第6章 紙ヒコーキ

「今日はなにを持って行こうかなあ。」

「ふん・ふふん・ふ~ん・ふん」

 ルビは鼻歌はなうたじりでフミヤのところに行く準備じゅんびをしていた。

「そう言えば、明日でもう4回目だなあ。」


               ※


 ルビは出会ってから毎週日曜日、欠かすことなく遊びに行っていた。

 初めはちょっとぎこちなかったけれど、2度目、3度目となるとかなりけた。

 人間界のゲームで遊んだり、ルビの魔法で遊んだり、話したりするようになっていた。

 ルビはイラストをくのが好きだったので、今流行はやってる死神界のヒーローを書いて持って行ったことがあった。

 その時のフミヤの反応は、

「ただのガイコツじゃん。」

 と大笑おおわらいされた。

 また、フミヤが元気そうなときには、具体化魔法で雪を出して雪合戦ゆきがっせんをしたことがあった。

 部屋中びしょびしょになって、ナースが来たらフミヤだけおこられてしまった。

 とてもくやしそうだったのを見て、ルビも大笑おおわらいした。

 遊びつかれてフミヤがつらくなったら、ルビはベットの横で椅子いすに座り、よく会話をした。

 フミヤはいつも、

「どうしたら強くなるか?」

 ってことをいろいろ考えてくれた。

 そして、『勇気を持つこと。』『一人になることを恐れないこと。』『信念を持つこと。』etc・・・

 一日が終わってルビが帰るとき、お互いの合図を決めた。右手でこぶしをつくって親指を上げる。

 フミヤは、

「『グット!』ていう意味だぜ。」

 と言っていた。

 最後はお互いそのサインをして別れた。

 また来週会うための、二人だけの約束だった。


               ※


 ルビは遊びに行く準備も終わり、ふとこの前の事を思い出していた。

 その時ははなくだを通していた。

 息苦いきぐるしいために酸素さんそっていう空気を強制的きょうせいてきに入れる装置そうちで、『これがあると楽になる。』って言っていた。

 ルビは頭を振り、

「余計なことは考えるの止そう。」

 そうしてるうち、ルビは思いついた。

「今日の夜に行ったらフミヤはびっくりするかな?」

「よし、今日は夜中に行こう。」

 ルビは楽しみでしょうがなかった。


                ※


 フミヤの部屋へやくと、ドアの前に立ってかまを向け、

通過つうかできるようになって!」

 と心の中で強く念じると、ドアがゆがみ始めた。

 ルビは最近、堂々どうどうとドアを開けて

「ヤッホー!!」

 と入っていくのだが、今日は静かに入っていった。

 本棚ほんだなの前のデスクには、トランプとオセロが準備じゅんびされていた。

 それを見たルビは、

「僕のこと待ってくれてるんだ。」

 と、心が温かくなった。

 でもフミヤをよく見ると、少し汗ばんでいて、ハアハアと息苦しそうだった。

「苦しいんだ・・・。」

「こんな時に来た俺ってバカだ。」

 と、ルビは反省はんせいした。

 また明日来ようと思い、帰ろうとしたとたん、


バン!!


 という音がして、ルビはびっくりしてすわり込んでしまった。

僕撃たれた?」

 と一所懸命いっしょけんめい、体中を両手でさわったけれど傷口などはなかった。

 そうすると後ろから

「あははははは。」

 といういつもの笑い声が聞こえてきた。

「フ・ミ・ヤ~。」

 と、ルビはフミヤの方に向かい、平手で軽くフミヤの顔をペシペシたたいた。

「痛い痛い、ごめんよルビ。」

悪気わるぎはなかったんだ。」

「でもこんな時間にいるから絶対驚おどろかしに来たなと思って、先にやってやろうと思ってさ。」

「これ。」

 フミヤは右手を上げるとクラッカーを出した。

 ルビは、

「それって武器ぶき?」

 と聞くとフミヤは大爆笑だいばくしょうして

「ちがうよ、パーティーなんかで盛り上げるための巻尺かんしゃくだまさ。」

 とニコニコしながら答えた。


                ※


 フミヤはせきを切ったように話し始めた

「ルビ、おれ、ルビのこと大切に思ってるから、今の俺の状態を言うよ。」

「俺、小児がんっていう病気になってるんだよ。」

白血病はっけつびょうのう腫瘍しゅよう、両方できちゃってさ、今日のお昼、病院の先生と両親が話してるところ聞いちゃったんだ。」

「なにを聞いたの?」

「俺、もう命短いんだってさ。」

「!!」

「もう・・・治す方法ないんだって・・・。」

 フミヤは少し鼻声になっていた。

「あれ?」

「なんでだろ。」

「今までどんな事聞いても、どんなにさびしくても、全然涙なみだなんか出たことなかったのに。」

「今日の話も聞いたとき、『あ、そうなのか。』と思ただけなのに。」

「ルビに話したら・・・話したら・・・。」

 フミヤは声をまらせ、布団ふとんのたくし上げ、顔をかくした。

 そのままの状態じょうたいでフミヤは話をつづけた。

「なあ、ルビ。」

「俺、まだ自分の夢言ってなかったよな。」

「うん」

「ほんとは飛行機ひこうきのパイロットになって大空を飛んで見たかった。」

「空から見た景色けしきってどうなんだろう、自由に飛ぶってどんな気分だろうってさ。」

「こんな歩けもしない状態じょうたいになってもさ、ずっと夢は持たなきゃって、心の中に大切たいせつにしまってた。」

「でももうおしまい。」

「なんで・・・なんで夢を追いかけることも・・・」

 フミヤは涙をこらえきれず、ずっと布団ふとんで顔をかくしていた。

 ルビは決めた。

「フミヤ、行こう。」

「え?」

 布団をどけて顔を出したフミヤの顔はなみだ鼻水はなみずでぐちょぐちょだった。

「パイロットになるんだよ!」

「今から僕の魔法まほう飛行機ひこうきまどの外に作り出すから、この夜のやみまぎれてさ、空、飛ぼうよ。」

「出来るのルビ、そんなこと?」

「もちろん!!」

 ルビは胸を張ってエッヘンとした表情をした。

 そのまま窓の方に行き、窓を開けてかまを外に差し出し、

飛行機ひこうき出てこい!!」

 と具体化魔法を念じた。


 ボワン!!


 出てきたのは典型的な三角形の紙ヒコーキだった。

 ただ、長さは3メートルはあろうという巨大きょだいさだった。

 窓の高さに浮いていた。

 ただ違うのは紙ヒコーキの先端から手前1メートルのところに操縦そうじゅうかんがき出ていた。

「あれ?いつも本棚にある飛行機の写真をイメージしたんだけど・・・おかしいな?」

 ルビは顔を赤らめて、てへっと舌を出した。

 そしてフミヤの方を見ると、ゼエゼエ言って苦しそうだった。

「フミヤ、今日はやめようか。」

 フミヤは強く反発はんぱつした。

「いやだ。俺の夢がルビのおかげで今、目の前にあるんだ。」

「いつ死ぬかわからいのに。」

「今寝て明日の朝起きる保証ほしょうもないのに・・・」

 ルビはつらい顔をしながらも、

「わかった、フミヤ、でも無理むりはしないで。」

「約束だよ」

  ルビはねんを押した。

「わかった約束する、苦しくなったら帰るから。」

 そして二人は紙ヒコーキの上に乗った。

 結構しっかりしていて紙自体は柔らくて、乗り心地ごこちは最高だった。

 フミヤを先頭にして操縦そうじゅうかんを持たせた

「フミヤ、あとは自分で『飛べ、行くんだ』って念じるだけだよ。」

 ルビは優しく言った。

 フミヤは力強く、

「飛べ!」

 と言って操縦そうじゅうかんをにぎり、引き込むと紙ヒコーキは急上昇した。

「うわあーーーー!!」

 二人とも大絶叫だいぜっきょうだった。

 一気に雲の上を通り越し満天の星空の下に現れた。

「それ!」

 とフミヤは操縦そうじゅうかんを水平に安定させると、紙ヒコーキは安定あんてい飛行ひこうを始めた。

 ほのかに冷たい風がとても気持ちよかった。

 フミヤは興奮こうふんして

「ルビ、最高だよ!!」

 と叫んだ。

「そうだね」

 とルビが答えると、

「一度下がるぞ!」

 そういうとまた市街地の上にまで急降下きゅうこうかし、自分の家や学校の周辺を飛行した。

「こんなところで見てるやつは俺だけだ!」

「やっほー!」

「ルビ、東京ってところまで行っていいか?」

「ご自由に」

 ルビは両手を広げ、首をすくめた。

「じゃジェット飛行!!」

 そういうとものすごいスピードで東京方面に進みあっという間に東京ベイブリッジまで来た。

 今まで見たことのない東京湾や、首都圏部のビル群、スカイツリーや東京タワー、新宿新都心などを見て回り、時には高層ビルの隙間をかいくぐる曲芸飛行もやって見せた。

「最高だぜ、ルビ!」

「よかった!」

 ルビは今まで以上にフミヤの体に強くしがみついた。

 そのルビの体温を感じたフミヤは何とも言えない気持ちになった。

 その時だった。

 フミヤのせきが急に止まらなくなった。

「フミヤゴメン、これ以上は危険きけんだ。」

「あとはゆっくり帰ろ。」

 ルビはそう言うのがちょっとつらかった。

「ああ、あとはルビの自動じどう運転うんてんまかすよ。」

 フミヤはそういいながら息苦いきぐるしそうに『ハア、ハア』と息をしていた。

結構けっこうくるしい。」

「でもこの夜の景色を空からながめながら帰りたい。」

 ルビは無理むりな速度は出さず、ゆっくりと引き返した。

 だんだん東京の夜景やけいも遠のき、神奈川の山間やまあい薄暗うすぐらさと多少雲にかくれた星空がはっきり見えるようになった。

 そして徐々じょじょ暗闇くらやみにそびえたつ富士山が大きく見え始めた。

「帰ってきちまったなあ・・・。」

 フミヤは残念ざんねんそうに言った。


               ※


 フミヤをベットに戻し、すぐに酸素さんそ吸入器きゅうにゅうきの管を鼻ににあてがった。

 かなりフミヤの顔色が悪い。

 目もぼんやりとしている。

 ルビはあせった。ぼくのせいで、フミヤが・・・

「ルビ、今『俺のせいで』なんて思ったろ。」

 フミヤが小さい声でつぶやいた。

「うん・・・」

「バカ」

「親友が、れもしない魔法使って俺の夢をかなえてくれたんだ。」

「もう俺の一生にいはないよ。」

 ルビはおどろいた。

「親友・・・」

「なあ、ルビ。」

「ルビが・・・俺の命・・・運んでってくれよ。」

「だって、・・・親友だもんな、俺たちさ。」

 フミヤは苦しい中、頑張がんばって言葉をつむいだ

 もうかすかな声しか出せなかった。

 ベットに横になり、なみだが両目の目じりから左右に一直線に伝ってゆく。

 ルビも大粒の涙をこぼし続けていた。

「バカなこと言うなよ、フミヤ。」

「僕たち、これからでしょ!」

「ありがとう、ルビ。」

「俺がいなくなったら、ルビ、またいじめられっ子に逆戻りだ。」

 小さい声だったが優しい声だった。

「明日も来るよ、フミヤ。」

「うん、待ってるよ。」

「また会おうぜ!」

「じゃまたね!」

 ルビはぐっとサインを出す。

 それに合わせてフミヤもぐっとサインを出した。


               ※


 深夜3時45分、ナースセンター内で、フミヤの部屋のナースコールがはげしくり、ナースや当直の医師がいろんな機材きざいをもってフミヤの部屋にんだ。

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