第19話

 人々の悲鳴が響き渡り、武器を持った怪人達が街を闊歩する。ビルが破壊され、街はどんどん瓦礫だらけになっていた。

 逃げ遅れた人々を狩り獲ろうと、怪人達の武器が鈍い光を放つ。だが、それを黙って実行させるほど、この街は甘くない。

「待てっ!」

 制止の声が聞こえ、間を置かずに六人の人間が人々と怪人の間に割って入った。今回は既に変身しており、全員がバトルスーツとメットを見に纏っている。

 人々を逃がしたところで、全員が横一列に並んで名乗りを上げる。いつもと違う平日に攻撃を仕掛けられた事で多少の焦りがあるのだろうか。名乗りはあるが、ポーズは短縮されている。

「熱き焔のブレイバー! ブレイヴレッド、中花大和!」

「静かなる水のブレイバー! ブレイヴブルー、白波柊人!」

「遥かな大地のブレイバー! ブレイヴイエロー、加納拓真!」

「命宿りし木々のブレイバー! ブレイヴグリーン、葉室奈菜!」

「優しき花のブレイバー! ブレイヴピンク、世良桃子!」

「煌めく黄金のブレイバー! ブレイヴゴールド、江原鐵!」

「悪にこの世は渡さない! 勇敢なる守護者、勇輝戦隊テラブレイバーズ!」

 全員で叫び、そしてすぐさま走り出す。一人一殺どころか、一人十殺ぐらいの勢いで雑魚の怪人達を片付け、一掃してからは全員でリーダー格の怪人に取り掛かった。

 世良が怪人に足払いをかけ、よろめいたところに緑と黄色が武器で強烈な打撃を与える。そして最後は、青とゴールドがやぐらを組み、それを足場にしてレッドの中花が空高く跳び上がる。空から滑空する形で剣を振り下ろし、勢いのついたそれは怪人を易々とから竹割にした。

 爆発とともに、怪人が倒れる。さぁ、ここからが本番だ、と、六人は息を呑んだ。

 もう、これまでに何度これを見てきた事だろう。倒した怪人が巨大化し、街を踏み潰そうとする。六人は巨大ロボットを呼び出し、素早く乗り込んだ。

 一対一だ。いつも通りやれば、いつも通りに勝てる。そう信じて、全員が操縦桿を握った。だが。

「何だあれ? あいつらも巨大化するのかよ!?」

 これまでに無かった事が起こった。雑魚の怪人まで、次々と巨大化し始めたのだ。右でも、左でも、東も西も、南も北も。周囲三百六十度、気付けば雑魚も含めて怪人が視界に入らない場所が無い。

「どうするんですか? 通常戦闘ならともかく、巨大化戦で一対多数なんて初めてですよ!?」

 ロボットは一体だけ。巨大化前の戦いのように連携を取って戦う事はできない。

 とにかく一体ずつ着実に減らしていこうと、目の前の雑魚怪人に取り掛かる。だが、一体と組み合うと、背後からも横からも、別の怪人が組み付いてくる。

 身動きが取れなくなったところで、リーダー格の怪人が強烈な攻撃を喰らわせてきた。ロボットが膝を折り、その衝撃で大地が揺れる。地上からは、数え切れないほどの悲鳴が上がった。

 劣勢で中々一体目を倒せないでいるうちに、手持無沙汰の怪人が街を破壊し始める。ビルを殴り、タワーを折り、折ったタワーを手にしてビルに振り下ろす。

「……っ! このままじゃ……!」

 中花が悔しそうに呻くが、呻くだけでは何も解決しない。彼らにとって、握った拳は敵を攻めねばならぬ物なのに、このままでは振るう事もできやしない。

 一体の怪人が、ロボットの背後から勢いをつけて跳びかかってきた。ロボットは堪えきれず、地にうつ伏せに倒れる。

 その上に、また別の怪人が馬乗りになった。最早、ロボットは完全に動く事ができなくなっている。操縦桿をどれだけ動かそうとも、どのボタンを押そうとも、立ち上がれない。ただされるがままに、殴られるばかりだ。

「何とか……何とかしないと! じゃないと、街が!」

「落ち着きなさい、大和! 泣いたって何も解決しやしないわよ!」

 そう言って中花を叱咤する世良の顔も、悔しさと焦りで歪んでいる。

「必ず守るって、言ったのに。心配しないでって……!」

 誰にも聞こえないほど小さな声で呟き、世良は歯を噛み締める。誠に偉そうな事を言っておきながら、今の自分は何だ、と。これでは、世論に辞めろと言われてしまうのも当たり前だ。折角戻ってきた自信が、再び消えていくのを感じる。

 ロボットがダメージを受け過ぎたのか、コックピット内の灯りが消えた。あちらこちらから、バチバチという電気が弾ける音が聞こえる。衝撃は収まらない。機体も地面も、揺れ続けている。

 これはもう、街を守れるかと心配している場合ではない。このままでは、ロボットは完全に破壊される。それに搭乗している六人の命も、そこで終わってしまう。

「どうしよう! このままじゃ私達、死んじゃうよ!」

「不吉な事言うなよ! 俺達が死んだら、誰がこの街を守るんだよ!」

「……現状を見てると、死んでも死ななくても、街を守れそうにないですけどね……」

「そういう事を言わないでくださいよ!」

「これじゃあ、また技術班の人達に徹夜作業させる事になっちゃうよ! 俺、今度は栄養ドリンクじゃなくて美味しいお菓子とか差し入れに持っていきたいのに!」

「それ、今気にする事か!?」

 技術班、お菓子。その言葉に、世良はグッと言葉を詰まらせる。戦いの直前まで一緒に菓子を食べて茶を飲んでいた事もあって、どうしても誠の顔が頭を過ぎる。

 美味しそうにクッキーを食べてくれた。自分の事を、憧れのヒーローと言ってくれた。冗談で言った言葉を真に受けて、もしもの時は嫁に貰ってくれると、真剣に言ってくれた。

「……っ!」

 歯を食いしばり、世良は操縦桿に力を込める。

「……桃子姉さん?」

 暗闇の中、中花が怪訝な顔で世良の方を見ているのがわかる。だが、応対している心の余裕は無い。世良は研修時代に叩き込んだロボットの知識を総動員させ、いくつものボタンを押し、スイッチを入れ、または切り、複雑な操作をこなしていく。

「大和、そっちの緑の電源ボタン落として! 奈菜と柊人は赤色に光ってるボタンを全部消す! 拓真と鐵はこっちの操縦桿を動かすの、手伝って!」

 言われるがままに、五人が動き始めた。彼らの想いは、ただ一つ。なすすべが無い以上、今は一番経験の長い世良を信じよう、と。

「……無様なところは、見せられないのよ」

「……桃っち?」

 名を呼ばれても、世良は応えない。ただ、自分に言い聞かせるように、操縦桿に力を込めながら言う。

「誰に何と言われようと、構わないわよ。辞めろと言われるのも、仕方ない。けど、彼にだけは……私に憧れ続けてくれた、格好良いヒーローだって言ってくれた彼にだけは! 無様な姿は、見せられないの!」

 操縦桿が、三人分の力で少しずつ動き出す。他のシステム全ての電源を落として、エネルギーを一点集中させている事も効いているようだ。他の三人も、世良の周りに集まってくる。

「桃子姉さんが、こんなに熱くなってるの……初めてですよね」

「桃っち、いつも私達の保護者みたいで、ずっと落ち着いてたもんね」

「そんな貴女をここまで動かすなんて……一体どんな情熱的な殿方とご縁があったのやら。是非、後日紹介してくださいよ」

 操縦桿が、動く。少しずつ、だが着実に。それと同時に、ロボットも少しずつ動き出した。鈍い音を立てながらも肘を立て、膝を立て。少しずつ上体を起こしていく。

 外から、歓声が聞こえた。窓は無い。モニターも今は電源を落としていて何も映らない。だが、わかる。これは、街の人達の声だ。一度倒れたロボットが再び立ち上がった事で希望を取り戻した、人々の歓声だ。

 いける! と全員が感じた。この声が、勇気をくれる。力が湧いてくる。

 ロボットが立ち上がった。馬乗りになっていた怪人が振り落とされ、地に落ちる。

 世良は再びボタンを操作し、モニターの電源を入れる。街が映った。

 街は大分破壊されてしまっている。怪人の数も減っていない。それでも。

「立ち上がる事はできた……! まだ、終わりじゃない!」

 中花が呟き、一同が頷く。

「けど、ここからどうします?」

 問題は、それだ。立ち上がれただけでは、何の解決にも繋がらない。万全の状態でも、先の状態まで追い込まれた。ましてや今は、ロボットもいつストップしてしまうかわからない破損状態。とてもじゃないが、まともに戦えるとは思わない。

 それでも、戦わなければ。街を守らなければ。今、歓声と勇気をくれた人々に、再び悲鳴をあげさせるわけにはいかない。

「少しぐらい無茶をしてでも、何としてでもここを突破するわよ!」

「はい!」

『いえ、その必要は無いです! ……と言うか、お願いですから無茶はやめてください!』

 突如、通信機から若い男の声が飛び出してきた。六人は驚いて、腕を見る。通信機は、変身ブレスレットに内蔵されているからだ。

「この声……」

「初瀬さん!?」

 目を丸くする一同に、ブレスレットからは『えっと、その、ははは……』と頼りなく笑う声が聞こえてきた。

「何で? 通信できるのって、管制室の人間だけのはずじゃ……」

『技術四班の堀田主任に、上に掛け合って頂いたんです。今回に限り、僕の端末からもそちらに言葉を飛ばせます』

 そう言ってから、誠は六人に外を見るよう言った。言われて、六人はモニターに映った外を見る。そして、メットの上から目をこすった。

 怪人の数が、減っている。数分前と比べて、明らかに。

「え、これ……どういう事!?」

 誰かがそれに答える前に、ロボットの眼前を一台の機械が通過していった。一人しか乗れない、小さなサイズ。それに、人が乗っている。誠だ。

「初瀬さん!?」

 世良が素っ頓狂な声をあげ、思わず他の者は耳を塞ぐ。

 それはたしかに誠で、誠が乗っているのはあの試作品の時間逆行装置。ただし、デザインが少々変わっている。これまでは宙に浮く程度だったのに、今ではしっかり空を飛んでいる。

 それは空を飛び、怪人達のハエを叩き落とそうとするような攻撃をすいすい躱す。そして、一体の怪人の頭上に陣取ると、素早くあの黄緑色のネットを射出した。

「逆行を開始します!」

 叫び、誠は複雑な操作を目にも留まらぬ速さでこなしていく。ネットに包まれた怪人が、見る見るうちに小さく……巨大化前の姿に戻っていった。

「これは……」

 唖然とする六人の元に、再び誠からの通信が入る。

『試作品の時間逆行装置を、改造させてもらったんです。空を飛べるようになりましたし、逆行範囲も広がりました。それに、解析班から雑魚怪人の生体データも貰ってきて、通常サイズの時のデータを登録しました! こいつらは僕が元のサイズに戻していきますから、皆さんは親玉に集中してください!』

 そして『けど……』と言葉を濁す。

『その前に、一度ロボットから降りてください!』

「え?」

 首を傾げながらも、六人は誠の言葉に従ってロボットを降りる。するとそこには、五台の時間逆行装置と、それを操縦する技術四班、計十名が待っていた。

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