魔女鍋会議2


◇◆◇


 ぽつりぽつりと民家が並ぶ灯りも少ない所から、魔法光まほうこうのあふれる明るい部屋に行くとかなり眩しい。それは一種の攻撃だ。

 当然、帰宅したオルドとハーシュ、狐も平等にその攻撃を受けた。


 オルドはわずかな間まぶたを閉じることで光の攻撃をやり過ごすと、そろそろとまぶたを開く。幾分かましになった眩しさに、オルドは何度か瞬きをすることによって目に入ってくる攻撃をやわらげた。


「おかえり、二人とも」


 オルドたちがそうしていると光の攻撃をものともせず、むしろ光の恩恵を受けていた二柱が振り返る。一柱は気が弱そうな下がり眉を持つ背の高い人間の男のような神で、もう一柱は立派な鶏冠を持った頭の先から尾羽まで黒から青へ綺麗に染めた鳥のような神だ。

 二柱は向かいあって一つの鍋をつついていた。


『オッケーリィ! オヤァ? お客サンいるジャン! おっ客サーン!』


 鳥の姿をした神はケタケタとけたたましく笑ったあと、細長い陶器の杯に刺さったストロウを咥える。すると半透明のストロウは薄青い液体を鳥の口の中へと届けた。


「お客さん?」


 鳥の向かいにいた男には、尾の多い黄金色の狐が見えなかったらしい。身を乗り出し部屋の入り口に顔を向ける。彼は狐を確認し、眉を下げて困ったように笑う。


「ああ、コンちゃんか。いらっしゃい。オレとしては、ここじゃなくて旦那さんの元に帰ってくれたほうが嬉しかったなぁ」


 コンちゃんと呼ばれた狐……コンジは、ふいっと顔をそむけた。コンジはカフィ専門店でオルドに背負われていた狐で、誘われるままハーシュの家に来たのだ。


『イヤじゃ。わらわの尻尾がもう一本生えて旦那様を虜にするまで、けして帰らぬ』


 ふさふさの尻尾が自慢のコンジは既婚者であり、夫を他の尻尾にとられたといって家出中である。それはコンジとその夫を知る神ならば漏れなく知っていることだ。


「そんなこといってもう三本増えちゃったよ? 次で九本目だよ。旦那さんもすっかり蛇神から竜神になっちゃったよ……?」


 この場にいる神たちは皆コンジの旦那を知っており、誰もコンジの夫について尋ねない。特に気の弱そうな男はよく知っているようだ。コンジの知らない情報を口にした。

 その情報にコンジはわずかに後退し、口を開けて呆然と呟く。


『え……っ、それは聞いてない……出世? 出世してしまった……?』


 夫の出世は喜ばしいが、それを知らなかったことに存外衝撃を受けたのだろう。コンジは新情報に驚くあまり、目を見開き多くの尻尾を忙しなく動かす。


『コンチャンの化けの皮が剥がれているがいいのか』


 友神の様子は気になるが、いつまでも部屋の入口で立っているわけにはいかない。

 オルドはコンジをチラと見てから追い越した。


「狐だけに化けていたってか? 大丈夫だろ、慌てたらすぐ剥がれる程度の余所行きの外套くらいの皮だ」


 オルドに続くようにしてハーシュもコンジを追い越し、座卓へ向かう。その間、コンジは衝撃に支配されたまま部屋の入口で立ち尽くしていた。

 オルドは頷きながら迷いなくある場所に座る。食事をとるときの定位置だ。


『それもそうだ。何故ああもコンチャンは薄い皮を被っているのか……』


 普段、コンジが一緒に居る時に姿がない神が居たため、コンジのことを気にしたオルドであったがハーシュがいうことは正しい。コンジがこうして衝撃を受けたり、化けの皮が剥げたりしているのはいつものことなのだ。


 それと同時に、オルドは疑問も覚えた。すぐに剥がれるのならば、いっそのこと被らなければいいのでは? という疑問だ。


「結婚する際に旦那様に相応しい嫁になると宣言した結果だ。あそこは旦那も嫁にベタ惚れだからなぁ……止める奴がいねぇ」


 ハーシュはオルドの問いに答え、これもまた迷いなくオルドの隣に座った。それが彼の食事時の定位置なのである。

 オルドはハーシュの手元に目を向けつつ、ため息の代わりに鼻を鳴らす。


『それでいて実家に百余年帰るとは……夫婦というものがわからない』


 オルドはわからないことが多い。そのせいでしょんぼりしてしまったのだ。

 夫婦仲など夫婦の数だけ形がある。オルドでなくてもわからないものは多い。

 ハーシュはオルドの頭から背中を撫で、首を振る。


「あれは特殊だから気にするな。そんなことより鍋だ」


『おやつではやはり足りないか』


「それもあるが。お前も腹が減っただろう? 悪いが少し待て、今準備する」


 コンジが部屋の入口で呆然としていなければ、あれで足りないのかと再度呆然とするところであった。だが、コンジ以外の全員にとってそれは普通のことであったようだ。誰も二柱の会話を気にしなかった。


 それどころか気の弱そうな男はオルドとハーシュの二柱を気にすることなく、コンジを座卓の前に連れてくるために立ち上がったくらいである。


『おお。今から作るのか!』


 そしてオルドはハーシュの食べる量よりも、今からすることの方に興味をもった。一度立ち上がったあと、尻尾を思い切り振る。


「ほこりはたてるなよ……?」


 座卓の隅に置いてあった布で手をしっかり清めたハーシュが小声で注意した。秘密事を話すような、興奮を抑えるような小さい声であったが、それによりオルドはハッと身動きを止めた。


『……すまない』


 ハーシュに注意されてすぐに座りなおす。それでもワクワクが止まらないオルドは尻尾だけを小さく動かした。

 ハーシュはオルドの様子に苦笑し、座卓の上にある材料をぱっと確認する。


 座卓はかなり大きい。オルドとハーシュの二柱だけでは大きすぎ、客を含め三柱加わってもまだ余裕がある。

 その大きな座卓に黒い鍋が四つと鍋の具材が所狭しと置いてあった。鍋の具は大皿に乗せてある野菜や薬草、肉に魚だ。

 座卓には他に飲み物も充実しており、すでに二柱が空にした酒瓶が一本、座卓から離れた位置に転がっている。


 誰が見ても座卓の上にある鍋の材料や飲み物は、部屋にいる全員が飲み食いするには多すぎる量だ。

 しかし更に他の誰かを呼ぶこともなく、ハーシュは鍋料理の準備のためにまだ使われていない三つの鍋に手を向ける。


熱魔法ヒータ発動、最大出力」


 すると鍋の下に敷かれていた鍋敷きが赤く光り、出汁の入った三つの鍋の底からぷつぷつと泡が出始めた。

 オルドは鍋の中で泡がだんだん大きくなっていく様子を見てそわそわと体を揺らす。けれど目だけは鍋の中に釘付けである。


『今日は水と一緒に薬草を使わないのか?』


 本来ならば世界の終末まで微睡んでいるはずだったオルドにとって、物を食べたり作ったりすることは大変物珍しいことだ。普段もハーシュが台所に立っているとハーシュの邪魔にならないように少しだけ距離を置いて、いくつも疑問をぶつけている。

 こうして薬草を鍋に入れる順番を気にしているのもそのせいだ。


「水じゃなくて出汁だが……とにかく、沸騰してから、薬草、肉魚、野菜だ」


『なるほど……しかし何故薬草は野菜と別なのだ? 両方とも草だろう?』


 疑問をぶつけながらもオルドはまったく鍋から目を離さない。鍋の中の出汁はすぐに沸騰し、ぼこぼこと泡が出てきた。

 ハーシュは皿の上にある薬草を三つの鍋にまとめて入れ、小さく笑う。


「根とか果肉もあるけどなぁ。野菜は薬草に比べて柔らかいからな。煮物は固いものから鍋にいれる。ついでにいっておくと薬草を入れる理由は身体を暖め、滋養につけるためだ。もちろん味を引き締めるためでもあるが」


『神なのに滋養をつけるのか?』


 オルドは鍋から目を離すと、不可解だというようにハーシュを見つめた。ハーシュは肉や魚が入った皿を鍋の近くに寄せて数度頷く。


「そうだな、神は何食べても人間みたいに栄養が取れたりしねぇからなぁ……一部食べたら強化されるとか弱るとかはあるんだが。ま、俺たちの場合は気に入った味を再現するために薬草をいれているだけだ。この薬草ってのが曲者でな。入れる順番が違うだけで味が変わる」


『なんと……面妖な』


 オルドが驚いてパカッと大きく口を開けた。それを見てしまったハーシュは吹き出しそうになり視線を鍋へと向ける。

 鍋の中では薬草がクルクルと踊り、灰汁をだしていた。


「……人間や料理からしたら俺たちの方がよっぽど面妖だがな」


 笑いをおさえ答えてから、ハーシュは灰汁を適当にとり鍋の中に肉や魚を入れる。肉や魚につられたようにオルドはハーシュから鍋へと視線を戻した。


 そうして肉や魚が鍋へと飛び込む姿を見つめるうちに、オルドはあることに気付く。今回魔女鍋に使っている肉は鳥のものだ。

 オルドはそれが鍋の中に入っていくのを見送ったあと、ストロウで酒を飲む鳥の姿をした神を見る。


 このままでは共喰いではないのか。なんと残酷なことだろう。視線はそう語っていた。

 その視線を感じたのだろう。鳥は嘴をオルドの方に向けたあと首を振る。


『鳥も食うカラァ!』


 そういうわりに先に食事をしていた二柱の使っている鍋には魚しか入っていない。

 これは本当に酷なことに気が付いてしまったとオルドが項垂れる前に、ハーシュが笑いをおさえながら手を横に振る。


「オルドッ、クディートは鳥の姿を模しているが、本物の鳥じゃねぇよ……っお前が犬じゃねぇのと同じだっ」


 鳥……クディートのことで噴き出しそうになるのをなんとか堪え、ハーシュは一度間をおいた。そうしないとずっと笑いを堪えつつ話し続けなければならないからだ。


「……だいたい動物にしても肉食なら姿が似たものでも食う。神となりゃあ、食べ物なんざ規格外だ。もともとは食わねぇんだから」

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