十年も、ずっと。

 そんな彼らを支えなければ。今も、これからも!

 誠は再び機体に乗り込んだ。そして、街の上空へと移動する。空から街の様子を見渡し、逃げ遅れた人を見付けては近くの建物を復旧していく。どうせまたすぐ壊れるのだろうが、ひと先ず避難場所への安全な道が確保できれば良い。

 他の技術四班の者達も、動き出した。誠と同じように、避難場所への道を復旧し、逃げやすくしていく。どこを直すのか指示を出すのは、空を飛んでいる誠と、カメラの画像を全てチェックしている管制室の役目だ。

 やがて、怪人は力尽き、ふらつき始める。そこに、ロボットが必殺のレーザービームを浴びせかけた。それを受けた怪人は、流石に耐え切れない。遂に爆発四散し、辺りには静寂が訪れた。

「……や、やった……?」

 誠が呟き、他の者達も息を呑む。静寂の中に次第にざわめきが生まれ、辺りの空気は興奮に満ちていく。

「やった……やったんだよな?」

「あぁ、やった! あいつらが勝ったんだ!」

 技術四班の興奮が、他の技術班にも伝わり、そして一般の人々にも伝播していく。川のせせらぎのようだったざわめきは、終いには大きな波となり、辺りを覆い尽くした。

 ロボットが、勝利を宣言するポーズを取った。それを受けて、人々は大きな声援をロボットに……戦士達に送る。……いや、戦士達だけではない。その場にいた、技術班の者達にも。大きな歓声と拍手に、技術班の者達は顔を見合わせ、そして照れ臭そうに頭を掻いた。

 そんな中、誠は通信機に向かって声を出す。

「……皆さん、聞こえますか? この歓声……」

 勿論、と、返事があった。誠は頷き、言葉を続ける。

「今回、現場でずっと一緒に戦わせてもらって……やっぱり、皆さんはすごいと思いました。多分、ここにいる人達全員がそう思ったんじゃないかと思います。だから、こんなに歓声を送ってくれている……」

 だから、自信を持って欲しい、と。六人は、人々にとって憧れのヒーローなんだと。その想いを込めて、誠は言った。

 すると、通信機から「何を言っているの?」と世良の声が聞こえてきた。

『この歓声は私達だけじゃなくって、初瀬さん達技術班の皆や、管制室の人達……今回の戦いに関わった人全員に向けられたものよ。街の人達にとっては、初瀬さん達も憧れのヒーローになったの。私達だけが特別みたいに言わないで頂戴』

 そんな事を言われるとは思ってもいなかった誠は、「え」という言葉と共に停止する。そんな彼に、世良は言った。

『十年前に言ったんだったかしら? 強さって、戦いの強さの事だけを言うんじゃないって。今でもそう思うし、これは〝強い〟だけじゃなくって、〝すごい〟にも言える事だと思う』

「……すごい……?」

『うん、すごい。初瀬さん、十年間ずっと勉強を頑張って、技術も身に付けて……努力し続けてきたのよね。だからあんな改造もできちゃったし、自分の技術に自信を持ってそれをする事ができた。誰でもできる事じゃないわよ。……すごいと思うし……格好良いと思うわ』

「かっ……え!?」

 動揺する誠の耳に、世良がくすくすと笑う声が聞こえてきた。よく聞くと、他の五人の笑い声も聞こえる。照れと楽しさが綯交ぜになって、誠もついつい笑い出した。

 まだ敵の組織を壊滅させたわけじゃない。問題は色々と山積みだ。だけど、今この時ぐらいは、こうして笑っていても良いだろう、と誠は思う。

 だから、躊躇い無く笑った。陽の光を浴びて輝くロボットを見上げながら、ただひたすら、楽しく笑い続けた。

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