パンツ泥棒の怪3

◇◆◇


 ケーブの屋敷に着くとオルドたちは応接間に通された。オルドはケーブの姿を確認すると応接間を見渡しきょとんとする。

 そこには屋敷の主であるケーブと、彼女を訪ねてやってきたオルドとハーシュ、その二柱に連れてこられたグラントゥスしかいなかった。 


「少し遅いと思ったら、一柱口説いてきたのか」


 ケーブが応接間の片隅にある机と椅子の前でふふっと笑って冗談を飛ばす。彼女がそういうと冗談かどうかわからず、オルドは耳を伏せていつも悩んでしまう。

 ケーブが冗談をいいそうもない外見をしているからである。


 彼女はとても強そうだ。黒い服に赤い首飾り、爪は赤く染め、唇も赤い。しかし、目の周りは真っ黒である。その化粧はもはや魔法陣で、ケーブという女神の目力をとても強く見せた。

 そのせいか総じてケーブを見た神々は、彼女を強そうな神だという。


『いや、泥棒にパンツを持っていかれたというので連れてきた』


 オルドは応接間に通された際にもった疑問を心の中に置いておき、ケーブに答えるために静かに首を振る。

 当初の予定では、ケーブの屋敷につく前に被害者に話を聞くはずだった。だがパンツ泥棒と遭遇しオルドとハーシュは予定を変更したのだ。パンツ泥棒を追いかけてグラントゥスがやってきたからである。


「このお兄さんが、パンツを……?」


 ケーブが目を見開きパンツということばを繰り返した。

 グラントゥスは一見、若いながら威厳がある寡黙な人型の男神にしか見えない。ケーブと同じで強そうであるし、表情を浮かべなければ怖いといわれる類の神だ。そんな神のパンツを盗むのは難しそうである。


 その上、グラントゥスからパンツを盗むのなら、パンツ泥棒の趣味はかなりの範囲に及ぶ。

 つまり、思ってもみない神物じんぶつのパンツが盗まれたということにケーブは驚きを隠せなかったのだ。


『そう、パンツだ』


 グラントゥスのパンツが盗まれることに意外性を感じたのはオルドも同じで、オルドの場合はグラントゥスに深い深い同情心を抱いた。その同情心が蘇り、オルドはほんの少ししょんぼりとした様子でケーブにもう一度告げる。


 それをきくとケーブは視線でオルドとグラントゥスの間をいったりきたりさせ天井を仰ぎ、部屋の中を確かめた。


 応接間の天井は高い位置にあり開放的で、広い部屋の一角にある格式高い低めの机も、三人掛けの椅子もいつも通りだ。

 けれど、それらはケーブの心に静けさを取り戻してくれない。


 彼女は何度も首を傾げたあと、他に答えを求め、視線をハーシュのいる方へと向ける。

 彼女の困惑の色をのせたまなざしをうけ、ハーシュの隣にいたグラントゥスは眉を下げ苦笑し、ハーシュは咳ばらいをした。


 パンツ泥棒の話をしにきたのだから、必然的にパンツが盗まれたという話は出る。けれど先ほどパンツを盗まれたばかりの青年の前で、必要以上にその事実を知らしめるようなことはすべきではない。


「すまない。私は怒りが強いからあまり気にしていなかったが、貴方は衝撃が強かった方か」


 ケーブがハッとしたように身を正し頭を下げると、グラントゥスは構わないと首を振ったあと、少し間を置いて頷く。


「それは……そうですね」


 オルドとハーシュがグラントゥスに出会ったとき、グラントゥスはパンツ泥棒を追いかけるほどの気力があった。だがパンツ泥棒が居なくなってから少し話をしていると、彼はどんどん力を失くしていき最終的に力なく笑ったのだ。


 そうなるとオルドは鼻を鳴らしてグラントゥスを慰め始め、グラントゥスがオルドに申し訳なさそうな顔をしはじめた。仕方なくハーシュが二柱を適当に励ましながらケーブの家に来たのだ。


「あんまり傷口をえぐってやるな。ここまで連れてくるのも大変だったんだから」


 またグラントゥスに元気がなくなりオルドがおろおろし始めると、ハーシュがしょうがなさそうに口を出した。ここまで励ましながらやってきたというのに、なんということをしてくれるのだということばが全身から立ち上るようだ。


 ケーブはハーシュの様子を見ると、ハーシュに手を立て謝り、グラントゥスに向き直り頭を下げる。ケーブは我も強そうに見える女神だが、筋は通す漢前おとこまえな女神でもあった。


「本当にすまない。その、なんだ……とにかく、菓子でも食べながら話をしようか。うちの焼き菓子は美味いぞ? そこな友神がよく褒めるものだから調子にのってたくさん用意してある。存分に食べてくれ」


 焼き菓子と聞いて元気を取り戻したのはグラントゥスではなく、オルドだ。オルドははやる心をおさえつつも尻尾を振って机の角まで辿り着くと、そこに座って他の三柱が座るまで待つ。

 それほどオルドはこの屋敷の菓子職人の作る焼き菓子が大好きだ。ケーブが学校に持ってくるたび褒めちぎっている。


「ありがとうございます」


 オルドの様子に慰められたのか、グラントゥスはふっ……と力が抜けたように笑い、椅子に座った。そして勧められるまま菓子に手を伸ばし一口かじる。

 それは外はかりっとしており、中はふわっとした触感の優しい甘さの菓子だった。


「これは確かに……!」


 グラントゥスは驚きの声を小さく上げると手に菓子を持ったまま、立ったままのケーブに顔を向けた。


「その、持って帰っても?」


 初対面だというのに図々しいことをいっている。わかっているけれどいわずにはいられないほど美味しかった。

 グラントゥスはそういった様子で申し訳なさそうに、控えめに……だがしっかりとケーブに尋ねる。


「かまわない。本当にたくさん作ってあるし、土産にも用意してあるんだ。ご家族にでも持って帰るのか?」


 ケーブのいうことは間違っていなかったようだ。

 グラントゥスは大きく頷き顔を綻ばせた。


「そうか。それならいっぱい持って帰るといい。甘いものが好きなのか?」


 先ほどからグラントゥスを困らせ、意気消沈させる一方であったケーブもつられたように満面の笑みを浮かべる。


「そうなんです。すごく甘いものが好きで」


 家族の話をするグラントゥスは明るく、嬉しそうだった。しかし、何かを思い出したのかグラントゥスはすぐにまた顔を暗くし僅かな間、黙った。

 そしてまぶたを伏せ、いい出しにくそうに口を開く。


「……少し前にパンツを盗まれてふせっているので元気づけたいので……」


 オルドはまた顔を暗くしたグラントゥスを見て菓子のことを忘れ直立し、ケーブは頭を抱えた。

 ただ一人その事実を覚えていたハーシュは知らん顔をして椅子に座り菓子に手を伸ばす。


「……ハーシュ、聞いてもかまわないか?」


 ケーブは腕を組みハーシュの知らん顔を睨みつけた。ハーシュはそれでも何でもないような顔をして用意された飲み物を手に取る。


「おー……聞かれなくても答えてやるよ。そいつの世話してる少年神のパンツも盗まれてんだ」


「よりにもよって少年神か……業が深い」


 ケーブはまぶたを閉じ眉を寄せ、溜息までつく。

 パンツ泥棒はとても好みの幅が広い変態だと知ったからだ。


「これだけ幅が広いと、パンツ泥棒を捕まえるにしても目標が絞りづらくて待ち伏せもできない。これはコンちゃんに聞き取りにいってもらって正解だったな」


『どおりでいないと……コンチャンのことだから『二柱がついたら呼んでたも』とでもいって自宅から出てきていないかと』


 オルドはいつも通りのハーシュを見てようやく落ち着つき、目を細めて幸せな甘味を堪能していた。しかし、ケーブの声をきき耳を動かす。この応接間に通されてからすぐに疑問に思っていたことの答えが聞こえたからだ。


「はは、いいそうだな。困ったものだよ。夫との愛の巣からは自ら出てきてそこに帰りたいとかいうくせに、実家からは一向に出ていかん。さらには面倒がってお隣の幼馴染も呼び出す始末だ。こうして坂と階段を上ってきたお前たちを見習うべきだ」


 ケーブのことばにオルドは遠い目をする。

 屋敷に来るまでの間、坂と坂と坂と……そして階段があった。急なものではなかったので帰りは比較的楽なはずだ。けれどもオルドはケーブのことばにハーシュが屋敷の前でいったことを思い出していた。


『神力を使ってでも楽をして帰りたい道のりであった……』


 オルドがいったことはハーシュのいったことでもある。

 坂と階段を上った先にあったケーブの屋敷前から見える景色は街と海が一望でき、とてもきれいだった。しかし、自分たちが住んでいる場所がどこであるかを思うと、どうやって帰ろうかと気が遠くなってしまうのだ。


「すまないなぁ……コンちゃんが迎えにいくのに乗り気だったら、神力を使ってくれただろう。コンちゃんも好きではないからな、あの坂と階段」

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