魔女鍋会議1
人の世界と神の世界が分かれたあと、神々が争った。
本性の姿が獣型か人型かといった争いだ。
獣の姿だから人の姿だからと争った結果、各々勢力を伸ばすべく終わった神話の残された神々を集めた。
その集めた神々を収めた世界がカミナだ。
飽きっぽい神々はカミナにいくつか街ができた頃に争いをやめた。やめてしまうと終わった神話の神々を集める必要はなくなる。
しかし長く続いた収集を飽きたといって、すぐにやめることはできない。争わなければ問題もないだろうとカミナに神々を増やし続けた。
そうしてカミナは昔の名残を一部残し、今も平和に拡大している。
そんなカミナの海が繋がる街、ルデアンのカフィ専門店にある外席……やたらと空の皿が机の上に置かれている席だ。その席に座っている男のそばで、尾の多い狐を背負いオルドはぼんやりと立っていた。
オルドはこのカフィ専門の飲食店に来る前に遭遇したパンツ泥棒が不思議でならず、思考のほとんどをそれに支配され、ぼんやりしていたのだ。
『何故、パンツを盗むのだ?』
ようやくたどり着いた住まいの近所にあるこの店で、オルドの世話役のハーシュに会ってもこの調子である。
おかげでオルドは人前で尋ねることを戸惑う疑問をことばにしてしまったのだ。
それでもハーシュという人間の男の姿をした神は、辺りを見渡し緩い笑みを浮かべた。
ハーシュが辺りを見渡すのも無理はない。
ここは海上に
パンツが盗まれた話をするには雰囲気があっていなかったのだ。
しかし、ハーシュは周りを気にする様子を見せただけだった。ハーシュは緩い笑みを浮かべたまま、控えめな声でオルドの疑問を曖昧にすることなく、しっかり答える。
「カミナにもそういう特殊な趣味の……神様のくせに、いや、神だから趣味を極めたのか? とにかくいるんだ、他の神のパンツが好きだという変態が」
近所にあり美味いものを出す店だからという理由だけで『面に似合わず通っている』と豪語するハーシュには、パンツの話など夕飯前でも朝飯前だ。
声は小さいながら堂々としたものだった。
しかしオルドはその答えに納得できず、狐を背負ったまま不思議そうに首を傾げる。
『何故だ……盗まれたといって
パンツを盗む神がいるということは、窃盗事件が起おきているのだからそういうものだと思える。だが、パンツを盗む理由と盗まれてしまったことについては、できるだけ納得したくない。
オルドは納得がいかない、よくわからないと耳を伏せ、うーうー唸りながら項垂れる。
普段は威圧感のある黒い大型犬にしか見えないオルドがそうすると、ずいぶん可哀想に見えた。
「大した理由じゃねぇよ。本能に従ったんだろ」
オルドの様子を気にせずハーシュは片手を振り、口を開く。そのついでだというように、ハーシュは空いた手で机の隅に置いてあったカップを
机の上にある数多の皿が空であることから、それは食後のカフィが入ったカップだとすぐわかる。それを煽る姿は、確かに大した理由など求めていないようだった。
『そうか……本能ならば仕方ない。盗んだ相手が良くなかったのだろう……だが、この街でパンツを盗むのは大丈夫なのか?』
本能に従う神は多い。このカミナに来たばかりの神ならば特にそうである。カミナという世界やカミナにある街の大事なきまりが身についていないのだ。
カミナに来たばかりであるオルドにもよくわかることである。
しかし、本能だからといって理性を捨てていいわけではない。
当然、人の世も神の世も、そしてカミナにも規則がある。パンツを盗むことが規則違反にあたる行為なら罰されるはずだ。
加えてパンツを盗まれて喜ぶ神は希少である。
そういった喜ぶどころか大体迷惑になることをすると、カミナの規則違反になる可能性が高かった。
しかも盗まれた者以外の心象もあまり良くない。良いと思えることはほとんどなかった。
だからオルドは重ねてパンツを盗んでもいいのか尋ねたのである。
「いや。カミナの街の大半が駄目だと思うが」
カミナにはいくつか街がある。街には人の世でいうところの法があり、そこに住む神々はそれを守らなければならない。
そしてパンツ……他の神が所有するものを勝手に手に入れることは窃盗であり、たいていの街では禁止されている。
終末を食らうまで微睡みながら待っていた獣神のオルドは、人の世にも神の世にも不慣れだ。特殊な趣味もパンツを盗むという行為も初めて聞いたことだった。
パンツ泥棒について考えても考えても不思議さがいや増すばかりだ。
『……いささか自由であったのか……』
最終的にオルドはため息をつくように呟き、パンツ泥棒について突き詰めることを諦めた。
世界には理解が出来ないことが少なくない。
それはカミナに来る前からオルドも知っていることだ。
オルドはモヤモヤとした気持ちを残し、項垂れたまま床を前足で蹴った。
「変態がわからねぇんじゃ理解が難しいよなぁ……ところでオルド。帰りがずいぶん遅かったが、パンツ泥棒だけが理由か?」
ハーシュはパンツ泥棒の話題をそこで終わらせ、首を傾げる。
オルドがいくらパンツ泥棒に気を取られていたとはいえ、帰るのが遅くなった理由を告げないことに思うことがあったのだ。
オルドはハーシュの問いに伏せていた耳をピンッとたてる。そして伸ばせる部位をすべて伸ばし、一声吠えた。
いつもならば神のことばを繰るところだ。だがオルドは迷子になったことを誤魔化すために吠えたのである。
「犬みたいな返事してんじゃねぇよ。どうして俺がこの店でおやつ食ってると思ってんだよ。腹が減ってるからに決まってんだろう。今日はいい肉手に入ったから、魚と肉とで魔女鍋の囲いするから早く帰れっつったよなぁ」
『おやつ……』
ずっとオルドに黙って背負われていた狐が、思わずといった風に口を開く。
それというのもハーシュの前にある机の上には空の皿が複数あり、その皿すべてに何かのソシエがついていたからだ。
見た目からすると、そのソシエは甘味にかける類のものではない。そうなると、ソシエはおかず……肉や魚や麺にかかっていたことになる。
食べた量や料理の種類からして、それはおやつといい難い。人の世でも神の世でも一般的なことではなかった。
だが狐と違い、オルドにとってそれは普通のことであったらしい。道に迷っても鳴らさなかった鼻を、弱ったように鳴らす。そうして申し訳なさそうに再びうつむいた。
「申し訳ないと思うなら、晩飯を待った俺にいうことは?」
『……待ってくれて、ありがとう』
ようやく誤魔化すことをやめたオルドは、気まずげに目をさまよわせながらもはっきりとそういった。
からかっているつもりだったのだろう。ニヤニヤと笑いながらオルドの答えを待っていたハーシュは、きょとんとして何度か瞬きをする。
「ん? 予想外の男前な答えが来たな」
オルドの答えはハーシュの気分をあっという間に変えたようだ。ハーシュはオルドの頭を力強く撫で、一瞬で顔をくしゃくしゃにして笑った。
「じゃあ、鍋のためにも帰るとするか……コンジもうちの連中が一緒でいいなら来いよ。パンツ泥棒についても聞きてぇし、なんでここまでついてきたかも聞きてぇから」
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