神妻囮☆大作戦3
『それもそうだ』
オルドは足に力を入れ身を低くし前進する。
そこにきてパンツ泥棒はようやく、オルドに気をとられた。目を走らせ、見える範囲でオルドを確認しようとしたのだ。
するとハーシュが両手を合わせた状態から左右に開き、再び勢いよく手を合わせる。
乾いた音がその場に響き渡り、ハーシュは先の笑みと同じくらい底意地の悪い笑みを顔に浮かべた。
「コンチャン、お願い」
気軽すぎる上にわざとらしい神への願いは、それでも届く。
ハーシュはコンチャン……コンジという狐の姿をした獣神の力を借り、この場に結界を張った。
「
それは、人間が神に力を借りて行うものだ。供物を用意し、儀式を行い、人の世に奇跡を起こす術である。
それをハーシュは手を叩く……
「神様がいるんだできねぇ理由もねぇだろ」
ハーシュはそういって、ゆっくりとパンツ泥棒に近づく。
パンツ泥棒はオルドとハーシュ、二柱が見えるように方向を転換し足を後ろへ後ろへと動かした。
「他所の神の力を請い願うなど……!」
驚きの声を上げながら、今まで逃げ切ってきたパンツ泥棒は抜け目なく自らの懐を漁る。
前回のときのように赤い球や灰色の球を投げ、魔法を使おうとしていたのだろう。
しかし、その手はすぐに止まる。
『普通はしないし、簡単に力を貸す神もいない。しかし、ここでは魔法が使えない』
パンツ泥棒には残酷な事実をオルドが吐き出したからだ。
それが嘘だということもできた。だが、パンツ泥棒は手を止めたまま後ろに下がることしかできない。
魔法を使うための小道具から、魔法の力を感じることができなかったからだろう。
「ここの神は友神でなぁ。人間よりも簡単に使わせてくれた。もし、使わせてもらえなかったら……魔術を使うか、俺が封印限定解除するだけだ。なんせ、神格の高い連中ばかりからパンツなんて盗みやがるから、うちの主神までお力添えくださった。今なら、上司も嫁のためにお力添えくださるんじゃねぇの」
ハーシュは神格が低い。だから、神力も弱かった。その代わり魔力が強い。神力を補って余りある。そのことからカミナでよく使われている魔法を使うことも、人の世で流行っている魔術を使うこともできた。
その上、カミナの平和を守るためならば封じられた力も使うことができる。もっとも封じられた力を使うには、資格と自らより上の立場にある神の許可が必要だ。余程でない限り使われることはない。
『というと、危うくするとパクッといったということか?』
ハーシュが封印解除をした場合、彼は本来の姿に戻れる。そうすると神も人も悪い魂であれば食べることができるのだ。加えて彼の本来の姿は狼のような大きな四足の獣である。現在のオルドもパンツ泥棒も一口で食べてしまえるのだ。
「馬鹿いえ。こんなん食った日には胃もたれするわ」
『胃もたれ……』
つまり、魂はハーシュが食らえば消化されるということである。
急に消えたりはしないのだ。
オルドはパンツ泥棒ににじり寄りながらも尻尾を丸め、パンツ泥棒はゴクリと喉を鳴らす。
はじまりの神のすさまじさに二柱は慄いていた。
「かかか、かくなる上は……っ」
いつも通り逃げようとしても魔法は使えず、神術により結界まで張られてしまったのだ。パンツ泥棒も戦うしかない。
けれどはじまりの神の中でも、拷問級の能力を持つハーシュの相手をするのは恐ろしいものである。
だからパンツ泥棒は最終手段をとったのだ。
パンツ泥棒は懐からようやく手を出した。その手には一枚のパンツが握られており、すぐにそのパンツを帽子のように被ったのだ。
そしてパンツ泥棒はカッと目を見開き、素早い動きで手を頭へと持っていく。
「
爽やかさまで感じられる挨拶だった。その姿は何かへの敬意で満ちており、パンツ泥棒の変態性を輝かせる。
恐ろしいほどの充足感を持って、まるで力が増したかのような姿を見せたパンツ泥棒であったが状況はまったく変わっていない。それでもパンツ泥棒はこれで完璧だといわんばかりに回れ右し、竹林の中へと飛び込もうとした。
『ま……まさか、あんなことで力が増すのか? それとも封印が解けるのか……? もしかしてこれが宗教とやらの力か!』
驚きのあまり丸めた尾をピンとたて、オルドがハーシュに振り返る。
ハーシュは小さく首を振った。
「いや、気合とかは入るかもしれないが」
ハーシュが頭を抱えてため息をついたとき、パンツ泥棒は結界へと思い切りぶつかる。パンツ泥棒はなお逃げようとしていたのだ。
「なんでこんな野郎捕まえられなかったんだろうなぁ……」
◇◆◇
かくしてパンツ泥棒はオルドたちの活躍で捕まった。
オルドとハーシュはパンツ泥棒を眠らせたあと縛り上げ、それを渡すためにコンジの実家の前で引渡し相手を待つ。
引渡し相手に連絡してからしばらく。そいつはぐるぐる回りながら空から落下すると空中で大きく翼を開き、華麗にオルドの背中に着地した。
『オッマタセぇ。ライール配送デェーす』
そいつは黒から青へと染まった翼に軽快に嘴を開く鳥……クディートだ。カミナでも運び屋をしているクディートがパンツ泥棒を牢に連れて行くためにやってきたのである。
クディートはオルドの背に得意げに着地したあと、オルドたちに事の顛末を聞いた。今まで捕まえられなかったパンツ泥棒をどうやって捕まえたかが気になったのだろう。
オルドは一生懸命自分のわかる範囲で説明した。
けれどクディートには心躍る話ではなかったらしい。説明が終わるとクディートはオルドの背中を踏みながら不満げに嘴を鳴らした。
『エー……聞く限りじゃァーアレジャン? もっと簡単に捕まってて良かったジャン?』
『神術を使ったあたりで随分焦っていた』
嘴を鳴らす音が気になるのか、オルドは背中をもぞもぞと動かしクディートを落とそうとした。しかし、クディートはその度、オルドの背中で足の位置を変え、オルドの背中に留まる。
『ウワーお気の毒サマァ。普通は使わネーヨ、他所の神様の術なんテヨ』
クディートがケタケタと笑い、また嘴を鳴らした。
嘴を鳴らされるたびオルドは耳をピクピクと動かし背中を動かす。
クディートは少し飛び上がり、背中に再び舞い降りることでオルドの背中にとどまり続けた。
「神が神術使ったり、魔術使ったりはさすがに考えねぇってのは置いておいたとしてもちょっとなぁ……」
オルドとクディートの触れ合いをぼんやりと眺めていたハーシュは、二柱の話が終わるとそろりとパンツ泥棒へと視線を流す。それは触れてはいけないもの、痛ましいものを見る目だった。
『オヤァ? ハーシュは気になってンのカァー?』
「それなりに。でもまぁ……捕まったんだ。何かあるなら拷問次第でなんとか」
さらりと落とされたことばにオルドは小さくなって尾を丸め、クディートはオルドの背中から頭に移動してけたたましく鳴く。
そんなことをされては拷問について怖がっている場合ではないと、すぐにオルドは首を振って耳を伏せる。
『オッカネー! オレは運ブだけダケドー! マ、置いといテェー。ハーシュ、ソイツ運んだラ、チョォーット、付き合ってクレ』
『嫌だ』
オルドの即答であった。オルドは全身をブルブルと震わせようやくクディートから解放されると、クディートから離れ、ハーシュのそばでクディートを威嚇し始める。
『ナァンデそこで、オルドが答えル?』
オルドに威嚇されていることをまったく気にしていないクディートは、パンツ泥棒の上に降りて心底不思議そうに首を傾げた。クディートにはかけらも悪気がなかったのだ。
「それだけ嫌がられておいて尋ねるとはいい根性だな。だが、俺の答えも同じだ。お前のちょっとはちょっとじゃねぇし面倒くせぇ」
クディートとは長い付き合いであるハーシュは、鼻で笑う。クディートは少し面倒な神なのだ。
しかし、クディートもハーシュのことをよく知っていた。
『そう言わズ。食べ放題、オゴルカラァ』
「よしきた任せろ」
クディートのことばはハーシュにとってかなり有効だった。
その様子をみたオルドは一度ハーシュを見上げ裏切られたと口を開けたあと、すぐにうつむき悲しげに鼻を鳴らす。
『そんなにションボリするなァー。手伝ってクレたラ、お前サンも食べ放題連れてってやるカラ』
けれどクディートの続けたことばに、一瞬で尾と耳を伸ばし、その場でくるりと回ったオルドはハーシュよりも現金であった。
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