ねじ巻き星の声
「どいつもこいつも馬鹿だな。私が見ていることも知らないで」
機械文明が発達した世界。
人は世界を創ることが出来るようになった。
そんな世界を眺める一人の男がいた。
お金の掛かる趣味だからこそやる価値があると思っている男は、今日もまた己が作り上げた世界を眺め悦に入る。
男の指先一つで天候は荒れ狂い人々は戦争で死んでいく。
その様子を見て男は滑稽だと笑う。
これこそ選ばれし者にのみ許された娯楽なのだと。
人権がどうのと言う輩もいるらしいが私は創造主だ。
所有物をどうしようが私の勝手だろう。
身勝手さを隠そうともせずに男は世界を眺める。
「お? 今日もご苦労なことだ」
視線の先では気象の研究が行われていた。
コンピュータを使い天候の予測をしているようだ。
「馬鹿め、そんなことをされたら面白くないではないか」
男は次に台風を発生させる場所を予測とは違う場所に変更した。
「これで無駄だと分かるだろう」
予想外の出来事が起きたときの慌てふためきようが目に見える。
「それはそれで愉快だ」
予測など男の創造した世界では無意味なのだ。
「おぉ、次は地震についてか」
パソコンの画面を食い入るように見つめる研究者達。
「今回は見逃してやることにしよう」
その結果を見た男は予測が外れていることに満足すると一つ頷いた。
そんなことを飽きもせず繰り返した男は革張りの肘掛け椅子に深く座り直すとグラスを掲げる。
シャンデリアの明かりに照らされたワインは血のように赤い。
「私は神だ。何をしても許される」
誰に憚ることもなく一人呟くと、年代物の赤ワインを一口飲み、嫌らしく笑った。
それからしばらく経った頃。
――ヂリリリリリリリンッ!
けたたましい鐘の音が男の豪奢な部屋に鳴り響く。
ワインを味わっていた男は顔を顰めると呟く。
「おっといかん。今日はねじ巻きの日だったな」
男は壁際の棚に近づくと、大事に飾ってあったねじ巻きを手に取った。
それは黄金で出来ており、所々に宝石が散りばめられたねじ巻きだった。取手部分は美しい蝶の形をしている。
それを先程まで眺めていた球体に差し込む。
するとぼんやりと球体が光り始めた。
「一年に一回とはいえ面倒だな」
怠ればこの世界はたちどころに崩壊する。
「まあ壊すのはもう少し後で良いだろう」
折角創り上げたわけであるし。
光り輝く天球を眺めながら独り言ちる。
男はそのまま捻っては離し、捻っては離しを繰り返す。返ってくる手応えは意外なほどに軽い。
「さてそろそろかな」
男はねじ巻きを終えると元の棚にその美しい蝶を戻した。
「さて、続きを――」
――ドォンッッ!!ガタガタガタガタッ!
大きな衝撃と共に地面が揺れる。
頭上のシャンデリアも激しく左右に揺れていた。
「おぉっ?!」
どうやら地震のようだ。しかもかなり大きい。
「今日は地震が起こるような日ではないはずだがッ」
男は急いで執務机の下に隠れると頭を庇う。
棚からは本や美術品が飛び出し、床に無秩序に広がっていく。
しばらくして揺れが収まると男は机の下から這い出てきた。
「まったく! 国は何をやっているのだ」
天変地異と呼ばれてきた天候や地震は現在全て国ごとに管理されている。
晴れの日や雨の日はもちろん、台風や地震に至るまで。
起こさなければならないものは事前に国民に知らされるのだ。
「まぁいい」
本や棚の中は使用人に直させれば良い。
「天球も無事なようだしな」
我が家で一番金が掛かっているのは目の前にある球体なのだ。
「さあ続きからだ」
男はそう言い乱れた襟を正すと、椅子に座り直した。
そんな男の姿を遥か遠い高みから眺めている者がいた。
「あいつも馬鹿だな。俺が見ていることも知らないで」
それは銀色の肌をして目が黒一色に塗りつぶされた生き物だった。
「いきなりの地震に慌てふためく様は中々どうして滑稽だったぞ」
彼はその世界の神だった。彼は自分の作った世界を眺めては生きる人々を馬鹿にしていた。
そしていつも最後は決まってこう言うのだ。
――馬鹿だな。俺が見ていることも知らないで、と。
「さあ今日も俺を楽しませてくれ」
呟くと彼は目の前の球体に手を翳し始めた。
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