第10話エピローグ
独りでどこかを漂っている。辺りは真っ暗だ。
僕の耳元でスピンが囁く。
「ほら、取り返しがつかない事になったじゃないか。時間は止まってはくれない、別れとは必然的なものなんだ」
この上なく耳障りだ。うるさい。消えてしまえ。
その僕の考えを見抜いたように気配が消える。少し言い過ぎたかもしれない。でも、もういいや。僕の中のスピンともお別れだ。彼は喋ったりしなくてよい。
僕の中の彼が消えて、再び独りとなった。
彼女が僕の元からいなくなって三週間後、公園のベンチに座って、一人バス停を眺めていた。中学校は夏休みに入り、公園内には蝉の大合唱が鳴り響いている。目に落ちてくる汗を拭って、またバス停の方に目をやる。
あれから彼女とは一切連絡を取っていない。いや、取れていないのだ。
何度もメッセージを送ったり電話をかけてみたりしたのだか、その中の一度も彼女からの返事は得られていなかった。自分からスピンの定期報告をしろと言ったくせに、一体どうしてしまったのだろう。
彼女がバスに連れ去られた日、午後から降り出した大雨によってずぶ濡れにされた僕は、バス停から直接家に帰った。頭の先から足先までまんべんなく水まみれになり、鞄すら持たずに帰って来た僕の姿を見た母さんは、慌ててタオルを持って来て僕の体を拭いてくれた。涙はとうに枯れたと思っていたはずなのに、それでも目頭が熱くなってきたのを感じて母さんの顔を見る。向き合った母さんは急に沈んだ表情になって怯えたような声で話し出した。
その内容は、僕が帰ってくる数分前にローカルニュースの速報があり、僕の通っている中学校の子が交通事故で亡くなったというニュースを見た、というものだった。乗っていたバスが交通事故に遭い、乗客のほとんどが亡くなったらしい。
その話を聞いてからどうしたのかはあまり良く覚えてない。僕の記憶は次の日の緊急全校集会から続きが始まっていた。前日に母さんが言った事は本当だったらしく、急遽亡くなってしまった生徒の告別式という形で緊急集会が行われた。
誰が亡くなったのかはわからない。彼女との別れで何も考えられなくなっていた僕は、ほとんど人の話が頭に入ってこなかったのだ。ただ、誰のためかわからない告別式に涙を流していた事は覚えてる。
その日、家に帰り、次の日学校に行っても雨は降り続けていた。結果、長引いた梅雨と日本に上陸した超大型台風によって二週間以上、つい二日前まで雨は降り続けていた。こんなに長く雨の日が続いたのは人生で初めての経験だった。
そんなに長く雨ばかり降ったおかげで、その期間に僕は気持ちを整理する事が出来た。僕がするべき事は彼女の喪失を哀しむ事ではない。別れ際に「さよなら」ではなく「またね」と言った彼女の言葉を信じて待つ事だ。
「またね」と言ったのはまた会うつもりがあるという事だ。連絡も取れない、住んでいる場所の住所もわからないじゃ彼女のその言葉を信じて待つしかないだろう。大丈夫、待っていれば必ず会えるさ。長い雨の期間が僕の気持ちを前向きにさせてくれた。
その前向きな気持ちを膨らませながら雨が上がるのを待ち、ようやく晴れたと思うとすぐに夏の暑さが猛威を振るい出し、うんざりしながらも彼女を待っている。その三日目が今日だ。
彼女とたくさんの思い出を作ったベンチに座ってバス停を見つめていた。膝にはスピンが乗っている。台風によるあまりに強い雨のせいで僕がお世話に行けなかった三週間の間に、こいつはすっかり冷たくなってしまっていた。餌をろくに食べられなかったせいか、かなり軽くなったようだ。後でいつもの倍の量の餌をやろう。
約三十分置きにやってくるバスに毎回期待を寄ては裏切られ、余計にバスへの嫌悪を増大させつつも僕は諦めない。たとえどれだけ長い時間がかかろうとも、僕は絶対に諦めない。彼女を信じている。
夏の強い日射しに炙られ、蝉たちの大合唱を無理矢理にでも風流に感じながら僕は待っている。いつの日か彼女が帰って来てくれる事を信じて、いつまでも、いつまでも待っている。
彼女と過ごすと決めた夏が、僕の頭上までやって来ていた。
〈終わり〉
そして、僕はバスが嫌いになった。 稲光颯太/ライト @Light_
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