神妻囮☆大作戦2
そして事件は起こったのだ。
そのときコンジはすっかり風呂場に入りご機嫌で身体を洗っており、オルドは穏やかな寝息を立てていた。監視室では欠伸をして二柱の神が身体を伸ばしていた頃であったし、外で待機していたハーシュは腹が減ったとぼやいた頃でもある。
そいつは疲れや眠気に負けた彼らをあざ笑うように近寄り、一瞬にしてことをなした。
半分開いておいた窓から脱衣所へと入り足音もさせず洗濯籠に近づくと、そいつは洗濯物の中へと勢いよく、だがとても静かに顔を突っ込んだ。次に顔を上げたときには、先ほどコンジが変身時に脱いだパンツを口に咥えていた。
そいつは口に咥えたパンツを慎重に両手の指でつまみ広げると、力強く深呼吸をする。とてもとても長く力強い深呼吸であったが、いやに静かであった。
その異常な行動に一番最初に気が付いたのは、監視室で軽く身体の凝りをほぐしたケーブとグラントゥスである。
【コンジッ、いや、オルドッ! 変態! 泥棒ッ! どっちでもいいから、来た……ッ!】
ケーブが焦った様子で
その間にもそいつ……パンツ泥棒は華麗に窓から外へと飛び出す。
気づくのが遅れてしまった囮作戦決行中の神々は、その後姿を追うこともできず慌てた。
『風呂入ったばっかりだって! 空気の読めない……ちがっ、狙ったのか!』
【変態の鏡だといわんばかりにお前の脱ぎたてを持っていった!】
『くっそ、ない! ないわ!』
すっかり気が抜けて嫁としてつくろった態度が消えてしまったコンジと、魔法で声を伝えているケーブが怒鳴り合い、オルドを起こす。
耳に入った怒鳴り声でビクンと震えたオルドは目を白黒させたあと、遠吠えをして外へと走り出した。
今回パンツ泥棒が現れたのは道の真ん中ではなく部屋の中だ。しかも出口が脱衣所の窓だとわかっている。それならば、パンツ泥棒がどこから外に出てどう逃走するかが推測しやすい。
ましてパンツ泥棒を捕まえるために、こうしてオルドたちは囮作戦を決行したのだ。
パンツ泥棒が容易に逃げられぬよう罠も仕掛けてあった。
オルドたちが居た部屋はコンジの実家の離れで、風呂場と脱衣所は敷地の外に比較的近い。しかし、コンジの実家の敷地は広かった。どれだけパンツ泥棒の足が速くとも、すぐに敷地の外には出られない。
さらにコンジの実家の敷地はもともと魔法がかかっていて、他の魔法が使いにくくなっている。ゆえにパンツ泥棒も、オルドたちの目の前から急に消えたときのような逃げ方はできない。それだけでなく、敷地にかかっている従来の魔法をいじり、ある方向にしか逃げられないと思い込む幻覚の魔法までかかっている。
パンツ泥棒が焦っていれば、その幻覚にかかりある場所へと向かっているはずだ。
オルドはハーシュが待っているだろうその場所に急ぎ、駆ける。囮作戦を決行するまでに何度も最短の道筋を歩いて確認した。だからオルドはまったく迷わず駆けて行ける。
そうしてオルドが最短の道を駆け抜けているとき、パンツ泥棒は幻覚に惑わされていた。走っても走っても敷地の外に出られない。はめられたと気づく頃にはもう遅く、パンツ泥棒はとある場所で足を止める。
そこは竹林の中だ。竹林がそこだけ円形にくりぬかれており、何故か行き止まりでもないのに逃げる場所がないと思わせる……そんな場所である。
「よぉ、今日はまた特に甘い匂いがしてんなぁ……悪いことでもしてきたか?」
そこに居た神……ハーシュがニヤリと笑ったとき、オルドの目にハーシュとパンツ泥棒の背が見えた。
『……また、そんな悪い顔をして……っ』
「悪人の魂を食らう神様ってのがいい笑顔で敵を追い詰めちゃあ駄目だろ。悪神も腰抜かしちまう」
カミナに来る前のことだ。ハーシュは死の海と呼ばれる場所で人間の魂を裁く神の下、悪人の魂を食らうことを仕事としていた。その際、ハーシュは魂を匂いで嗅ぎ分けていたのだ。
カミナに来て、力を封じられてからもその魂を嗅ぎ分ける能力は残った。
それゆえハーシュは悪いことをした神の匂いをときどき甘いという。
パンツ泥棒は二柱の会話に、オルドが後方にいるにも関わらず後ずさる。
「まさか……はじまりの神……ッ!」
そうしてパンツ泥棒が驚愕するのも無理はない。悪人の魂を食らう神は有名だ。神の世も人の世もなかった昔、一本の生命樹と四柱の神がいた。その四柱のうちの一柱ライールに従う獣神が悪人の魂を食らう神だからである。
この神の世も人の世もなかった昔のことを、神々ははじまりの世と呼ぶ。そして、そのはじまりの世に活躍した神々をはじまりの神と呼んでいる。
つまりハーシュは悪人の魂を食らう神であり、始まりの神でもあったのだ。
「そろそろ忘れちゃくれねぇか、それ。長く生きてんだから、覚えることより忘れることを覚えろよ」
ハーシュは首をさすり、口元を歪める。ハーシュからすればパンツ泥棒にまで驚かれるようなことはしていない。はじまりの神だと知られるたびに驚かれ、神によっては尊んでくることにハーシュは若干苦手意識があったのだ。
『いっていることが妙だが、ハーシュ。近代の神でもない限り、自らの源を忘れられるものなどいない』
パンツ泥棒を睨みつけ息を整えていたオルドには、ハーシュがはじまりの神の一員であることに何か特別な感情はない。けれど、はじまりの神のことを忘れることもできないのだ。
どんな神々であってもそうである。この世のすべてを作った神々を忘れることなどない。それを忘れることは彼らの源を失くすに等しいことだからだ。
「つってもなぁ……人間なんてさっさと忘れてなかったことにしてるんだぞ? それくらい薄情でいいじゃねぇか」
だが、神と違って人は創世のほとんどを忘れた。はじまりの神ということばさえ知らない。
それは創世の神話を伝えた国々がなくなり、神と人の世が分かれ、人が神々の恩恵や神話を都合よく今の世に合わせたからである。
それを薄情の一言で済ませてしまうのは、はじまりの神の大きなところだ。
それを黙って聞いていられないのが、パンツ泥棒やオルドといった創世からしばらく経ち生まれた神々である。
オルドは険しい顔でパンツ泥棒ではなくハーシュに向かって唸り、パンツ泥棒はパンツを覆面にしれおり表情がわかりづらいというのに、顔を最大限に歪め不快を現した。
「いや、俺に怒られても。忘れちまったのは人間だ。だいたい、お前らわかってるか。今は、パンツ泥棒を捕まえるために昨日の夕方からこんな真昼間になるまで待ってたんだぞ……?」
オルドは怒鳴り声で起こされたときのように身体をビクリと震わせ再びパンツ泥棒を睨む。オルドと同じく不愉快そうにしていたパンツ泥棒も慌てて身構えた。
「俺も悠長にしちまったけどさぁ……ま、なんつうか。世のため神のためだ。大人しくつかまってくれねぇかなぁ」
身構えもせず、目を細めハーシュは首を鳴らす。
パンツ泥棒を待ちくたびれていたのは、オルドたちだけではない。ハーシュも外で飯も食えず空腹に耐えながら待っていたのだ。疲れが肩にきていたのである。
「はじまりの神のことばといえど、それはできかねる……これでも一応、依頼を受けおってのことでしてね」
そんなハーシュを見ても、やはりパンツ泥棒はハーシュを手強い神と感じているようだ。また後ろへと下がった。
だが、その後ろにはオルドがいる。ハーシュよりも容易いと思われているうちにと、オルドもじりじりとパンツ泥棒に迫る。一気に飛びかかっては、前回のように避けられる可能性があるからだ。
そのままパンツ泥棒の認識を変えぬよう、オルドはこの場にそぐわぬ間の抜けたことばをわざと落とした。
『パンツを盗む依頼とは……珍妙な』
「いや、それは宗教上の理由により」
しかし、そのことばへのパンツ泥棒の答えがオルドの理解を超える。
一体どんな宗教であるのか、また神であるのに宗教とはいったい何事であるのか。
オルドは真剣な顔をして呟く。
『宗教上……神にも宗教が……?』
「オルド、その宗教についてはあとだ。今はこいつを捕まえることに集中してくれ」
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