神妻囮☆大作戦1

 昼になろうという頃だ。

 ぽかぽかと暖かい居間の真ん中で、オルドは金髪の美女と共に眠気と闘っていた。


「何故、妾が人間の女に化けてまで囮にならねばならぬのだ……?」

 

 何度も瞬きをし、美女が億劫そうに口を開く。ただただ眠そうな響きを持った声であったが、彼女の美しさのせいかほんの少し色っぽく聞こえた。その上彼女は声だけでなく、その仕草も色っぽく、また眠そうである。


 しかし人間の美女にはあまり興味がないのか、その足元にいたオルドはふかふかの絨毯から顔を上げ、白い毛の生えた口を大きく開けて欠伸をした。


『……コンチャンの狐姿はパンツ泥棒にバレているからだと聞いている。だから化けてもらったと』


 そう、その美女に変化しているのはコンジだったのである。オルドは人間の美女に興味がないのではなく、美女に変化したコンジに興味がなかったのだ。


「お前も会っておるだろうに、変化……いや、だからお前も靴下をはかされておるのか……?」


 コンジのいった通りオルドもパンツ泥棒と二回遭遇している。そのため普段とは違った姿に変身していたのだ。オルドは口元から腹回り、白い靴下をはいたかのような四本の足……そして尻尾と耳の先に白い毛を生やした犬と化していたのである。

 それというのも、コンジを囮にパンツ泥棒を捕まえるという作戦のためだ。


『なんでも、同じ神のパンツはまだ狙われたことはないとか。今回の作戦に参加したのは、うっかり巻き込まれたグラントゥス、立案者であるケーブ、嫌々ながら外で待機しているハーシュにおれたちだ。ハーシュは神格が低いし、他の二柱はもう被害にあっている。ならば、囮になれるのはおれとコンチャンしかいない』


 他の神に協力をお願いすればいい話だが、囮作戦の立案者であるケーブはそうしなかった。彼女はどうしてもすぐに集まる神だけで捕まえると息巻いたのだ。

 そんな彼女はコンジを囮にし護衛役としてオルドをつけると、魔法で監視室をつくり、そこにグラントゥスとともにこもった。


『あと、神妻かみつま……余所の神の妻という付加価値があるからだとか……それは価値があることなのだろうか……』


 作戦立案時にオルドの疑問に答えたケーブのことばをそのまま告げつつも、オルドは小さく鼻を鳴らす。変態のことはずいぶん難儀な生き物だと理解し始めたオルドであったが、まだその多様性にはついていけないのである。

 しかし、コンジにとっては頷ける話だった。


「場合によっては価値が川を下り海原で大きくなって発見されるほどよの」


『価値が出世してしまうのか……それは驚異的な付き物だ……』


 それは神によっては余計なものになる可能性もある。

 それを説明しないのは狙われる価値があるというコンジの自信だ。狙われるのも囮になるのも嫌であるが、自分自身の価値を信じて疑わないのである。


「妾が変化して囮にされている理由はわかった。だが、まだパンツ泥棒の情報が少なすぎて一本釣りできないのでは?」


 だが、どういった神にも好みがあるものだ。たとえパンツ泥棒であろうとそうである。パンツであればなんでもいいというわけではない。

 その好みがあるからこそ囮作戦は成立する。しかしながらパンツ泥棒の情報はいささか少なかった。


『それについてはハーシュがこういっていた。面倒だが囮を用意するにしても神海戦術じんかいせんじゅつを使うのが一番だと』


 パンツ泥棒の情報が少ないことはコンジでなくともわかることだ。

 オルドはまたあくびをしたあと、眠そうに瞬きをし、目を覚ますために首を振った。


『コンチャンが持ってきてくれた情報とこちらが得た情報を照らし合わせてみても、神格が高いものが狙われていること、老若男女関係ないこと、紳士姿のパンツ覆面神が必ず目撃されていること、部屋は荒らされることなくパンツだけを持っていくことから、ほぼ同一犯であると考えられる』


 コンジもパンツ泥棒が同一犯であるというのは同意見だ。うんうんと頷き、目元をこする。そしてすぐにコンジはハッとして指を確認した。指にはわずかに赤い粉がついている。目元に施した化粧が取れてしまったのだ。

 コンジは渋い顔をしつつも、眠そうなオルドに続きをうながすために首を傾げた。


『……しかし、好みの範囲が広すぎることから、どこか一点に狙いをつけられない。囮を複数用意するか、特に神格が強い神に護衛をつけた方がいい』

 

「なら、他を用意しておるのか?」


 オルドは再び首を振り立ち上がる。

 じっと伏せているから眠くなるのだというように、オルドはその場で足ぶみをした。ふかふかの絨毯はオルドの足を優しく包み込み、逆に眠気を誘う。

 動いているのに眠たいとは如何ともしがたい。オルドはそれでも眠気を横に置き答える。


『……護衛は用意したらしい。コンチャンの旦那さんが派遣したとか』


「ふふ、さすが妾の旦那様。しかし、囮が妾だけどは……やや頼りないとは思わんのか?」


 囮としての魅力は十分にあった。だが、他にも魅力のある神は大勢いる。

 コンジは自分自身に自信があるが、他の神に魅力がないとは思っていない。囮となれば百発百中で自分自身の元にパンツ泥棒が来るとは思っていないのだ。

 これもまた、作戦に参加した誰もがわかっていたことである。


『そこは希少価値だ』


 オルドが顔を上げ、脱衣所にある洗濯籠置き場の方を向く。

 その洗濯物の中にはケーブ、オルド、グラントゥス、コンジの神力が込められた新品のパンツが埋められていた。


「……普通は複数の神力が移るものではないゆえ、希少ではあるが」


 パンツとしてあるまじき状態だと思われるのではないか。

 変態とはこだわりの生き物である。コンジはちらりと複数の神力が込められているパンツがある方を見て首を振った。

 深く考えても変態のことなど理解できないからだ。


『だが、昨日の夕方から今までパンツ泥棒が現れなかったのは確かだ……これはやはり……甘かったといわざるを得ない』


 オルドとコンジは昨日の夕方からこうして護衛役と囮役をしていた。

 囮役の美女に餌のパンツ……護衛役に監視役、待ち伏せ役まで用意したというのに、今日の昼間になってもパンツ泥棒は現れない。

 だから、二柱はすっかり疲れていた。


「……何故、妾はこうして囮をやっておるのか……」


 コンジが疲れと眠気で同じことばを繰り返す。

 その答えは明白であったが、ぼやかずにいられなかったのだ。


『長期戦になるとは聞いていたが……これは思いのほか疲れる』


 オルドも頷き、せっかく立ち上がったというのに、ふたたび絨毯に伏せる。

 すると毛足の長い絨毯はオルドを眠りの園へと誘った。この世にこれほどの幸せがあるのかという眠りへの誘いは、護衛役で起きていなければならないオルドにはつらい。

 オルドはそれでも鼻の頭に皺を寄せ我慢した。


「今日はもう、パンツ泥棒も来んのじゃろ。妾は風呂に入るぞ!」


 我慢ができなくなったのはコンジだ。

 急に立ち上がるとフルリと身体を震わせた。そうすると美女はあっという間に尾が多い狐になる。いつものコンジの姿だ。


 コンジは変身時にあちらこちらに散らばった服や下着を集め咥えると、そのまま風呂場へと向かう。脱衣所にある洗濯籠に今脱いだ衣類を加えるためだ。


 コンジがいそいそと風呂場へ向かうと、今まで眠気に耐えていたオルドの頭がカクンと下がる。それは眠気という魅惑の化け物にオルドが屈した瞬間であった。


 オルドとコンジは、ケーブが作った監視室で何をするにも見られている。それならば、何かあったら魔法で教えてくれるだろう。そんな甘えもオルドとコンジにはあったのだ。


 しかし二柱は油断していた。

 彼らが疲れているように、監視室にいるケーブとグラントゥスも疲れていること。この作戦に参加した神々が思うよりずっとパンツ泥棒は趣味に生きていること。

 それらにまったく気付いていなかったのである。

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