パンツ泥棒の怪4

 神力とはその名の通り、神の力である。神は昔からその力を自由に使い、人間の世界で奇跡を起こしたり、自身の生活を潤したり、ある国をほろぼしたりしていた。

 もちろん神力とて有限だ。限界まで使えば神とて疲労し、場合によっては死に至る。そのため神力の弱い神たちは神力を出し渋った。


 その神力の強さは神格の高さで変わる。

 コンジは神格が高く、神力も強い。だから、街に下りるたびに気軽に神力を使う。


「俺も神力が強ければ気軽に使ってたんだがなぁ」


 ハーシュが菓子に手を伸ばしながらつぶやいた。

 ハーシュの神力は強くない。だから屋敷までは乗り物にのってくるか歩いてくるかのどちらかになる。屋敷までの道のりをなめていたハーシュは乗り物に乗らず、徒歩を選んだ。


「ああ、そうか。オルドの方が強いんだったな」


 一方、オルドはかなり神力が強い。コンジくらい気軽に神力を使うことができるはずである。しかしオルドはそれが出来なかった。


『強すぎて封じられてるが』


 オルドは床の上に置いてある器から菓子を一つ食べ、さらりと答える。神力はあれば便利だが、オルドはあまり使ったことがないし使う機会もない。あまり神力に執着がないのだ。


 けれど他の神は違う。他の神は神力を封じられることに軒並み不満を覚える。自らが振るってきた力をそがれることを良しとしないからだ。神力は彼らの誇りなのである。それでも彼らの神力は封じられた。


 それは神話が終わってやってきたカミナにあっても彼らが変わらないからだ。

 神話が終わると神力を振るうことも激減する。だからといって神々の力がなくなったりしないし、神々の間にある確執がなくなったりもしない。


 そうして彼らは喧嘩をするにも悪戯を仕掛けるにも怒りをぶつけるにも変わらず神力を振るい、無茶苦茶をするのだ。

 そうでなくとも神々は自由だ。力を振るうことためらわない。

 

 だが、カミナは彼らが元々住んでいた世界ではなく、広い世界でもなかった。神々が平和に暮らしていくためには、制限が必要だったのである。


「この世界で暮らすなら仕方ない。そう思えばそこのお兄さん……すまない、まだ名前を聞いていなかった」


 パンツ泥棒の趣味の範囲が広いことに驚き呆れ、名前どころではなかった。少しパンツ泥棒から離れ、ケーブはその事実に気が付いたのだ。

 

「こちらこそ、すみません。グラントゥスです」


 ようやくパンツを盗まれたという衝撃が和らいだのか、グラントゥスは飲み物を片手に寛いでいた。彼はケーブに声をかけられ、何度か瞬きをしたあと口元を少し緩める。

 あれほどパンツパンツと連呼したケーブにも友好的な態度を見せるグラントゥスに、ケーブも頬を緩めた。


「私はケーブだ。あとの二柱の名前は聞いたか?」


 グラントゥスは手に持っていた飲み物を机に置き、頷く。

 オルドはグラントゥスと一緒になって項垂れ、グラントゥスを慰めながら名前を告げている。ハーシュにいたってはパンツ泥棒について話すことになっていたので、待ち合わせる前から名前を教え合っていたのだ。


「ならよかった。それで、グラントゥス。君は神力が強い上に戦闘能力も高い方だね」


「そう、ですが……」


 グラントゥスは怪訝な表情を浮かべ、緊張したように姿勢を変えた。

 神力が強いかどうかは気取ることができる。しかし、戦闘能力が高いかどうかなど菓子を食べているだけではわからない。

 グラントゥスが歯切れの悪い返事をしたのは、どうして初対面であるケーブが戦闘能力が高いと断言したかがわからなかったからだ。


『特殊な例を除いて本性と違った姿に変えられている神は厄介な能力を持つか、戦闘力が高いというのは知っているか?』


 グラントゥスの疑問に答えを与えたのはオルドだった。

 いつもは聞くばかりでこういった答えを教えることがないからか、オルドは胸をはり得意げな様子で続ける。


『もともと人の形をした神なら、そこから戦闘力を推測することはできない。だが、この街に住んでいるほとんどは獣神だそうだぞ、グラントゥス。ケーブはこんな屋敷に住めるくらいの権力者だ。この街にどれくらい獣神がいるかを知っている』


 オルドがそこまで話すと、グラントゥスも合点がいったのだろう。

 グラントゥスは二、三度うなずき、ゆるゆると体を椅子に預けた。


「つまりこの街は獣神だらけで、まぁ、人の形をしてるやつらは戦闘能力が高いと思っていいってこったな。だからケーブもそう思って戦闘能力が高い方だと断言したんだろうよ」


 得意げなオルドの説明を捕捉し、ハーシュは薄桃色の菓子をオルドに投げ渡した。よくできましたのご褒美だ。

 オルドはそれを口で受け取り、目を細め幸せそうに頬張った。オルドがあまりにも幸せそうで、ハーシュは再び菓子に手を伸ばす。


「そんなわけだ。君を特別調べたとか、そういうことではないから安心してくれ」


「あ、いや。驚いただけで。まさかそんなことをいわれるとは思ってもいませんで……おっしゃるとおり俺は神格も高くて、戦闘能力も高かった方です。今ではそれほどではないのですが」


 オルドがハーシュに餌付けしている間にも二柱の話は続く。オルドは二柱の話に耳を傾けつつ、もう役目は終わったとご褒美を享受した。

 しかし、立て続けにオルドに菓子を与えていたハーシュの手が止まる。それは蜂蜜色と抹茶色の菓子の間で揺れているようにも見え、何かを考えている風だった。


 オルドは黙ってハーシュに近づき、ハーシュの足に前足を伸ばす。それに対しハーシュはもう片方の手でオルドの頭を撫で、オルドにだけわかるように小さく首を振った。


「そうなると余計にパンツ泥棒の手ごわさが際立つものだな。封じられても強い神は強いものだし、なぁ、ハーシュ」


 その様子を見ていたわけでもないのに、突然ケーブに話を向けられ、ハーシュがまた首を振る。今度は誰もにわかるよう、大きな動作だ。


「……俺は仕事の関係上、違う力を限定開放しているだけだ。だが、グラントゥスも少年神の世話役だ。世話役なんてのは保護者みたいなもんだし、それなりに神力も解放……されてるにしては……」


 それにしてはパンツ泥棒と対峙したときの動きがとろかった。

 オルドもそれを思い出し、ハーシュと共にグラントゥスをじっと見つめる。


「それはラトディアも……っ、俺が世話役をしている神も、神力が高いので封じが普通よりはきついんです……!」


 二柱の視線に問い詰められたグラントゥスは両手を振って慌てた。二柱の目が『もしかしてものすごく要領が悪いのでは』と語っていたからだ。

 実際のところ、世話役と世話をする相手の神力や戦闘力が両者強ければ、グラントゥスのいうこともある。


「へぇ……だったらパンツ泥棒が同一神物どういつじんぶつなら、神格の高い神のパンツを狙ってるってことになるか」


 ハーシュは冗談だというようにグラントゥスに笑いかけ、自らの足に引っかかるオルドの前足を丁寧にはがした。それからそっとオルドの前足を床に下すと蜂蜜色の菓子を手に取る。


 それは自然な動作で、ハーシュのこぼしたことばまでも日常会話を思わせた。今日は晴れですねといわれているようで、危うくすれば聞き逃すところである。オルドなどは普通に聞き逃して、自分用の菓子がある場所まで戻っていた。


「そう思う理由は?」


 だが、ケーブはそれを聞き逃さなかった。

 この中の誰よりパンツ泥棒に怒りを燃やし、パンツ泥棒を捕まえんと闘志も燃やしていたからだ。


「まず、被害者の一柱であるケーブも神格が高い。それに聞く限りじゃ少年神も神力が強い。ということは神格が高いってとだ。それでこの三柱の共通点は高級住宅地に住まっている、神格が高いということになる」


 ハーシュは燃料を補給するように菓子を話の合間に食べてしまうと、飲み物を一口飲んで口元をぬぐう。そして指を二本たてた。


「次に、これからパンツ泥棒がどうするつもりかはおいておいて、今のところパンツ泥棒は高級住宅地にしか出ていない」


『そうか……! 高級住宅地に住んでいる神はほとんど神格が高いものたちだ!』


 話が長くなると、また菓子を食べようとしていたオルドもハーシュの声がしっかり耳に入るものだ。そうするとパンツ泥棒が狙ったものに気がついてしまう。

 気が付いてすぐはオルドも耳を立てて驚愕した。しかし、少し時間を置くとオルドは飲み込めない料理を食べたときのような顔をする。


『難儀な……』


 オルドはこうして変態を少し理解したのだ。

 その傍ら、他の事実に気が付いたものがケーブだった。


「ということはつまり、次に狙われるのも神格が高い神のパンツか。それならばパンツ泥棒を罠にかけることができるのでは……?」

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